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4/23日 日曜日 朝

 4/23日。日曜日。

 渡されたタンクトップを手洗いして、部屋に干して。

 午後一時。


「ピンポーン」

「はいはい」


 加藤だった。


「どうも先輩。こんにちは。奇遇ですね、四日連続で会えるなんて」

「そうだな。これが奇遇ってことなんだろうな」

「今日は家、ご家族は?」

「今日もいる。というか、今日こそいる。日曜だし」

「そうですか。私の家もあいにく家族がいるんですよね」

「家族がいるのは幸せなことだろ」

「それはそうですね」


 言って、加藤は振り帰った。

 ぶっかぶかの淡い茶色のジャンパーに下着とか運動着みたいな伸縮性のありそうな黒いベアトップ。いつも通りへそに上端を合わせてるからミニに見える黒のスカート。靴まで薄めの黒。右腕には小さな腕時計。

 服に寄せられたI字の谷間的に、上から見るとDみたいな感じ。


「買い物行きません? 家はアレですし」

「あぁ、そういうパターンもあんのか。なら無限の選択肢があるな」

「何の話ですか?」

「さぁ。将棋の話とか?」


 答えて、俺は家の中の方を見た。

 

「どうしました?」

「いや、買い物なら着替えた方がいいかと思って」

「別にいいんじゃないですか? 面倒くさいでしょう、服って。女は服に金をかければかける分、魔法みたいに魅力が出ますけど、男はそうでもないでしょうし」

「んー……」


 なら、俺自身が己に許容できるかどうか、か。

 この服装の加藤と並んで街を歩けるか。


「……ま、軽く着替えてくるわ。そんな時間もかかんないし」

「そうですか。じゃあ、待ってますね」

「うぃー……」


 一旦、家のドアは閉める。 

 なんとなく。

 いや、家族の目に加藤を入れない方がいいかと思った。それだけだ。


「……うーん──」

「……どうしたの──」


 と、家のリビングの方から妹と姉の声が聞こえた。

 無視して、二階の自室に向かう。

 そこで適当にいい感じそうな服を見繕って、着替えた。

 そしてまた階段を下りて玄関へ。

 

