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4/23日 日曜日 夜

「先輩に話しかけるの、結構、迷ってたんですよね」

「へぇ? そうか?」


 ブラは今日は買わないとして、買い物は終わった。

 現在午後六時。

 空はもう微妙に暗い。

 並んで、帰り道。


「さすがに、好きになってからすぐに話しかけるのはマズいかなと思って。私、結構迷ってました」

「春休みに好きになったんだろ? それで、初めて会話したのが四月の二十日だから……いや、十分すぐの行動だろ」


 大体一か月くらいだ。


「我慢できなかったんです。好きすぎて」

「恋してる高二女子の顔か? それ」

「頬を赤らめてみればそれっぽいですか?」

「そこまでいかなくても、ちょっと微笑んでみて」


 加藤は唇を薄く伸ばして、首を傾け、微笑んだ。


「はい…………どうですか」

「……かわいいのにきれいな顔だな、本当。それでいてかっこうよさも残っているし」


 遺伝子の強さを感じた。


「どれほど運がよけりゃ、加藤みたいな顔になれるんだ?」

「それは誉め言葉ですか?」

「奴隷を褒めるやつなんてどこにいるんだ?」

「どっかにはいるんじゃないですか? エジプトのピラミッド造りだって、労働者には酒が振舞われたらしいですし。そうしなきゃ働きすぎで死ぬって事情もありますけど」

「あれは例外だろ……」


 何年前の話だ。


「でも、迷ってたって割には、三日目には俺のこと家に上げてるし。加藤って、進みだしたら止まらないタイプなのか?」

「いえ、それは、それこそ運が良かったですね。好きになった人が隣の家ならなにかと都合がいいんです。気軽に家に呼んでも不自然じゃないですし」

「隣の家だからこそ好きになったんだしな」

「そうですね。親があそこの家を選んでくれたという偶然がすべてのきっかけですね」

「ふぅん」


 俺は頷く。

 縁の不思議さだった。

 と、そこで思い出した。


「そうだ。合鍵は。俺、あのままタンクトップと一緒に部屋に持って帰ったままだぞ」

「それでいいですよ? いつでも入れるように持っておいてください」

「いいのかよ」


 あのまま持っていていいらしかった。


「親の許可はとったのか?」

「とってないですけど、別にいいです。先輩ならどうにでもなりますし」

「どういう意味だ……?」

「私の所有者として持ってもらっているって、説明します」

「いやだめだろ。どんな親ならそれで納得するんだよ」

「でも私の親、先輩の親とも仲いいみたいですよ?」

「そうなのか?」


 知らなかった。


「ほら、お互い一人の息子と一人の娘ですから。なにかとちょうどいいんでしょうね」

「そうか? そんな雑に決めちゃっていいのか?」

「まぁこっちの親には私の好意はバレちゃってますから」

「そりゃ、地味目な感じからこうなりゃ、な」


 加藤の親からすれば、一人娘の様子が急に変わったように見えるのだから。

 誰かに恋をしたのはさぞバレバレだったろう。


「先輩は私の家公認の男なんですよ」

「もうそこまで話が進んでるのか……」


 それも知らなかった。


「だから、合鍵は先輩が持っていてください。いつでも遊びに来てもらえれば」

「いいのかね……」

「いいです。もちろん、親がいないときは私から呼びますし」


 昨日みたいに、か。

 四日連続で一緒にいるから、もう家に入るのも当たり前のように話が進んでいた。


「いついないんだよ」

「平日は母も父も七時帰りですかね。土曜日は大体買い物行ってるので夕方までいなくて、日曜は家にいる感じです」

「ふぅん。俺の家と同じ感じだな」


 やはり同じような家に住むくらいだから、家族の内実も似たようなものなのだろう。


「違うのは姉と妹の存在くらいか」

「どういう時間割で動いてるんですか?」

「んー。大学生だし、姉は結構、神出鬼没だな。いつ家にいるかも分からない。いないと思ったらいたりする」

「まぁ大学ですしね」


 大学って、今までの学校と比べて何かと違うし。

 姉はそんな感じだった。


「妹は中学生だから、帰りはかなり早い」

「中学ですしね。終礼も早いですよね」

「それに加えてあいつも帰宅部なんだよな。終礼が終わってすぐ帰ってくるから、平日も休日も大体家にいるんだよ」


 妹はそんな行動様式だった。

 

