夏休み前のフェスト祭9
着替えて第二体育館に向かった。足は鉛のように重い。体育館には入ると、ローリーが卓球台の近くにいるのが見えた。心なしか誰かの視線が私に向いたような気がする。俯きつつ、無言のまま静かにローリーに近づいた。
「さぁ、練習やるか」
私が卓球台に到着と同時にローリーは言い始めた。練習?一人で?思わず眉間に皺がよった。
「なんだよ、その顔。一人だってレシーブ練習出来るだろ」
あぁ!レシーブ!合点がいった。
「ローザは見張ってないとすぐにサボるからな」
ローリーはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。なんて失礼な!
「真面目に練習してるもん」
私の読書の時間を返納して頑張ってるんだから!ムッとして膨れつらになった。
「ようやく調子出てきたじゃん。あんまり静かにしてるなよ」
思わず息を飲んでローリーを見つめた。
「痛みが引けたら練習するし。長くても一週間だ。だから大丈夫」
優しく諭すようにローリーは言った。私は大きく息を吐き出し言った。
「……ごめん、私、避けたつもりだったんだけど…」
言い訳と謝罪の言葉が並ぶ。またも顔が俯きつつあった。そしたらコツンと頭を小突かれる。唇をきつく閉じ、眉間に皺を寄せつつ上目遣いでローリーを見上げた。
「あれは俺も悪かったから」
ローリーのどこが悪いのだろう?私が考えこもうとしたと同時に、ローリーも考えこみはじめ「……そうだ。なら今度、俺のお願い聞いてくれよ」と言った。
「お願い?」
「そう」
「……ジャンプさせて小銭だせとか、名探偵シリーズの保管用の本を出せとかは聞けないけど」
なんせ保管用は全て初版で統一してある。これはもう買い戻せない。
「それカツアゲじゃん…そんなことするかよ」
違うのか。てっきりカツアゲ系の話かと思った。
「聞けるお願いなら?一つだけなら、まぁ」
「一つだけだ」
私は頷いた。ローリーの顔がとても明るくなった。これで謝罪は必要なしということか。お願いは気になるが、聞いても今はまだできないとだけ言われた。これで問題の一つは片付いた。あとはたまに突き刺さる視線に耐えるのみである。
私はレシーブの練習を開始した。たまにローリーからのアドバイスがはいり、途中で休憩が欲しいとタダをこねつつ、帰宅時間ギリギリまで練習した。最後はなかなか様になるようになった。
ぴったり事件から一週間後、ローリーは復活した。また先輩達と練習するべく第一体育館に向かった。その節は…と謝罪し、ダブルスの練習をしていく。2週間みっちり対戦練習をしたところ、大会前のくじ引きの日になった。ドキドキと胸は高まり、クジはローリーに行ってこいと言われたので、くじ引きをする教室に代表者だけ集まった。
部屋を見回したらアンソニー先輩を見つけ、近寄って、一回戦で当たらないと良いですねと話した。出来れば激弱と当たりますようにと何回も念じ、順番が回ってきてクジをひいた。
18チームある中、4番という数だった。1から4まではAブロック、5から8まではBブロック、9から12まではCブロック、13から18まではDブロックと分かれている。ブロックごと勝ち上がったチームが、4チーム総当たり戦の決勝となるらしい。アンソニー先輩に数を聞いたら13と言われた。私はよかったと安堵した。練習では散々負けているからである。
「3番の人って分かりますか?」
私は先輩に尋ねた。名前が表に書いてあるが、学年と寮が違うためか、どこの寮で何年生かわからない。
「イエロー寮の6年だな」
「6年…」
4年の私より年上か。あとは経験者じゃないといいなと思った。
「練習を見かけた時うまかった」
先輩の言葉にヘラっと笑ってしまった。ローリーごめん、くじ運ないみたい。
✩✩✩
今日は夏休み前のスクールの一番の催しフェスト祭の日である。雲一つない快晴で、風は微風だ。
今日試合する屋外のスポーツは最高のコンディションだろう。難点は降り注ぐ太陽熱にやられないよう、小まめに水分を取ることだけだろうか。
「そろそろ行こうか」
父の言葉で、団欒室でくつろいでいた私達は座っていた椅子から立ち上がり、準備を開始した。父はハンチング帽を被り、濃い目のベージュのカジュアルなスーツを着こなしている。今日の私の卓球を見に来るため、一昨日からタウンハウスで生活していた。