「じゃ、行きますか」

「はい。先輩」


 二人並んで公道を歩く。


「どこ行くんだ?」

「そりゃ、決まってるでしょう」


 この辺で幅広く買い物するなら一択だった。

 県内の買い物なら大体なんでもおまかせの外国経営ショッピングモール。

 シャッター街の元凶に、今日もお世話になろう。


「ってか、そもそも何買うんだ?」

「昨日減った服を買いたいんですよね。具体的にはタンクトップ」

「俺のせいじゃねぇか」

「あれはあげたのでいいんです。ですが、私が着れる服が減ったのは事実です」

「で、買いに行くと」

「はい。ついでに、いつ先輩にあげてもいいように服は多めで買い込んでおきましょう」

「さらにくれるのか……」

「お望みとあらば、靴下でも」

「それはマニアックだな」

「お望みとあらば、下着でも」

「それは普通だな」 


 ちなみに。昨日加藤に貰ったタンクトップは手洗いして、部屋に干してある。

 臭いはさすがに、一回の洗濯じゃとれなかった。


「手洗いなんですか? 洗濯機じゃなく、わざわざ手洗い?」

「姉と妹がいるって言ったろ。見つかったらどうする」

「別に、隣の家の後輩に貰ったって言えばいいじゃないですか」

「言えるか、そんなの」

「なら、彼女に貰ったって言えばいいじゃないですか」

「……あー」


 月が綺麗ですね。

 返事。


「……命令、な」

「あぁ、別に断ってもらっても大丈夫ですよ。それで無理強いしてもアレですし。それは私の望むところではないので」

「んー。そうだな」


 なんだろう。

 なにが俺にとって良いことなのか。


「加藤って、俺のこと好きなのか?」

「はい。好きですね」


 まぁ、ここまではいい。

 聞かなくても分かる。


「理由は? なんで?」

「今年の春、引っ越してきたじゃないですか」

「来たな」

「そのとき、数秒だけ先輩と目があったんです。引っ越しのとき」 

「ん?」


 あったか? そんなこと。


「覚えてないんですか」

「まぁ……覚えてないといえば、覚えてないな」

「そうですか……まぁ、いいですけど」

「で? 目が合って、どうした?」

「で、先輩が目を薄めて、挨拶してくれたんです」

「…………ん?」

「声は出してないですけど、会釈してくれたんです」

「…………」


 あったか? そんなの。


「まぁ人に挨拶するのって当たり前ですし、先輩が覚えてないのも仕方ないですか」

「……それはそうだけど。ん? 俺、加藤に会ったことあるってことか?」

「そうですね。今年の春、学校が始まる前。春休みのことです」


 覚えてない。

 いくらなんでも、こんなタッパのある乳デカ女に会ったなら忘れないと思うが。


「ああ。あのときは私、ぶかぶかの服着てたんで。それで印象に残ってないんだと思います」

「ぶかぶか?」

「学園祭の幽霊役みたいな、ぶかぶかの服」

「はぁん……」


 それで記憶にないのか。

 今は間反対みたいな服を着てることだし。


「あの頃の私は地味な人間を目指してましたね」

「なんで? こんな身長あんだから、胸張って生きて行こうぜ」

「その胸が問題なんですよ? 女子校時代は素直に尊敬の眼差しを貰ってたんですけど、去年から共学の高校になったじゃないですか」

「この高校な」

「高一から共学になって、私はびっくりしました」

「なに?」

「男女って、こんな微妙な距離感なんですね」


 お嬢様みたいなこと言っていた。

 家を見る感じ、そんなお金持ちってわけでもないはずだけど。

 宝くじのこととか言ってたし。


「いえ、私が悪いんだとは思いますけどね。なにせこの胸ですから」

「あぁ……なるほどな。男からは、そりゃ、そうか」

「それに、同性の女子の方も、女子校のときとは接され方が違うんですよね。微妙に意地が悪いというか」

「あぁ……」


 異性からは欲の目線。

 同性からは嫉妬の目線。

 乳のデカい女の悩みとしては、まぁ聞く話だ。


「それでも仲のいい友達は全然いますけどね。私、ほら、顔がいいんで。カッコよさの方向にすら顔がいいんで、好きになってくれる女子もいるんですよ」

「ふぅん……」


 かわいい四割、美人四割、かっこいい二割。

 たしかに性別関係なくモテそうな気がした。


「で、だからですね。そんな環境の変化で、私、ふさぎ込んじゃって。猫背ぎみの地味女になっちゃったんですよね」

「ぶかぶかの服を着てたってのは、そういう?」

「はい」

「猫背って、伏線だったのか……」

「私、背が高いんで隠れられないし、まぁまぁいびつで怖かったと自分でも思いますね」


 背が高いってのも考えものだった。

 百七十六センチ。

 男に交じっても勝負できる身長だ。


「髪は? その頃、髪は長かったのか?」

「そこも覚えてませんか。あの頃はボブくらいの長さでしたね」

「へぇ。覚えてないな。ボブ……肩くらいってことか?」

「はい」

「なんでショートにしたんだ?」

「似合ってませんか?」

「いや」


 似合ってる。

 多分、髪型の中で一番似合ってる。


「うーん。あの頃はとにかく自分を目立たせないように生きてましたからね。髪が長い方が視線を気にしなくていいかと思って」

「その乳と身長で、マジで言ってんのか? 無理だろ」

「いえ、私の感覚の話です。視線を集めるのは仕方ないですけど、髪が長いと自分の視界を狭められるじゃないですか。私の気分が楽になると思って」

「危ないだろ」

「視界は実際、狭かったですね。前だけしか見れない肉食獣みたいな感じでした」

「メスライオン?」

「そうですね」


 言って、加藤は口の端を引っ張り、自分の歯を見せる。

 きれいにとがった八重歯が見えた。


「それで? 今のところ、地味だったって話しか分かってないが。なんで、俺のこと好きなんだ?」

「いえ、話は変わってませんよ。ちゃんと続いてます」

「視界の話?」

「はい。私の視界が狭かったって話です」

「で?」

「先輩と、目が合ったんですよ」

「で?」

「先輩はかすかに微笑んで、会釈してくれました」

「で?」

「で、一目惚れです」

「……あっそ」


 挨拶しただけで恋された。

 俺はイケメンなのかもしれなかった。

 

