<3>夢にまで願った私の居場所
馬車の外で腕を組んで待っていたらシルヴィの声が掛かったので天幕を捲り……直ぐに閉めた。
なんで下着姿なんだ!?
右腕を見せる為に長袖のシャツを脱いでいるのは分かるっ。
だけど薄い生地のキャミソールなんだから、胸辺りを隠していて欲しかった!
明かりが強くなくても肌が見えるんだよっ!
一瞬とはいえ見てしまった光景を忘れるように被りを振り、大きな溜め息をついて気分を落ち着かせる。
天幕の外から周りに聞こえない様な声で注意をしたら、不服そうな返事が返って来てゴソゴソと音がし出した。
コイツ……此処が野営地で、周りに男が居るって忘れてないか?
「良いですよ」
「……本当だろうな?」
「期待に応えましょうか?」
「応えんで良いっ。まったく……」
シルヴィに対して、ツッコミばかりする事になるなんて思わなかったよ。
心の中で愚痴を言いながら荷台に入り、天幕が締まっているのを確認してからシルヴィの方に顔を向けた。
右腕の肘まで袖を捲っていて、そこには呪いの跡と思わしきものはない。
「呪いの跡がなかったので、右腕の呪いは解けていると思います」
「そうか……痛みは?」
「今のところはありません。ですけど、動かしていなかったのでダルさを感じますね」
「そっちはリハビリすりゃ問題なさそうだな。それで、どうする?王都に戻るか?」
「ぇ……」
「待て待て待てっ、悪かったっ!」
俺の言葉を聞いた瞬間に再会した時みたいに瞳から光が無くし、絶望した表情をされたので慌てて弁解する言葉を口にする。
そんな顔をして欲しくて提案したのではないと分かって欲しくて、シルヴィの右手を両手で掴みながら言葉を選んで説明していく。
「だってあんなに頑張ってただろ?問題だった呪いを解けたんだから、騎士に戻りたいんじゃないかって思ったんだ。シルヴィから言い辛いだろうから、俺から…尋ね、たん……だけど……」
「……へぇ」
シルヴィから放たれる冷たい感覚に身震いしつつ、微笑している彼女の目を外さずに見詰める。
経験上、こういう時に目を外したら後が怖い。
なんで知っているか?
何度か同じ目に遭ったからだ。
シルヴィの右手から両手を離して正座し、ジッと彼女の言葉を待っていたら溜め息をつかれてしまった。
「私は、ずっと居場所が欲しかった。強くなれば必要としてくれる、居場所が出来ると思って頑張ってたの」
「シルヴィ……」
シルヴィが丁寧語を止めて話す時は、本心を語っている時だ。
周りの目を気にせず、自分の気持ちを正直に語る時は丁寧語が無くなる。
「王都に行って、騎士団で結果を残しても居場所は出来なかった。居場所が出来るどころか呪われて、退団までさせられる始末。そんな私が初めて居場所が出来たと思ったのは、旦那様に求婚された時なの」
「……」
「呪いが解けたからって、居場所がない所に戻りたくない。私は、やっと出来た居場所を失くしたくない。今、此処が、旦那様の傍が、夢にまで願った私の居場所」
美しい微笑みを浮べるシルヴィに、俺は何も言葉を出てこない。
ほぼ思い付きでシルヴィを誘って、それが求婚という形に捉えられた……それぐらいの認識だった自分を恥じている。
シルヴィにとって、俺が誘った時からセカンドライフが始まったんだ。
そのセカンドライフを俺は壊そうとした、二個目の夢までシルヴィから奪おうとしてしまった。
歳だけ重ねて、こんな簡単な事に気付けないなんて恥でしかない。
落ち込みそうになっていた気持ちを、なんとか奮い立たせてシルヴィの顔を見詰め、彼女の右手を両手で包み込んで言う。
「すまなかった、二度と突き放すような事は言わない。色々と頼りない俺で良ければ、いつまでも傍に居る。俺だってシルヴィに嫁さんになっていて貰いたいんだ。故郷付近の町に着いたら、2人で婚姻届けを記入して提出しよう」
「はい、旦那様」
そう言ったシルヴィの微笑みが、本当に美しくて見惚れてしまった。
直ぐに我に返って彼女の右手から両手を離し、気恥ずかしいのもあって馬車の荷台から降りる。
案の定というか、声が漏れていたらしく周りからの視線が痛い。
視線に耐えながらも焚火の前に腰を下ろし、額を片手で撫でつつ大きな溜め息をついてしまったよ。
何はともあれ、シルヴィの気持ちと自分の気持ちの再確認できたのは良かった。
あのまま故郷の村に着いてから言い合いをしていたと思うとゾッとする。
親父がお袋には敵わないっていたのを改めて実感したな。
親父が愚痴っていたのを思い出して独り笑いしつつ、バッグから道具を出して夕食の準備をし始める。
