表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/72

第14章 女嫌いなった諸悪の根源3(グルリッジ公爵夫人視点)


(グルリッジ公爵夫人、ティアーナ様の一人語り)


 王妃殿下がご自分の姉夫婦のことをあまり良く思っていらっしゃらないことは、以前からなんとなくわかっていた。それでも、これまで妃殿下がそれを表に出すことはなかった。

 それなのにあの会合では不愉快そうな顔を隠そうともしていなかった。実の娘に対する彼らの接し方には、これまでも何かしら思うところがあったのかもしれない。


 そんな事情を知って、私達夫婦も辺境伯夫妻に対して不信感を抱いた。

 親としてなんの手助けもしていないで放置してきたというのに、自分達が命じれば娘は帰って来ると信じていること自体が不思議で仕方がなかった。

 正直彼らのその厚顔さに驚愕したし、図々しいというか、烏滸がましいと思ったわ。

 

 夫が日頃辺境伯に対して苦言を呈していた理由が分かった気がした。

 それと同時に、そんな環境にもめげずに一人で頑張っているご令嬢に強く惹かれてしまった。

 そんな鋼のような強い意志と信念のあるご令嬢なら、もしかしたら息子を救ってくれるかもと、ますます期待する気持ちが膨らんでしまった。

 だから、難しい顔をしている王妃殿下に向かって、ある日私はこうお願いした。

 

「たとえ断られるとしても、やはり誠心誠意お願いしてみます。事情を説明して」

 

 と。

 ところが王太子殿下がこうおっしゃった。

 

「おそらく真実を話しても、クリスタルはそれに応じることはないでしょう。

 彼女は子供の頃にエルリックから酷い精神的苦痛を受けて以来、ずっと彼を苦手に思っているようですから。

 クリスタルが隣国へ留学したのも、エルリックを避けるためでもあったようですし」

 

 その話に私は喫驚した。あの優しいエルリックが女の子を虐めていたなんて、私にはとても信じられなかった。

 すると私の気持ちを読んだのか、王太子殿下はこう説明してくれた。

 

「彼の名誉のためにはっきりと言っておきますが、エルリックは虐めていたわけではありません。

 当時のクリスタルは男装をしていたので、エルリックは彼女が女の子だとは知らなかったのでしょう」

 

 と。

 つまりそれは、クリスタル嬢がうちの息子に好意を持ってくれていたのに、彼女のことを男の子だと思ってそれに気付かず、男扱いをしてしまったということなのかしら?

 なんてことなの。可哀想な思いをさせてしまったわ。そりゃあ失恋した相手の顔なんて見たくないわよね。

 私と夫はそれを聞いて絶望しかけたが、殿下はこう続けた。

 

「しかし今の彼女は正騎士の資格をとったくらいの人間です。つまり私怨で動くような真似はしないでしょう。

 騎士としての務めだと言えば、彼女も従いますよ」

 

「クリスタル嬢を騎士として国が雇用するということか? 前例のない女騎士を認めると?」

 

 そこへ国王が口を挟んだ。

 

「ええ。近衛騎士に採用すると言えば、クリスタルは喜んで帰国しますよ。しかもルビアの護衛にすると言えば間違いなく。

 彼女は親友のルビアをとても大切にしていますからね」

 

 不満そうな顔をした国王陛下に、王太子殿下は顔を近づけて何かを囁いた。

 すると、陛下は両目を大きく見開いて一瞬王妃殿下の方を見てから、顔を戻して頷かれた。

 

「わかった」

 

 と。しかし王妃殿下は眉を少し吊り上げた。

 

「それは騎士として採用するからとクリスを帰国させておきながら、騎士とは違う任務を命じるということかしら? まるで詐欺ね」

 

「もちろん、騎士としてルビアを守ってもらいますよ。でも、それは学園内だけのことです。

 ですからそれ以外の時間を別の任務についてもらおうというだけですよ。

 エルリックをこのまま社会復帰させられなかったら、我が国の大きな損失になりますからね。

 彼の復活の手伝いをすることは、この国に忠誠を尽くす騎士になったら当然のことでしょう?」

 

「この国に忠誠を尽くす」

 王太子のこの言葉に辺境伯夫妻は大きく賛同した。

 しかし夫は渋い顔をしたわ。そして

 

