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第10章 王妃殿下の決意(クリスタル視点)


 私の名を最初に挙げたのはやはり王太子だったみたいだ。彼は、私が子供の頃にエルリック様に好意を抱いていたことに気付いていたのだろう。

 だから私に頼めば二つ返事で引き受けるとでも思ったに違いない。しかもルビア様の護衛騎士という餌というか保険まで掛けたのだ。用意周到というか抜け目ないというか、本当に腹黒い。

 

 しかし、残念だったわね。人は変わるのよ。いつまでも人の言葉をそのまま真に受けるわけがないじゃないの。

 この貴族世界の中じゃ、まずは裏があると考えて行動した方がいいと、そう教えてくれた親友が私にはいたのよね。エルリック様と違ってね。

 

 王太子殿下、貴方は人の心が、痛みがわからない。あんなに一人の女性を愛せるくせに。

 そして自分の愛をたっぷり注ぎさえすれば、相手も喜んでくれると本気で信じている哀れな男だわ。

 でもね。貴方の最愛は、貴方には勿体ないくらいの情の厚い女性なの。だから自分が幸せならそれでいいという人じゃない。

 しかも自分のせいで他人が苦しんでいたら、自分も一緒に苦しくなる人なのよ。そんなことにも気付かないなんてほんとに情けないわ。

 こんなに人の心がわからない人間が将来国王になるなんて、お先真っ暗。やっぱり隣国へさっさと逃げよう。

 親友が逃げてきたらそれを受け入れられるように、早めに準備を整えておかなきゃいけないしね。

 

 そんな途方もないことを夢想しながら私は一礼して、みんなに背を向けてサロンから退出しようとした。

 しかし、誰かが私の腕を掴んで引き止めようとしたので振り向くと、それは王太子ではなく何と王妃殿下だった。

 

「クリス、ごめんなさい。馬鹿な息子が姑息な真似をして。

 貴女を騎士として登用する話は本当よ。ほら、ここに辞令があるでしょう?

 陛下やブルーノが実際はどう思っているかはわからないけれど、以前から私は女性騎士の登用の必要性をずっと主張してきたのよ。ルビア嬢や王女達と共にね。

 それなのに、もし彼らがそれを名目上のものにするつもりなら、私が責任をとるつもりよ」

 

 叔母でもある王妃殿下は私をじっと見つめながらそう言った。

 

「責任ですか?」

 

「ええ。陛下が約束を違えた場合は、私が王妃を辞めます」

 

「「「えっ!」」」

 

 この妃殿下の爆弾発言に、私だけでなく陛下と殿下も驚嘆して固まった。しかし妃殿下は平然としたまま、床に膝を付いたままの息子を厳しい目をして見下ろしながらこう命じた。

 

「ブルーノ。クリスを登用することが決まった際に作り直した、新しい組織表を見せなさい」

 

 すると、王太子殿下は表情こそ変えなかったが、目を忙しく泳がせながらこう言った。

 

「クリスタルの返事をもらってから組織表を新しく作るつもりでいましたので、まだ作成していません」

 

「そう。つまりそこまでクリスの登用を重要視していなかったということなのね。わかったわ。

 クリス、引き止めてごめんなさいね。もう留学先に戻っていいわ。貴女が隣国で立派な騎士になれるように祈っているわ」

 

 王妃は何か踏ん切りがついたかのように、サバサバとこう言った。

その場にいた者達の顔が一斉に青褪めた。しかし


「サファリア、貴女、なに勝手なことを言っているのよ。クリスタルは私の娘よ。隣国になんか行かせないわ!

 クリスタルはグルリッジ公爵夫人になるのよ!」

 

 辺境伯夫人である私の母がこう叫んだことで、サロンの中はさらに凍り付いた。

 ん? 今聴き逃がせない台詞を耳にしたわ。

 

「私がグルリッジ公爵夫人になるとはどういう意味ですか? 母上様」

 

「スイショーグ夫人!」

 

 ブルーノ王太子が焦った声を出した。そのことで私はおおよそのことを察した。

 もし私がエルリック様の面倒を見ることになったら、要らぬ噂が立つのは必然だわ。だから最初から私達を婚約させて、ゲスな勘ぐりをされないようにするってことなのね。

 その婚約がエルリック様の女嫌いが治るまでの仮のものなのか、それとも本気で結婚することを前提にするものなのかはわからないけれど。


 まあ、まともで常識的な親ならば、娘に仮とか偽りの婚約をさせようとはしないわ。でも、忠義の塊のようなうちの両親は普通ではない。王家のためなら子供の一人や二人どうなっても構わないと思っているに違いない。

 特に、元々出来損ないでまともな令嬢になれなかった私のことなんてなおさら。いいえ。むしろ役に立つとは思わなかった私に利用価値があったと喜んでいたかもしれないわね。

 

 グルリッジ公爵家の方も本来ならば、規格外れの令嬢である私との婚約だなんて、恥以外何物でもないはずだけれど、背に腹は代えられないと腹をくくったのかもね。

 公爵家には息子が他にも二人いるはずだけど、元々嫡男は冠前絶後(かんぜんぜつご)と言われるくらい優秀で素晴らしい後継ぎだったのだ。そう簡単に諦められないだろう。

どんなことをしてでも息子を本来の姿に戻したいと願うのが親としては当然だ。

 

 彼らの気持ちは理解できる。しかし、だからと言って何故自分が、彼を立ち直らせる役目を引き受けなければならないのか。さっきのブルーノ王太子の説明だけではさっぱりわからなかった。

 そもそもただの騎士科の学生である私に何故それを依頼するのか、それが疑問だった。みんなは私に一体何を期待しているのだろうか? 

 それに……

 

「母上様。生憎私はグルリッジ公爵夫人になるつもりはありません。

 何度も言っていると思いますが、私は騎士になりたいのです」

 

 私がはっきりとそう口にすると、母が何か言う前に、何と思いがけない人物が口を挟んできたのだった。



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