<2>刺激が強いセカンドライフ
陽が高くなってきた昼。
ガタゴトと馬車に揺られながら、目的地に向かって進んでいた。
俺は御者台に座って馬2頭の手綱を引いていて、隣にはシルヴィが座って身体を俺に寄せている。
何を隠そう、この馬車はシルヴィが購入したものだ……急ぎで。
自分でも現実を見るのに時間が掛かったけども、旅立とうと門に着いたらシルヴィがアレコレし始めたんだよ。
馬車と馬なんて簡単に購入できるもんじゃないし、平民にしてみたら高価なもんだ。
馬の維持費も掛かるから、商人か家柄が良くない限り所持はしないだろう。
それをパッパッと用意して持ってくるんだから、そりゃあ現実を見るのに時間が掛かるに決まってる。
「元気がないですね?」
「元気だよ。ただ現実逃避をしてただけ」
「……?何が原因なんですか?」
「馬と馬車が原因だ。ほぼ一瞬で買い揃えられるもんじゃないんだからな?」
「ああ、成程。だけど私は約束を守って貰っただけです」
「そうだとしてもだ」
キョトンと小首を傾げるシルヴィの頭を撫でつつ、俺は困った様に微笑みながら返答をした。
再会した時とは違う、輝きを取り戻した青い瞳を横目に見つつ、前方を視界に入れながらシルヴィの説明を思い出す。
なんでも以前に商人を助けた恩があるらしく、急に現れたシルヴィに驚きはしたものの直ぐに用意してくれたらしい。
お金はどうしたのか?と尋ねれば、腰にポーチ型のマジックバッグを持ってきていたから問題なく支払えたんだとか。
シルヴィ自身も不思議に思う事が多々あって、いくら思い返してもマジックバッグを持って来た覚えはなく、それに昨日まで王都に居た筈だった、と首を傾げている。
ただ、服がマジックバッグに入っていたのは僥倖だった。
今は長袖のシャツに、茶色の長ズボンを履いているよ。
それにしても10日以上掛かる距離を一瞬で移動するなんて、御伽噺の中で出る転移魔法みたいだ。
そんなもん実際に使える者を見た事がない……聖女や英雄と呼ばれている者達なら、もしかすると使えるかもしれないけど……。
「旦那様?」
「……慣れない」
「何がです、旦那様?」
「その呼ばれ方にだよっ。絶対、面白がってるだろっ」
他の者からは冷笑に見えるかもしれないが俺には分る、これは滅茶苦茶に面白がっている笑みだ。
シルヴィは感情表現が苦手なだけで、皆と同じ感性を持ってる。
昔の話を聞いた事はないが、ここまで感情を表に出さないには理由があるんだろう。
それは兎も角として、フォートニナを出た時から俺の呼び名が先輩から旦那様に変わった。
シルヴィ曰く、そう呼ぶのが夢だったらしい。
そう言われたら止めて欲しいなんて言える訳もなく、旦那様呼びにさせているんだけど慣れないっ。
こちとら女性経験が乏しいのに、シルヴィは何のそのでガンガン攻めてくる。
恋人を通り抜けて嫁という関係にドギマギしているのにっ。
それだけなら良いけど、密着と言って良い程のボディータッチは止めて欲しい!
「私、今が一番楽しいです」
「そりゃあ良い事だけど、だからって俺を弄り倒すのはどうなんだ?」
「旦那様を弄れるのは嫁である私の特権です」
「親しき中にも礼儀ありって言うんだが?」
「良いじゃないですか、夜になったら逆に私が弄られるのですし」
「弄らんよっ?」
いやいやいやっ、そんなにショボンッとされても無理だっ。
今日の今日で事に及べるわけないだろっ!
もう少しユックリと距離を縮めさせて貰えんかな!?
顔が熱くなってくるのを感じて、シルヴィの頭を撫でていた片手で自分の顔に触れる。
和やかな笑みを浮かべて遠くを見ているシルヴィの横顔を、俺は渋い顔をしつつ横目にチラ見した。
何はともあれ、元気が少しづつでも回復しているようで良かったよ。
後は右腕の現状を、もっと詳しく知っておきたいんだが……触れても良いんだろうか?
顔の熱が引いてきたので、意を決してシルヴィに尋ねた。
「シルヴィ……右腕の様子は、どんな感じなんだ?」
「ぁ……忘れてました」
「忘れてましたって、リハビリが出来ないぐらい痛いんだろう?」
「そうなのですけど……」
「おいおいっ、あまり動かすなっ」
右腕を勢い良く上げるシルヴィに、俺は慌てて静止の声を上げた。
極力動かさない様にしていたし、なによりも馬車を手に入れるまで顔を顰めていたんだ。
なのに痛みを忘れるなんて有り得るのか?
……俺の嫁になったことでハイになってるだけんじゃ?