「先輩みたいな人がいるなら、胸も隠さなくていいかなと。だってこれだけ有利な武器、なかなかないですもん」

「そりゃ男ならまず見るだろ、この乳は。本能だ」

「ですから、隠さないことにしたんです。先輩もオトコの子ですし、いつ襲われてもいいように下着も気にして、形もきれいに保って。胸を張って生きることにしたんです」

「文字通りか」

「猫背って、メスとしては魅力的じゃないですからね」

「人間としてもだろうけどな」

「でも私はメスですよ?」

「なら俺はオスか?」

「私に突いてくれるならオスですね」

「漢字、合ってる?」

「合ってます」


 合ってるらしかった。


「……ふぅん。一目惚れな。俺はやったことないな」

「性交ですか?」

「やったことないって、そういう意味じゃないが。話の流れ的に一目惚れを、だろ」

「へぇ。先輩、女の子を好きになったことないんですか?」

「それは……」


 思い出す。

 恋愛遍歴。


「まぁないこともないけど。でも一目惚れはなかった気がする」

「なんでですか? 容姿の好みが合わなかったんですか?」

「うーん……」


 なんでだ。

 十七年生きているんだ、容姿のいい女の子くらいは見たことあるはずなのに。


「先輩、女の子の好きなタイプ、なんですか?」

「あー……なんだろうな」

「乳のデカい子は?」

「まぁ好きだな」

「身長のデカい子は?」

「嫌いじゃない」

「尻のデカい子は?」

「なお良い」

「ショートが似合う、可愛さと美人さと格好良さが入り混じった顔の子は?」

「最高だろうな」

「それで銀髪白髪だと?」

「文句ない」

「その子と何人子供を作りたいですか?」

「金の許す限り、何人でも」

「デカい乳はどうやってイジリたいですか?」

「吸ってみたいな。そんで、顔を埋める。挟んでもらう」

「乳首が好きなんですか?」

「嫌いな男なんているのか?」

「乳輪は?」

「嫌いな男なんているのか?」

「下乳は好きですか?」

「嫌いな男なんているのか?」

「脇は好きですか?」

「擦ってみたいな」

「二の腕は?」

「揉んでみたい」

「指は?」

「触ってほしい」

「脇腹は?」

「くすぐってみたい」

「へそは?」

「いれてみたい」

「毛は?」

「巻いてみよう」

「鼠径部は?」

「食い込ませてみよう」

「太ももは?」

「撫でたいな」

「ふくらはぎは?」

「揺らしてみよう」

「くるぶしは?」

「抱きしめた状態で後ろから手が届くか試したいな」

「土踏まずは?」

「靴下かタイツを履いて踏んでほしい」

「足の指は?」

「手の指と同じ」

「先輩、私達相性最高ですよ」

「そうかもな」

「そんなメスがなんと、今ならただでゲットです。なんなら下着もお付けしますよ」

「タダより怖いものはなんとやらだな」


 ため息を吐いて。

 俺は、加藤のベアトップの、出っ張った胸の部分を掴んでみた。

 正しくは、胸の下を支えるように手の平を上にして、下乳を触ってみた。

 どたぷんって擬音みたいな、感触。


「……おぉ。重い」

「どうですか? 母なる大地、乳なる下乳です」

「あんま上手くない気が……」


 下乳。ブラとベアトップの上からだというのに、手に沈む。

 脊椎が重心の中心のはずなのに、こんなものが身体の全面にあるのか。

 どおりで肩がこるわけだった。


「あぁー。先輩の手があると、楽ですね。一時的に重力から解放された肩が喜んでますよ」

「そうだろうな。こんなもんが四六時中ありゃ、そりゃそうだ」

「私に金がいっぱいあればね。先輩を雇って一日中胸を揉んでてもらうんですけど」

「肩じゃなくて?」

「胸を好きな人に触られると気持ちいいんで、それで相殺するわけです」


