表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/72

第12章 女嫌いなった諸悪の根源(グルリッジ公爵夫人視点)  

 

 これはグルリッジ公爵夫人のティアーナ様が語った話。

 エルリック様とグルリッジ公爵家に激震が走ったのは、一年近く前のこと。恒例となっていた月に一度公爵家で開かれていたお茶会の席だったという。



「エルリック様は私を愛して下さっています。

 いつも愛のこもったお手紙を下さり、輝くばかりの美しい笑顔を私に向けて、私のドレスや髪型を褒めて下さいます。

 先月催された王宮の舞踏会でのダンスでは、私の手を取って、優しくリードして下さいました。

 私達は愛し合っております。それなのに周りのご令嬢が嫉妬をして、邪魔ばかりしてくるのです。

 ですからグルリッジ公爵夫人、どうか私達をお助け下さい。

 ここにいる皆様に、私がエルリック様の婚約者なのだと公表して下さいませ。今更隠す必要などないではないですか!」

 

 母親と共に訪れていたウェイストーン伯爵令嬢マリーヌ嬢が、挨拶のために少しだけ顔を見せに現れたエルリックを見つけた途端、こう発言したというのだ。

 

 その時、飛び抜けた頭脳の持ち主であったエルリック様も、さすがに彼女の発した言葉の意味がすぐには理解できずに硬直したという。当然ティアーナ様も。

 しかしエルリックはすぐに冷静になってこう言ったそうだ。

 

「貴女は何を言っているのですか? 

 そもそも貴女はどちらのご令嬢でしょうか。私は存じ上げないのですが」

 

「エルリック様、どうしてそんな酷いことをおっしゃるのですか!  

 私は貴方の婚約者のウェイストーン伯爵家のマリーヌではありませんか!」

 

「私には婚約者などおりませんよ。一体いつ婚約したというのですか?」

 

「一月ほど前の王城の舞踏会でダンスを踊り終えた後に、娘の前で跪いて婚約して欲しいとおっしゃったそうではないですか」


 ウェイストーン伯爵夫人が娘に続いてこう主張すると、サロンの中はシーンと静まり返った。そして全員が目を合わせて深い溜息をついたという。

 するとブラッドリー侯爵夫人が青褪めた顔をして、ティアーナ様とエルリック様に向かって深々と頭を下げたそうだ。

 

「ティアーナ様、エルリック様、本日はとんでもない人物をご紹介してしまい大変申し訳ありませんでした。

 まさかこんな非常識な方々とは思いもしませんでした。

 このお詫びは改めてさせて頂きたいと存じます。

 ウェイストーン伯爵夫人、マリーヌ嬢、お暇させて頂きましょう」

 

「待って下さい。まだお話は終っていませんわ。エルリック様の口から婚約したとおっしゃっていただいておりませんもの。

 どうかこの場ではっきりと公表なさってください。

 私のことを愛してくださっているのならば」

 

「そうですわ。皆様の前ではっきりさせて頂かないと困りますわ。

 それに婚約式の日取りも決めなくてはなりませんし」

 

 ブラッドリー侯爵夫人の配慮を完全に無視して、頭のおかしい母娘は絵空事を語り続けたそうだ。

 そこで普段温厚な侯爵夫人も怒りに満ちた目をして二人にこう言い放ったという。

 

「いい加減、その虚言を吐くのは止めなさい。

 一月ほど前の王城の舞踏会には、ここにいる方々は全員参加していたのですよ。

 ええ。確かにエルリック様は一度はあなたと踊ったかもしれません。

 しかし、その時エルリック様はあなたに跪いたりしなかったはずです。

 なにせ休む間もなく次から次へと多くのご令嬢方に誘われて踊っていらしたのですからね」

 

 ところが、そのご令嬢は図々しい上にかなり頭が悪かったようだ。なんと今度は

 

「ええと、勘違いでした。休憩タイムの時でした」

 

 と言ったというのだ。これ以上こんな娘と付き合うなんてごめんだとティアーナ様は思ったそうだ。そりゃあ当然よね。

 

「あの日はね、主人が仕事で舞踏会には参加できなかったので、息子のエルリックが私をエスコートしてくれていたのです。

 ですからダンスをしていない時は、ずっと私の側にいてくれたのですよ。それなのにおかしいわね。私は、貴女のことをお見かけなどしていないのだけれど。

 ウェイストーン伯爵夫人、あなたと娘さんにはもう二度とお目にかかることはないでしょう。お帰りになって下さいな。他のお客様にご迷惑ですから。

 それと、ご主人の伯爵様にはきちんとご報告させて頂きますからね」

 