「じゃ、二人になれるのは平日と土曜の私の家ってことですか」

「そういうこと」

「まぁ学校行ってたらそんなものですかね」

「そういうことだな」


 お隣だからこそ、平日も気軽に会える。

 絶妙な立地だ。


「……んー。なにか、物足りませんね」


 と。

 加藤はそこで不満げに言う。


「なに?」


 俺も返事を返してみた。

 けれど、こちらを見ずに前だけを見る加藤は、何も言わずに歩を進めていた。


「なに? 何か買い忘れてたか?」

 

 思い当たるフシを聞いてみた。

 物足りないとは。


「いえ、そうじゃなくて」

「ならなんだよ」


 違うらしい。

 なら、買い物関係の不満ではないということ。

 と。

 

「いえ、なんでも。それより、せっかくの暗がりの帰り道なんですから、手ぐらい繫ぎたいですね」


 と。

 加藤はこちらを見ることなく、平坦にそう言った。

 当然のように、当たり前のように、彼女のように。

 そうして、続けて言う。


「ほら、奴隷の手が空いてますよ」

「……あー」


 なんだか、一瞬だけ断りたくなった。

 いや、悪い気持ではなく、ただの逆張りの精神だ。

 純粋に見てみたかった。

 こうも明らかなお誘いを、断った時の加藤の顔。


「……そこまで人間、やめてないけどな」


 呟いて。


「……ほら」


 俺は加藤の手を取った。

 考えてみれば、初めての手の触れ合いだった。


「……ん。なんだか、いい気持ちですね」加藤が言う。「先輩の手って、やっぱりきれいですよね。女の子みたいにきれいで、男の子みたいに力強いです」

「そうかね」


 加藤の手は暖かかった。 

 下乳を触った時より、なお。

 

「なんだか、順番がおかしい気がしますけどね」

「それをお前が言うか」


 三日目に乳のサイズを好きな男に測らせた女だ。

 感覚が違うのかもしれなかった。


「いえ、感覚は普通だと思いますよ」

「そうか?」

「前も言いましたけれど、女って、好きな男に対しては無防備ですから」

「そうかね」

「というか、無防備に見せたい生き物ですから」

「そうかね……」


 ならば、三日目に俺を家に招き風呂場に案内した加藤は、本当に俺のことが好きなのだろう。

 

「あのとき、襲ってくれてもよかったんですよ?」

「それはいつでもそうだったろ。お前の行動は」

「そうですけど、でも、なんのためにあのときシャワー浴び出したと思ってるんですか」

「はいはい。分かった分かった」

 

 いつものお誘いだ。軽く流して。

 言って、俺は加藤との手の握り方を変えた。

 いわゆる、恋人つなぎにした。

 加藤は訝しげな顔を作る。


「……なんですか。先輩、今日は積極的ですね」

「いや、そういう気分なんだよな」

「なんでですか?」

「お前が……」


 と、言いかけて、やっぱりやめた。

 お前が、だ。

 お前が、予想以上にかわいいから、だった。


「お前が、なんですか?」

「……いや、なんでもない」


 言えなかった。

 なんで言えなかったのか。

 なんで。 


「……まぁ、なんとなくだな。なんとなくに過ぎない。多分きっと、なんとなくだろ」

「なにか誤魔化してません?」

「なにも」


 露骨に誤魔化して、俺は加藤の手を握った。

 加藤はそれ以上は聞かず、俺の手を握り返した。

 並んで帰る。

 どうでもいい会話が続く。明日にはもう記憶に残ってないであろう、どうでもいい会話。

 けれど、おそらくもっとも幸せな会話。 

 はたから見れば、多分ちゃんと、彼氏と彼女だった。

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