 そんなこと可能なのか。

 おそるべし女体の神秘だ。


「女体で思い出しましたけど、女体好きの女嫌いっていうの、あるじゃないですか」

「ああ。あるな」


 急に話が変わる。

 俺は下乳から手を離した。


「別に持ったままでいいですよ?」

「さすがに目的地までもうちょいだしな。俺もまだ捕まりたくない」

「彼女ならいいでしょう」

「捕まるだろうな」


 彼女じゃないし。

 彼女だとしても。


「で。あの言葉が男の人に広まったのって、ようは女の性格が悪いっていう共通認識があるからじゃないですか」

「そうだな。文脈的にも、そうだな」

「でも、それってやっぱりおかしいと思うんですよ。女の性格が悪いのはどうでもいい男相手だけだと思うんです」

「どうでもいい男の方がこの世の中多いからそういうことになってんじゃないのか?」

「でも先輩のことが好きで好きでたまらない高身長Hカップの銀髪白髪女がここにはいますよ? 私の性格、悪いですか?」

「悪くはないんじゃない?」

「多分、先輩に命令されたらなんでもしますよ? 私」

「主従が逆転してるような」

「多分、好きな人に高圧的に足先でイジられたら吹き出しますよ」


 何を、どこからとは言ってない。

 念のため。


「だから。別に、私と付き合っちゃえばいいと思うんですけどね。だって先輩にデメリットないじゃないですか。優秀で都合のいいメスが一人、その辺に落ちてただけですよ? 先輩は拾い主として、好きに使っていいんです。デメリット皆無でしょう」

「さすがに道具みたいにはいかないだろ。消しゴムを拾ったら文字を消すのに使えるけど、後輩を好きにできるとして、じゃあその後輩は何ができるんだよ」

「バニー姿で君が代を歌うとか?」

「…………」

 

 なんだそのミスマッチは。

 ちょっと見てみたかった。


「不敬だけどな」

「表現の自由ですよ」

「権利を盾にしやがった」

「乳のデカい女は何をしてもいいんです」


 暴論だ。


「デメリットの話。他にも、たとえば人間関係はどうすんだ? 加藤とここで付き合ったら、俺はこの先他の女子と付き合えないってことになるが」

「なら都合のいい友達、略してツゴトモになりますか? そこで関係を止めちゃえば、先輩は自由の身です。後輩を自由にしながら、自由に女の子と遊べちゃいます」

「……ぁあー?」


 考える。

 一瞬だけ考えて、首を振った。


「それ、曖昧にしてるだけじゃないのか? どっちにも転べるようにしてるだけじゃないのか?」

「曖昧、嫌いですか?」

「嫌いでは、ないな」

「じゃあいいじゃないですか。先輩は後輩をただでゲット! 後輩は先輩の意識を自分に向けさせて大満足! ウィンウィンです」

「ほんとかぁ?」


 コンビニみたいな売り文句だった。


「この先他の女の子が出てきても、私は先輩の駒でありたいですね。それくらいには好きだと思ってください」

「一目惚れで……? そこまで好きになるか?」

「長い時間をかけて好きになる方がエロいわけじゃないでしょう」

「えらい、な」

「一目惚れでも心底、身体に電流が走って好きになることはありますよ。理屈じゃないです」

「…………あっそ。そうですか」


 理屈じゃないのなら、理屈では言い負かせない。


「……道具。ツゴフレ。駒。どれがいいんだ?」

「四つ目で」


 加藤は言って、武器を自慢するように胸を張った。 

 

「奴隷ですかね。先輩の」

「……あっそ」

 

 好きな人には、奴隷にもなる。

 加藤はそういうダウナー系だった。

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