母は大きい花がついているオーガンジー帽子を被り、明るいベージュのワンピースを着こなしていた。姉はモスグリーンのワンピース、兄は紺色のカジュアルスーツを着ていた。もちろん二人とも帽子を被っている。
私は胸が高鳴った。いつもなら既に飾られている作品を家族で見に行って、外食し帰宅するという流れで終わるが、今日はみんなの前で試合をするのだ。やはり欠席したいという本音を隠し、ゾロゾロと部屋から出て行く家族に続いた。
「それで?今日はどうなのよ」
姉は私の方を振り向いて尋ねた。
「どうとは…?」
「勝てるのかっていう話よ」
勝てるのか…。いい勝負はできると思いたい。あんなに練習したんだし。
「別に勝てなくたっていいじゃないか」
私の返答の前に兄の声が挟む。
「毎日帰りが遅くなるまで練習してるんだぞ。あのローザが読書しないで寝てるんだ。一週間前なんて寝ながら夕飯食べてた」
「あんた、寝ながらご飯食べれるの!」
それはすごい!一芸よ!と姉から褒められる。
全く嬉しくない。というか私の意思で寝ながら食べてない。疲れきって食べている途中でうたた寝をしてしまったら、いつの間にか兄が横にやってきて、私の口にご飯を突っ込んできたんだ。口に物が入ってきた条件反射で、私の意思に関係なく口が咀嚼し飲み込んだだけで、寝ながら食べたかったわけでは断じてない。
「ローザは凄いよ」と兄はニマニマと笑いながら私を褒めちぎり、姉は「今度一芸見せてよ」と盛り上がっている。私が猛烈に不機嫌になったのは語るまでもない。
いつものスクールとは違い、到着までかなりの時間を要した。全校生徒の家族が見に来ているため、車でスクールの近くに寄ることすら難儀したためだ。
スクールに通う学生とその家族しか関係ない催しなのに、スクールに行くまでの通り道には出店が並んでいる。行事に関係ない人達も祭の波に乗ろうと、大きな声を張り上げながら商売に勤しんでいる。
スクールに着くないなや私は家族と別れた。理由は二つ。一つは卓球試合のための着替えとウォーミングアップのため、もう一つは姉と兄と一緒に居たくなかったためだ。一緒にいてもバカにされるだけだ。
「あれ?案内してくれないのー?」
母には呼び止められたが、断固拒否を貫いた。
「みんなスクールの卒業生でしょ。準備あるんだからもう行くわ」
「あらら、残念。振られちゃった」
なんて言う母の声が聞こえたが、振り返らず寮へと急いだ。
寮の談話室には人がごった返ししていて、各々スポーツ服に着替えていた。談話室に入った瞬間、アビーが私を呼んだ。
「きたきた!ローザこっち!今から寮の優勝を願って、円陣するらしいよ」
アビーの周りにはローリーもザークも着替えた状態だった。
「みんなの殺気がすごいわ」とアビー。
「私、円陣待ってから着替えたほうがいいよね?」
「その方がいいと思う。クリケットがすぐに始まるから、その前に円陣するらしいよ」とザーク。
だんだん談話室の中央に人が集まり、学年関係なく円に並び始めた。
私はアビーとザークの真ん中に陣取った。ザークが笑いながらローリーに何かを言ってる。周りがうるさく話し声は全く聞こえない。
「アビー、もう帽子飾ってある?」
アビーに今日の予定を確認をするために聞いた。
「もちろん!見に来てね!私も応援しに行くから」
「試合終わったらすぐ見に行く!」
そしたらみんなが円の中央に向けて手を差し出したので、私も右手を差し出した。鼓動は最高潮に高鳴った。
「まずは、今日までみんな遅くまでよく頑張った。俺はフェスト祭に向けてのみんなの頑張りを近くで見てきた。どの学年もそれぞれに成功に向けて輝いていた。最高学年のみんなは悔いがないように、そして後輩達は今日までの練習の成果を存分に発揮してほしい」
寮の最高学年の監督生の声が談話室に響く。
「それではいいか?優勝の栄光は私達グリーン寮だ!行くぞ!」
「オーーーーー!」
掛け声とともに、手を上に上げた。期待と不安を心に抱え、まずアビーをみて、ザークを見て、最後にローリーを見て、私はみんなに弾けるような笑顔を見せた。今日は精一杯頑張ろう!