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プロローグ

 自分の生きている意味、それを見つけた人は、今いったいどれぐらいいるのだろうか・・・


 忙しいながらも充実した日々、大変なことばかりでも頑張れるもの、辛く苦しいことがあっても努力することを辞めたくないと思えるもの、毎日を生きる理由、これらを世間では『生き甲斐』と呼ぶ。

 その生き甲斐を持って生きている人たちは、どのくらいいるのだろう。


 少なくとも、


「俺にはない」


 深くため息を吐き、俺はそう呟きながら車を走らせる。


 桜花裕斗(さくらばなゆうと)それが俺の名前だ。

 アニメや漫画のキャラのような名前だが、『桜花(さくらばな)』と言う名字は実在する。

 と言ってもその数は少なく、日本全国民中のおよそ60人程しか居ないという珍名なのだ。

 そのため学生時代はこの名前のせいで酷く目立ったが、逆に目立つ要素といえばそのくらいだった。


 あとは何もない、そう・・・なにもだ・・・


 交差点の信号が赤になったので止まった。


 待っている間、色々なことが頭をよぎる。

 今までの人生と、これからの事、考えるだけで頭が痛くなる。


 小学校、中学校、高校と苦労してきたものだ。


 何しろこの名字のせいでクラスでは良くも悪くも目立ってしまう。普段耳にしないような名字の為、常に周りからは浮いていた、加えて俺は大人しい性格だったことも相まって意地の悪いクラスメイト達にとっては格好の的だった。


 高校に入ってからそれがピークとなり、俺はいじめを受けたのである。

 以来、そのショックから俺は塞ぎ込むようになった。

 周りから孤立し、何に対しても自信を持てない暗い性格になってしまった。

 華やかな青春など、俺にとっては縁の無いものだった。


 高校卒業後、ゲーム関係の専門学校に進学した。

 単純にゲームが好きだと言う理由と、うちの高校は進学校だった為、進路未決定のまま卒業するのはまずいと思った事、そして何より俺には大学なんて無理だと思ったからだ。


 だがすぐに俺は、その選択を後悔することになった。

 ネットサーフィン程度にしかパソコンを使ったことがない俺に本格的なプログラミングの勉強は付いていくのは難しく、その為周りよりも覚えが悪く、成績もクラスでは下の下だった。


 プログラミング以外の授業の内容は、ほとんどが講師たちによるゲーム業界の汚い話と愚痴ばかりで、正直言うと、何の実りにもならないと呆れ果て、次第にやる気も失せていった。


 何よりきつかったのはグループ学習のある授業だった。ゲーム業界ではチームワークが重視されるため、グループで何かをする授業は定期的にあった。だが他人と接するのが苦手な俺にとっては苦痛以外の何物でもなく、自分から意見も主張もせず、だんまりを決め込むだけの俺はグループではいつでも役立たずの立ちんぼだった。


 そしてある日、授業でグループ課題の発表を任されたが、俺はその時取り返しのつかないミスを犯した。結果、俺は同じグループのメンバーたちに散々責め立てられ、クラスにも居ずらくなり精神を病んだ俺は、入学から一年足らずで専門学校を中退した。


 その後一年間、次の進路について考えることになったが人生で最大の挫折を味わった俺にとっては、将来に対して希望など抱けるはずもなかった。そしてとうとう痺れを切らした両親から半ば無理矢理に機械系の専門学校に入らされた。


 そこでも、もっぱら興味のない分野だったうえに、性格が死ぬほどクズな老害ジジイが担任教官となったために学校生活は決して楽しいものでは無く意欲は正直なかったが、今回ばかりは中退するわけにもいかず、親からも圧力をかけられていたため仕方なく通い続けるしかなかった。


 就活にも意欲が湧かず、一応何社か面接は受けたが結果は悉くダメだった。

 結局就活に失敗した俺は学年で唯一進路未決定のまま卒業を迎えることとなった。


 卒業後は半日アルバイトをして日銭を稼ぎ、残った時間は何をするでもなく家の中でただ淡々と時間を過ごすだけだ。


 完全に引きこもり同然である。

 外出もたまにしかしない。


 一応、在学中に世話になっていた市の就職支援センターにて求職活動することになったのだが、やる気は出ず卒業後は足を運ばばくなった。


 働きたくないとかそういう理由ではない。ただ、自分でもどうしていいか分からないのだ。

 動かなくちゃいけない、このままではいけないと頭ではわかっているのに、どうしようもない不安に駆られて動けなくなってしまう。


 そしてある日、とうとう就職支援センターから催促の電話がかかってきて、仕方なく今日出向くことになった。


「なるべく早く終わってほしいものだ」


 きっと色々と耳の痛い話をされるのだろう。


 学生と言う身分から離れた俺は、これからは自分の力で働いて金を稼いでいかなくてはならない。


 うちだって決して裕福なわけじゃない。


 労働は国民の義務だ、皆がしなければいけない当たり前のことなのだ。


 けどそれは、果たして俺の生き甲斐になってくれるのだろうか?


 そもそも俺は人生で何か一つでも自分で得られたものがあっただろうか?