「いくら我が息子のためとはいえ、全く無関係なご令嬢を嵌めるような真似はできない」

 

 と言った。すると辺境伯はフンと鼻を鳴らした。

 

「この期に及んでまだそんな綺麗事を言うのか。相変わらず甘いな君は。

 私の娘に申し訳ないと思うなら、娘をエルリック殿の婚約者にでもすればいいだろう。婚約者になったのならば娘が尽くすのは当然だからな。

 たとえ娘がエルリック殿をよく思っていなかったとしても、そもそも政略結婚に好きも嫌いもないのだから。

 後々正気に戻ったエルリック殿が、娘との婚約を破棄したいと言い出したら、その時は婚約破棄すればいい」

 

「そんな非人道的な真似はできませんわ。女性の尊厳をどう考えていらっしゃいますの? 

 こちらがお願いしているのにそんなことを言える立場ではありません。

 けれど、婚約破棄になったらお嬢様に謂れのない瑕疵がついてしまうのですよ? それでも構わないとおっしゃるのですか?」

  

 私には娘がいない。けれどかつては自分も娘だったから、それがいかに残酷な話であるのかはわかっていた。

 それなのに、ご自分は大恋愛で今の夫と結ばれたというのに、辺境伯夫人は平然とこう宣ったわ。


「もちろんその場合は膨大な慰謝料を頂くことになるでしょうね。でも、公爵家なら大した問題ではないでしょう?

 というより、例の伯爵家から支払われた賠償金の一部をこちらに融通するだけだから、痛くも痒くもないのではなくて?

 それに昔から女だてらに騎士になりたがっている娘なのですから、元々誰かと結婚できるとも思っていませんでした。 

 ですから、たとえ婚約破棄されても慰謝料をもらえるだけ、あの娘にとっても得なのではないかしら?」

 

 辺境伯夫人の言葉に私は絶句してしまった。

 婚約破棄される可能性の高い縁談を嬉々として実の娘に強制しようとするなんて、なんて人達なの?

 というより一体何を考えているのかしら?

 たしかにこちらにとしては有益なことばかりだわ。不利益なんて一つもないわ。

 クリスタル嬢に我が家へ通ってもらうためには、婚約者になってもらった方が都合がいいもの。

 いくら女性騎士とはいえ、そう頻繁に若い娘の訪問を受けていたら、世間からどんな噂を立てられるかわかったものではないし。

 それなら最初から婚約したことにしておいた方がよいもの。それに少なくとも私はこの縁組 悪くないと思えた。

 

 その後その婚約を継続するか解消するかは、二人の気持ちを聞いて判断すればいいことだし。

 もちろん二人の関係がうまくいかなかった場合は、きちんと慰謝料は支払うつもりだし、解消ではなくて白紙にすれば少しはクリスタル嬢のデメリットも多少は減らせるだろうし。

 

 

 結局夫と私はモヤモヤするものを抱えながらも、王太子殿下や辺境伯夫妻の申し出を受けることにしたわ。

 クリスタル嬢には誠心誠意お願いし、受けてもらった暁には、結果がどうであれ、できるだけの謝罪とお礼をしようと。

 そして、彼女に依頼する期間は長くても一年と期限を決めた。

 そうすれば彼女が隣国へ戻ったときに、デメリットを最小限に留めることができるのではないかと考えたのだ。

 一年飛び級しているわけだから、騎士団への入団が一年後になっても、同期の騎士に遅れを取らずに済むと考えたからだった。

 自分達にとって都合の良い考え方で本当に申し訳ないとは思ったけれど、どうしても息子を悪夢から脱出させてあげたかった。

 

 そしてその後、公爵家の情報網を駆使して調べてみると、クリスタル嬢の素晴らしさを再確認させられることとなったわ。

 私は改めて彼女に好意を抱いた。

 そしてそれは夫も同じで、エルリックのことを抜きにしても、是非彼女と親しくなりたいと考えるようになっていた。

 

 

 それなのに、我が家とクリスタル嬢の縁を結んでくれるはずだった王太子殿下のせいで、むしろその縁が切られそうになっているわ。

 しかも、エルリックがこんなことになったのは私達の育て方だけでなく、王太子殿下が大きく関わっていたことが明らかになり、あの日、私達夫婦は驚愕したのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