<4>呪いは禁術
フォートニナを出てから4日の昼頃。
馬車の御者をしている俺が見ている視線の先には、故郷までの中間地点である町ライーダがある。
魔物に遭遇する事はあったものの、怪我もなく無事にここまで来れた。
盗賊に鉢合わせたら最悪だったよ。
事前に調べてから旅立っているとはいえ、何があるか分からないから故郷までは気が抜けない。
気が抜けない筈なのにシルヴィは今、俺を背後から抱き締めてジッとしてる。
俺の右肩に顎を乗せつつ両腕は身体の前に回されてガッチリと抱き締められているから、当然の如くシルヴィの柔らかい部分が背中に強く押し付けられていて気が気じゃない。
シルヴィがこうなったのは2日目から。
お互いの気持ちを確認したからなのか、シルヴィからのスキンシップという名の誘惑が強くなった。
馬車で移動している時は常にこの状態で、野営を行う際には隣に張り付いている。
嫁から誘惑されるのが嫌なんじゃなく、急すぎる状況の変化に付いて行けてないんだ。
どちらかと言えば嬉しいから強く注意しない。
擦れ違う馬車とかいたら離れて貰う程度には注意しているから、今のところはコレで良いと思ってる。
「シルヴィはライーダで欲しいものはあるか?高価な物は買えんけどもさ」
「そうですね……食材でしょうか」
「食材は旅に必要なもんだから普通に買う。それ以外にシルヴィが欲しい物だよ」
「旦那様から貰える物は、どんな物でも嬉しいですよ?」
「そうか……」
気恥ずかしくなって片頬を指で搔きつつ、そう返事するのがやっとだった。
揶揄うんじゃなく、素直な気持ちなのが分かるから余計に気恥ずかしい。
「それはそうと、旦那様があれだけ戦える様になっていたのには驚きました」
「一番、驚いているのは俺なんだ」
話題を変えてくれたシルヴィの言葉に、手綱を掴んでいない手の平を見下ろした。
昨日、グレーウルフという狼型の魔物が襲ってきた時に、なんと俺が返り討ちに出来たんだ。
入隊している時は人間や魔物を相手にする時は身体が重く、自分が思っている動きが出来なかった。
それが昨日は違って、身体が硬くなる事はなく、自分が思う様に身体を動かせたんだ。
初めての体験で気分が高揚し、シルヴィに一日感想を言っていた。
「……旦那様にも、呪いが掛けられていた?」
「は?いやいや、身体に呪い特有の跡なんか出てなかったぞ」
「それなのですけど、呪いは禁術であり、呪われると身体に特有の黒い跡が出る、と私達は一般的に教えられていますよね?それを深く考えたら、禁術なので他の症例を調べようが無くありませんか?」
「呪いの中には、黒い跡が出ないモノも有り得るって事か……」
禁術とされる呪い、呪法は覚えただけで牢屋に入れられる可能性がある。
実際に覚える手段が思い付かないけども、禁止にしている貴族なら知っていてもオカシクはない。
有り得るとしたら……。
「敢えて平民に覚えさせて使わせた……そんな馬鹿な話があるか?」
「貴族ですから。冤罪を作り出す名人達ですよ、有り得なくはないでしょう」
「全部が全部そうだとは思えんけど、有り得なくはない話だよなぁ。でもな、俺が狙われる理由が分からない」
「……私は旦那様以外に気を許した事はありません」
シルヴィの言葉に驚いて顔を横に向ければ、彼女は俺の肩から顎を離して眉根を寄せつつ隣に座った。
彼女曰く、同期や後輩達は俺と仲良くしている様に見えて、実は黒い部分があるのだとか。
そんな事はない。
そう言いたいのは山々だが、言いたくない事を言ってしまった、という顔をされたら否定できない。
女の直感という奴なのかは分からないが、色々な才覚があるシルヴィの言葉を気のせいで済ませられん。
「絡む事は少なくなるでしょうけど、警戒はしておいて欲しいです」
「……ふぅ、分かった。本音を言えば否定したいが、嫁の直感を蔑ろにしたくない。取り敢えず警戒をしておく、これで行こう」
「ありがとう、旦那様」
「……なぁ、丁寧語を止めないか?」
俺を見て微笑みを浮べるシルヴィに言うと、キョトンとして直ぐに顔を逸らされてしまった。
