第11章 公爵夫人が守りたいもの(クリスタル視点)
「ええ。是非とも騎士になって下さい。そしてこのグルリッジ公爵家を守って下さい」
そのセリフはグルリッジ公爵夫人のものだった。
「王家が貴女を騎士として召し上げないというのなら、我が公爵家に来て下さい。それとも貴女は王家の騎士ではないと嫌なのですか?」
「私は王家に拘っているわけではありません。ですが例え公爵家で雇って頂けたとしても、それは騎士としてではありませんよね?」
私がそう訊ねても公爵夫人は視線を揺らすこともなく、真っ直ぐに私の目を見つめてこう問うてきた。
「そもそも貴女の言う騎士って何かしら?
本来は馬に騎乗して戦う戦士のことを言ったのでしょうが、今のご時世そんなに頻繁に争い事が起きているわけじゃないわ。
それでも騎士と呼ばれる人達は存在しているわよね?
現代における騎士とは、弱き人や尊い人を守ること、それを使命としている方々のことだと解釈してもいいわよね?
それでは守るって一体何をどうやって守るのかしら? 人が守りたいのは命に限ったことじゃないもの。
ある人にとって守りたいのは自分の命より、名誉かも知れないし、誇りかも知れないし、金銀宝物かも知れないわ。
そしてそれらを守るために必要なのは何も馬や剣や、鎧だけじゃないでしょ?
我がグルリッジ公爵家にとって守りたいのは私達の愛する子供達なの。
私達も親として出来うる限りのことはやってみたのよ。だけど今もってエルリックを救ってあげられないの。
あの子はずっと苦しんでいるの。
だから貴女にあの子を救って守ってもらいたいのよ。貴女しかいないのよ」
今日初めて理路整然とした話を聞いたと私は思った。
「公爵夫人のおっしゃることはもっともだと思います。お気持ちもお察しします。
しかし、その公爵家の宝であるご子息を助けられるのが、何故私だけなのかがわからないのですが」
「あの子を力づくで引っ張り出しても意味がないとわかったの。だからと言って優しく諭しても駄目なの。あの子は女性を含む人間全てを信じられなくなってしまったから。
私がいけなかったの。女性を神聖化して、優しく接しろとか守れと言って育てたから。
だからあの子は、女性の醜さや裏の顔を知らずに成長してしまったの。
そして突然常軌を逸した悪女に纏わりつかれて、今は完全な女嫌い。見るのも触れるのも嫌になってしまったわ。
だからあの子を救えるのは、男性でも女性でも駄目なの」
なるほど。ようやく理解した。
「つまり私なら性別は一応女性だけれど、見かけが女性らしくないし、中身は男性そのものだから、ご子息も私を受け入れるかもしれないと思われるのですね?」
「その通りだよ、クリスタル!」
私の問に応答したのは、公爵夫人ではなくて王太子だったので、私は思い切り彼を睨み付けてやった。
そもそも公子に女性を女神だの天使だのと思い込ませたのは、ご両親だけのせいではないと思う。王太子が公子にそう吹き込んだせいに違いないわ。
女性がいかに素晴らしい存在なのか、王太子がそれを公子に会う度に力説していたと聞いたことがあるもの。
どんな女性に対しても優しく親切にしろ、手紙をもらったらきちんと返事を返せ、ダンスを申し込まれたら必ずそれに応じろと命じていたとも。
さすがに贈り物に一々贈り返すことをしていたら、公爵家の負担が大きくなってしまう。そのために王家は、公子への贈り物禁止令を勝手に出していたらしい。個人的な交際についても。
つまりそんな特例措置を出すほど、ブルーノ王太子にとってエルリック様は大切な人物で、彼のことも一応守ろうとしていたことだけは理解できる。
しかし、女性だって天使もいれば魔女もいる。ずる賢い女狐も、色気で迫る雌豹も、恥知らずに猪突猛進する愚女も。
礼節を重んじる者もいれば、無礼な者もいる。已の立場を理解している者もいれば、まるでわかっていない者もいる。
まあ、平民とは違いそれなりの教育を受けている貴族令嬢なら、普通人前では淑女を演じ、家の恥になるような振る舞いはしないものだと思う。
とはいえ、たとえ高位貴族だったとしても中には愚かな者達はどこにでもいる。かつてルビア様を襲って投獄された公女がいたくらいだから。
そして次に現れた愚か者が、ウェイストーン伯爵夫人とそのご令嬢だったというわけなのね。
いや、その二人はもう平民になった。しかも、令嬢の方はもうこの世にはいないし、夫人は懲役刑になったとさっき聞かされた。そしてウェイストーン伯爵家は男爵家となって存続を許されたらしいが、それはグルリッジ公爵家へ慰謝料を支払わせるための処置らしい。
そもそもの諸悪の根源であるウェイストーン伯爵夫人とそのご令嬢。この二人に対して夫人がどう思っているのか、それを彼女から聞かされたのは、グルリッジ公爵家に住み込むようになって半月ほど経った頃だった。
エルリック様はすでに大分復活されていて、少しずつ元の日常生活を送れるようになっていて、公爵家も徐々に明るさを取り戻していた。そのおかげで私は夫人にも少しは信頼されるようになっていたのだと思う。
エルリック様の心のリハビリのためにも、その事件の詳細を知りたいと思いつつ、なかなか聞き出すタイミングを見つけられずにいたのでホッとした。
しかし聞き終わった後で、聞かなければよかったと心底思ったわ。何故ならエルリック様や夫人、そして公爵家の人々が受けた哀しみ苦しみは、想像を絶するほど大きなものだったから。