 何の取り柄もなく、他人より勝る特技も才能もなく、これが自分だと言えるような個性すらない。


 この車だって俺が手に入れたものじゃない、俺の通学用と卒業後の通勤用にと両親が買ったものだ。


 俺自身が得たものは何一つない。


 何もない空っぽの器にに、他人の手に入れた物の残りかすをくっ付けただけに過ぎない。

 いつだってそうだ、俺は人生の大事な選択を間違え失敗ばかりしてきた。


 今回だってきっとそうだろう。


 漫画やアニメだと、人生の窮地に立たされた主人公は、ふとしたきっかけで大逆転を収め、幸せになる。


 俺にはそれはない。当たり前だ、俺は物語の主人公じゃないんだから。


 もう俺は人生を成功することなんて決しないのだ。


 もう俺は、生き甲斐なんてものを手に入れることなんてできないのだろう。


 ハァ―と大きくため息を吐いた。

 絶望しかなのいかと、今後の人生に落ち込むばかりだった。


「あっ、青だ・・・」


 信号が青になったのに気づき、車を発進させたそのときだった。


「うわ、あぶねっ!!」


 いきなり交差車線の左側の道路から、黒い車が直進してきた。

 咄嗟にハンドルを切ったが遅かった、黒い車は俺の車の助手席側のフロントドアに激突した。


「マジかよ、もー・・・」


 俺は焦った。

 免許を取って早2年経つが、接触事故など起こしたことがなかったからだ。


 この場合どっちの過失になるんだ?

 相手への対応とか警察とのやり取りとかどうすれば、修理費とかどうしよう・・・なんて、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。


 突然起こった事故で、走行中だった他の車や、たまたま居合わせていた歩行者達は大慌てだった。


 とりあえず俺は、サイドブレーキをかけてギアをパーキングに入れ、ハザードランプを点けた後に周りの安全を確認すると、車から降りて相手の車に駆け寄った。


「すいません、大丈夫ですか?」


 恐る恐る声をかけたが反応はない。

 相手は気付いていないのか、窓やドアを開けるそぶりすら見せない。


「あのー!!すいません、大丈夫ですか?」


 大声でもう一度声をかけた

 すると今度は相手も気付いたのか、車がバックし始めた。

 どうやら命に別状はないらしい、ホッとした俺は、相手が怒っていないのを祈るばかりだった。


 だがその時だった、黒い車は俺のいる方向へ向くと、俺めがけて急発進してきた。


 ドン!っ、と言う音とともに、俺は3メートルほど先へと突き飛ばされた。

 胸部から腰に掛けて鈍く重たい痛みが走る。


(何で?一体、どうして・・・)


 そう考えるのも束の間、次の瞬間、黒い車は猛スピードで俺の元へと突っ込んできた。

 避けようとする暇すら与えず、黒い車は俺を撥ねて、物凄いスピードで逃げていった。


「なんだよ、もう・・・」


 俺は向かいの横断歩道まで吹っ飛ばされた。

 全身あちこちが軋むように痛み、頭からは赤く熱い物が噴き出ているのを感じた。


 突然起こった凄惨な光景に、偶然居合わせた歩行者や、近くの店にいた客、運転していたドライバー達がぞろぞろと集まってきた。


(まずい・・・早く警察に・・・連絡しないと・・・)


 そう考え、俺は携帯を探したがどこにも無い。

 そうだ、携帯はカバンの中に入れっぱなしだったのを忘れていた。

 カバンは車の中だ、早く取りにいかないと、そう思い起き上がろうとした、全身に激痛が走った。


 嘘だろ、どうやら骨が何本か折れたみたいだ・・・

 這って歩こうにも手足に力が入らない・・・

 呼吸する度に体が痛い・・・


「グハッ・・・!」


 口から赤く生臭い物が吐き出された。

 どうやら内臓もいかれてしまったらしい。


(まずい・・・このままだと、本当に・・・誰か・・・)


 俺はすぐに人がいるほうへと向いた。


「ねえ、これヤバイよ!」

「マジか!こりゃひでー・・・」


 などと言いながら、皆スマートフォンを片手にざわついていた。


 時折カシャカシャと言う音や、ピピピと言う音が聞こえる、おそらくこの光景を写真や動画に撮っているのだろう。


 おいおい、見世物じゃねえんだぞ、誰でもいいから早く救急か警察に連絡しろよ。


「おい、警察には通報したのか?」

「いや、でもこれだけのことが起きてるなら誰か既に通報してるだろ」


 ああ、くそっ!!そういうことかよ、つまり誰も警察に通報してないのか。

 傍観者心理ってやつだ。これだけ人がいれば誰かがもう警察に通報してるだろうってみんな思ってる。


 畜生、だったらせめて応急処置とかしに来いよ・・・


「おいアレ放っておいていいのか!?酷いケガだぞ!!」

「お前、応急処置してやれよ!」

「無理だよ!!あんなひどい傷の手当の仕方なんて、教わってないんだから!!」


 ああそうか、学校や教習所で習う応急処置の仕方は相手が軽傷の場合のものだ。こんな酷い大けがを想定したものじゃない。


「おい!!救急車はまだ来ないのか!?」

「警察は何やってんだ!?」

「早くしないと死んじまうぞあの人!!」


 来るわけねえよ、呼んでねえんだからな・・・


 ああ、ダメだ・・・なんか急に寒くなってきた・・・

 視界が霞んで・・・意識が遠のいて・・・

 何か・・・凄く・・・眠い・・・











(あーあ、結局こんな終わり方なのかよ)


 何の取り柄もなく、何の生き甲斐もないつまらない人生

 その最後もまた、あっけなくつまらない

 もし、次があるなら、今度はもっと幸せで、生き甲斐のある人生を送りたいな

 次があればの話だけどな・・・




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