 毅然としたティアーナ様にこう告げられた伯爵夫人は真っ青になったという。彼女は娘の嘘を真に受けてその婚約話を本当に信じていたらしいと、呆れたようにティアーナ様が呟いていたわ。


「縋るような目で私を見たけれど、今さら無しにはできないと思ったわ。だから侍女達に命じて退席してもらったの」


 ティアーナ様はため息混じりにそう言っていた。そしてこうも話していたわ。

 

「これまでも色々と傍迷惑なご令嬢には接してきたけれど、あそこまで非常識で頭のネジが吹き飛んだ娘は始めてだったわ。

 それでも、まだ成人前の令嬢の将来を慮って、他の招待客には口外しないようにお願いしておいたのよ。

 それなのに、あの母娘は恩を仇で返したわ。

 

 例のお茶会後も、マリーヌ嬢は学園でエルリックを追いまわし、エルリックの婚約者だと言い触らしたの。もちろん誰一人信じなかったらしいけれど。

 しかも母親のウェイストーン伯爵夫人の方は、なんと娘がエルリックに体を求められて子供ができたから、責任をとって結婚しろと虚偽の訴えを起こしたのよ。信じられる?

 なんて馬鹿げたことをするのかと、怒りで頭が沸騰するところだったわ」


 ウェイストーン伯爵夫人は、グルリッジ公爵家からの抗議文を受け取った夫に叱られて、自分と娘は被害者なのだと言い募ったに違いないとティアーナ様は推測したそうだ。


「まあそれにしたって、妻の虚言を信じて本当に我が家を訴えてくるなんて、伯爵の方も救いのない愚か者だわ。

 当然こちらが勝訴したわ。だってエルリックはたった一度彼女とダンスを踊っただけで、それ以外の接触は一切なかったのだもの。

 もちろんマリーヌ嬢は妊娠どころか処女だったわ。脳内お花畑だったけれど、誰構わず追っかけをしていたわけではなかったみたいね」


 ティアーナ様はどこか遠いところを見ているかのような目をしてそう言っていた。

 

 ウェイストーン伯爵夫人は後妻で、夫や先妻の子供達から邪険にされていた。そのために彼女の生き甲斐は実の娘のマリーヌ嬢だけだったらしく、とにかく娘を溺愛し、貴女を愛さない男などこの世にいるわけがないと、いつも囁いていたという。

 そのせいでマリーヌ嬢は、自分のことを絶世の美人だと思い込んでいたらしい。誰が見たって並みの上くらいの容姿だったそうだが。

 まあ、たとえ彼女が絶世の美人だったとしても、そんなに無教養で常識がないおかしなご令嬢では、誰も相手にはしなかっただろうと、変わり者だと自覚のある私でさえそう思った。

 それなのに彼女は、自分に釣り合う男性は自分と同じくらい絶世の美男子であるエルリック様しかいない、彼が自分の運命の人なのだと本気で信じ込んでいたらしい。

 

 当然ウェイストーン伯爵家はグルリッジ公爵家と王家の激しい怒りを買った。

 何せ虚偽の裁判を起こした上に、王家の高貴な血を引く筆頭公爵家の嫡男の名誉を著しく毀損したのだから。

 その結果ウェイストーン伯爵は降格されて男爵となった。そして公爵家への慰謝料を支払うために屋敷を売り、王都の外れに所有していた古くて小さな屋敷に、前妻の子供達と共に移り住んだそうだ。

 夫人は即刻離縁され、投獄された。その後は裁判にかけられて、懲罰刑を命じられたらしい。

 しかし娘のマリーヌ嬢は未成年だということで、国内一厳しいと言われる修道院へ送致されるとこに決まったそうだ。

 ところが、馬車で護送される途中で逃亡を図った彼女は、なんと山道から滑落して死亡したのだという。

 

 これで忌々しい出来事もようやく終焉を迎えた、と誰もが胸を撫で下ろした。けれどそれは大きな間違いだった。

 彼女の死を聞いて大きなショックを受けたエルリック様は、なんとそのまま自分の部屋の中に閉じ籠もるようになってしまったのだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