そうすると気分が落ち付いてきた時、予想できない痛みに襲われる可能性がある。
渋々という雰囲気を出しながら右腕をユックリと下げるシルヴィに、俺は安堵の息を吐いてから顔を前に戻して言う。
「次、馬を休める時に見せてくれ。その……旦那なのに、嫁の状態が分からないってのは流石にヤバイ」
「ん、旦那様には全部見せられます」
「全部は見せんで良いっ」
自分の胸をしたから持ち上げるように揺らしているシルヴィから顔を逸らし、大きな溜め息をついて空を仰いだ。
まったく、刺激が強いセカンドライフだよ。
楽しんでいる自分の気持ちに嘘はつきたくなくて、空から前方に顔を戻しつつソッとシルヴィに身体を寄せた。
俺の反応に喜んでくれたのは嬉しいんだけど、頼むから胸を押し当てながら擦り付けんでくれんかっ?
******
夕焼けになって来た頃、初日の野営地に到着した。
馬車が停められるように整地してある場所で、周りには冒険者や商人らしき者達が野営の準備を進めている。
正直に自分の腕に自信のない俺としては、人が多くて助力が求められる野営地は安心するよ。
男としてはどうかと思うが、流石に命には代えられない。
馬車を停めて野営の準備をし始めるけど、シルヴィが馬車を手に入れてくれたお陰で焚火を熾すだけで良かった。
テントを出さなくても馬車の荷台を使えば、余計な労力を使わなくて済むからだ。
そう、シルヴィが購入した馬車は商人が良く使う天幕が張られているタイプ。
この馬車を確保し続けていたのか、直ぐに用意してみせた商人のシルヴィに対する信頼が怖い。
ゴソゴソと馬車の荷台を揺らして寝床の用意をしているシルヴィが気になり、火を熾してからソッと近付いて天幕を捲って声を掛けた。
魔力が少ないけども、火を熾せるぐらいは出来て良かったよ。
「シルヴィ、大丈夫……みたいだな」
「マジックバッグの中身を改めて確認してました」
「便利なもんだよなぁ」
天幕を捲って直ぐに目に入って来たのは、天井に漂う明る過ぎない光球と、服やら素材やら、色々な品の数々だった。
剣の腕だけじゃなく、魔法まで扱えるなんて羨ましい限りだ。
だからといって剣を諦めろなんて口が裂けても言わんけど。
今更だけど、マジックバッグの存在を知っていても使った事はない。
何故かと言えばマジックバッグを含む魔道具は高級品であり、マジックバッグにお金を使うのなら食料に使った方が良かったからだ。
マジックバッグにも色々な種類がある。
中身の容量から、時間が停止する物まで色々。
機能が良い程に値段が跳ね上がり、シルヴィが持っているマジックバッグだけで30日は飯が食べられる。
「……プレゼントしましょうか?」
「しなくて良いっ。はぁ……シルヴィが持っているのだけで十分だよ。ただシルヴィ頼りになるのは申し訳ないと思ってるが」
「なら、やっぱりプレゼントを……」
「俺の話を聞いてくれよ……それは置いておいて、右腕の様子を診せてくれ」
荷台に乗りながら言うと、シルヴィはニマッと笑って両手を差し出してきた。
まるで抱き締めるのを催促されている光景に、俺は顔を逸らて近付いて彼女の右腕だけに触れる。
「据え膳食わぬは……」
「一体、俺をどんな目で見てるんだ?今日の今日で手を出せるわけないだろ」
「……」
「せめて言葉にしてくれ。包帯を取るぞ?」
左手を下げたシルヴィのニマニマ顔に溜め息をついてから、右腕の包帯を痛みがないように優しく解いていく。
シルヴィの話だと、呪いで蛇に巻き付かれたように跡が黒く出ているらしい。
俺に見られたくないだろうけど症状を知っておきたいんだ……悪いな。
心の中で謝罪しながら、素肌が露わになった手首を見る。
……ここは大丈夫みたいだな。
「え……」
「どうした?」
「いえ、手首が一番酷かったのですけど……」
目を見開いて驚いているシルヴィの反応が嘘じゃないのを物語っている。
王都で受けていた治療が、今頃になって効き始めたのか?
そう考えながら慎重に包帯を解いていき、肘まで素肌が露わになっているが蛇に巻き付かれたような跡は見受けられない。
「これ……完治してるんじゃないか?外に出てるから、上を脱いで右腕全部の包帯を解いてみてくれ」
「ゎ、分かりました」
動揺が隠せない様子のシルヴィは俺の言葉に頷きながら返事をし、返事を聞いた俺はソソクサと荷台から出て天幕を閉めた。
理由は分からないけど、もし完治していたら喜ばしい事だ。
……そうなると、シルヴィは王都に戻るのか?
婚姻届けも提出していないし、フォートニナを出てから1日しか経っていない。
引き返そうと思えば引き返せる距離だから、シルヴィが望むのなら送り届けよう……仕方がないけど、寂しいなぁ。