いつもは無表情とも取れる顔でグイグイ来るというのに、耳を少しだけ紅くして恥ずかしがるのは狡い。
御者をしてなければ、本能に従って肩を抱き寄せてた。
まぁ、取り敢えずはライーダに入ろう。
この時間は出てくる人や馬車は多いが、入ろうとする者は少ないから早く入れるだろうさ。
検問は面倒だが、検問のお陰で平和でもあるからな。
盗賊が入り込んでるなんて笑えたもんじゃない。
その他にも指名手配されている者とか、怪しい者とかを捌いてくれている検問には感謝しかない。
馬車を進める速度を落としつつ、思い出した事があって顔を背けているシルヴィに尋ねる。
「そういえば、身分を証明できる物って持ってるか?」
「旦那様は持ってるんですか?」
「そりゃあ旅立とうって計画してたんだから冒険者カードを作ってるさ」
「むぅ……」
此方に顔を向けたシルヴィの不満そうな顔に、俺は自然と笑いながら言う。
言葉が柔らかくなったのは、丁寧語を止めようとしてくれているんだろうな。
「はははっ、気にすんなっ。無いなら無いで、金を払うから」
「なんと説明をするんです?」
「……夫婦だって説明するに決まってるだろ」
嬉しそうな微笑みを浮べるのが視界の端に映る中、俺は顔が熱くなってくるのを感じた。
一手報いたと思ったら、直ぐにやり帰されるから困ったもんだ。
これは尻に敷かれるのは確定かなぁ。
******
何事もなくライーダに入り、馬車を通り抜ける筈の門近くに預けた。
本当はライーダで1泊する予定だったんだが、「早く故郷に到着して育てて貰いたいです」と有無を言わせない雰囲気で言われては従うしかない。
という事で出店で昼食を摂って、食材を購入し、雑貨屋巡りをしてから馬車に戻って来た。
忙しないなぁ…とは思うけども、故郷に早く向かいたいのは俺もなので何も言わない。
こういうのを尻に敷かれてるって言うんだろうか?
何はともあれ支度が整ったので馬車を動かし、入ってきた場所とは違う検問を受けてライーダの外に出る。
検問してくれた兵に挨拶をして顔を前に向けた瞬間、誰かが飛び出してきた影が見えて馬を急停止させた。
暴れる馬を宥めながら、危ない行為に苛立ちを覚えつつ影の正体を見る。
一番最初、目に飛び込んできたのは綺麗な黄緑色の髪だった。
肩まである髪を靡かせて、シルヴィに引けを取らない美貌で驚いている。
シルヴィよりも大きいモノを実らせているから女性だと分かった。
「何を考えているんですか?死にたいんですか?」
「ごめんなさいっ、気付けなかったのっ」
「気付けなかった?」
訝しがりながら呟くシルヴィじゃないが、流石の俺も疑問に思ってしまう。
馬車が進んで来るのに気付けないなんてあるか?
馬車を邪魔にならない所に停めてから、改めて女性を見る。
すると精霊像を信仰しているのか、彼女の服装は精霊像が着てる服装ソックリだった。
精霊様を信仰している奴等は面倒だ、出来るならば関わりたくない。
「怪我はないか?」
「えっと……大丈夫っ」
自分の姿を確認した女性は微笑みを浮べて言い、その様子に安堵の息を吐く。
貴族と一緒で、精霊を信仰している者達の全部が面倒な訳じゃない。
狂人的な者達が目立ちすぎるんだよ。
ここ最近の出来事で言えば、神を祭っている教会を襲撃とか。
神が精霊を遣わせているのではなく、精霊が神の育て親である、と主張した結果だと聞いた。
素直に怖いし、正直にどちらでも良い。
そんな訳で、巻き込まれる位なら関わらない方が良いんだ。
さっさと会話を終わらせて出発する為に、別れの言葉を口にしようとしたらシルヴィが先に口を開いた。
「エルフ、ですか?」
「ううん、違うわっ。ほら、私は人族っ」
「……」
女性が耳を見せてくれたが、エルフの特徴は耳に見られない。
シルヴィは何を不思議がってるんだ?
残念ながら俺には何を不思議がっているのか見当が付かない。
只々、面倒な事に巻き込まれそうだなぁって感じはする……だから、早く出発しないか?
俺の直感が正しかったのは、女性の言葉で直ぐに証明された。
「馬車に私も乗せて貰えないかなっ?」
……乗り合いはしてないんだわ。
というか怪し過ぎるだろ、お前さん。