シルヴィみたいにマジックバッグを持っている訳じゃないから、干し肉やパンしか持ってきていない。
旅中では飯の味を気にしちゃならんのが当たり前だけど、それでも美味しい物を食べたいのが本音。
だから美味しいと評判の干し肉を買ってきたんだが……ヤバイ、シルヴィに食べさせると思ったら緊張してきた。
一応、スープも作っておくか。
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【ある者達の会話】
1『届きましたか?』
2『うん、届いたよっ。早速、旅立って行ったわっ』
1『それは良かった。まさか禁術に手を出すとは思いませんでしたよ。此処の魔力も汚くなってきましたし、そろそろ離れましょうか……』
2『その広い土地の魔力が汚れてるんだ?』
1『ええ。お陰で吸い上げる量よりも、放出する量が多い時があります』
2『うわぁ……ならさっ、私と一緒の所に行かないっ?送ってくれた子が求婚されているのを見てね。その求婚してくれた人の故郷に向かうみたいなのっ』
1『ふむ……良いですね。でしたら皆の様子を見つつ、其方に向かうとしましょう。いつ動き始めます?』
2『私は夜が更けたら旅立つつもりっ。距離的に、そこまで離れてないだろうからね。あわよくば同行させてくれないかなって思ってるわっ』
1『ふふっ、分かりました。位置を調べる為に枝を繋がせて貰いますね』
2『良いよっ。じゃ、また後で!』
1『ええ、お気を付けて』
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【グレイム】
スープを入れていた鍋を水魔法で洗いながら、満足そうな微笑みを浮べながら夜空を見上げているシルヴィをチラ見する。
最初、2人分だけの夜食を作っていたらシルヴィから3人分が良いと言われ、ご希望に応えて作ったらペロリと平らげられてしまったんだ。
腹に何も入れてなかったのを考慮していたとはいえ、まさか干し肉にまで手を出されると思ってなかった。
というか、その細い身体のどこに入っていったのか不思議になる。
「満足か?」
「はい、腹八分目で丁度いいです」
「あれでか……次の村に着いたら、食料を調達しないと持たないな」
「あぁ…その事ですが、私が食料を持ってます」
洗い終わった鍋を鞄に仕舞いながら、片手で腰のマジックバッグを指差すシルヴィを見詰める。
食材まで入ってるのか?
という事は、自炊もしていたって事か……シルヴィの手料理を食べてみたい。
そう思いながら焚火の前に腰掛けてから、向かい側に座るシルヴィを見ると首を傾げていた。
俺と再会してからシルヴィは、明らかに昔よりも表情が豊かになっている。
「購入した覚えがないのですけど、触れた感じでは大量に入ってます」
「……?覚えがないんだったら、誰かが勝手に入れたって事だよな」
「恐らく……」
マジックバッグに片手を突っ込んで調べているシルヴィを見つつ、俺は腕を組んで考え始める。
基本的にマジックバッグを手に入れた者は、常日頃から傍に置いておくもんだ。
高級品というのもあるけど、マジックバッグがあれば緊急時に備えられる。
ただシルヴィは呪いによって伏せていた身であり、考えられるのは看病していた者が入れた事になるんだが……。
「看病してくれていた者は居るのか?」
「居たら夜中に出歩けたりしません」
「それもそうか……不思議だなぁ」
「ええ、不思議です。私が使わない武器まで入れられてますよ、ほら……」
そう言ってシルヴィがマジックバッグから取り出したのは、騎士が愛用しそうな見た目のゴッツイ斧だった。
家紋が彫り込まれていたらマジックバッグに入れた人物が特定できるかもと、シルヴィと共に調べるが彫り込まれていない。
ただ、誰かが使っていたのは間違いない。
使っている様子が見受けられたからな……樹を切り倒すには仰々しいかもしれん。
誰かに見られたら面倒臭いのでシルヴィにマジックバッグに仕舞って貰い、仕舞い込んだのを見てから俺は彼女の隣に並んで座り困った様に微笑んだ。
「不思議なことだらけだけど楽しいなぁ」
「私もです。ココを育てて貰うのも楽しみなので、宜しくお願いしますね?」
「頼むから、揉むなって……」
自分の胸を両手でモミモミするシルヴィから顔を背け、顔が熱くなるのを感じつつ注意する。
周りでは睡眠を取っている者も居るだろうから、声を張り上げないように注意した。
本当に悶々とするから止めて欲しい。
明日、シッカリと御願いしよう……故郷に着くまでは許して欲しいって。




