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ローリーと私8

 ううと言う唸り声がローリーから聞こえた。

「……ごめん、ローリーごめんなさい…ごめん…」

 動揺して半狂乱に近い私は、独り言のようにごめんと繰り返した。ローリーは腕が痛いのが左手で右腕を掴んでいる。私は素早くローリーの上から移動して、両腕で抱き起こした。

「先生呼んでくる」

 というアンソニー先輩の言葉が遠くから聞こえてきた。「大丈夫?」「何か冷やすものを」という声も遠くから聞こえてくるような気もする。

 ローリーに当たらないように避けたはずなのにという想いと、腕が治らなかったどうしようという想いが綯い交ぜになっていく。


「ごめんね…ごめん……」

 ポツリポツリとしか言葉が出てこない。


「……そんなに謝んな。大丈夫だ」


 瞑っていたはずの目は開かれ、ローリーは私の方を向いていた。唇を噛み締め、眉間に力を込め、安堵したため出てきた雫を見せたくなくて、ローリーの頭に覆いかぶさった。


「あ、おい…!」

 と、ローリーは慌てて言ったが、私の雫に気づいたのか大人しくなり、右腕を掴んでいた左手をはずし、私の頭の上に置いた。私が顔を上げるまで何回も撫で続けた。

 しばらくすると足音がいくつか近づいてきて、私とローリーは引き離され、ローリーは保健室に連れて行かれた。呆然とその光景を眺めていた。

 

 

 ✩✩✩

 

 

 ポロッとフォークで刺した一口サイズの魚のムニエルが皿の上に落ちた。場所はタウンハウス。ダイニングテーブルで夕食の真っ只中である。


「おい、ローザどうした」

 兄は訝し目に私を見てくる。兄に一瞥をくれた後ため息をついた。


「え……?」

 いつもの雰囲気と違う私に何かを悟ったのか、周りを見渡し、アンを呼び寄せた。アンはゆっくりとした足取りで兄に近づき、小声で耳打ちしている。


「なんだ。そんなに落ち込むなって。軽傷ですんだらしいじゃないか」

 兄の慰めも私の心には全く響かず、どんよりとした雰囲気は部屋の空気を重くさせていった。


「スクール時代、俺だって失敗ばかりだったぞ。あの時はソニーちゃんと仲良くなりたくて、さりげなくハンカチを廊下に落とすか悩んだもんだ。さりげなくっていうのが難しくてな。散々廊下でハンカチを落とす練習をした。時が満ちた時、ソニーちゃんが来る前にさりげなくハンカチを落として心待ちしていたら、ソニーちゃんは俺の目の前でハンカチを踏んで通り過ぎ去ったんだ。俺の淡い恋心は粉々さ」

「まだまだあるぞ」という言葉を皮切りに次次と出てくる兄の失敗談。主に兄の淡い恋心は実らないという話が続く。


「どうだ!面白かっただろう!」

 いくつかのエピソードを強制的に聞かされ、肩で息している兄は私が笑うことを期待していたらしい。気持ちは嬉しいが、何かが違う。

 兄に顔を向け、左右に顔をふり、ガチャリとカトラリーをテーブルに置きナプキンで口を拭い、部屋を後にした。


「重症だな…」

 という兄の声が聞こえたような気がした。

  

 私は部屋に戻りベッドに突っ伏した。

「アン。明日スクールに行きたくない…」

「……左様でございますか」

 アンは私の取り散らかした部屋を片付けていた。

「休みますか?」

「休んだらどうなると思う?」

「そうですねえ。ローリー様はお気になさるでしょうね」

「だよねえ」

 これでもかと大きく息を吸い、盛大に吐き出す。このまま私の気まずさも無くなってしまえばいいのに。

 時間が経つと冷静に考えれるもので、自分のしでかした行動を思い出して恥ずかしさにのたうちまわった。

 なんでローリーに覆いかぶさったんだろう?

 みんなが体育館で練習している所で、やる行動ではなかった。あの後、我に返ったら注目の的で、突き刺さる視線に体が硬直した。恥ずかしさあまり顔が火照り、思わず体育館から逃げるように抜け出した。

 行きたくない…。噂は駆け巡り、みんなにジロジロと見られるかもしれない。ローリーにどんな顔して会えばいいのかもわからない。ローリーとは彼氏彼女の間柄でもないし、さぞや迷惑に思っただろう。


 …そうだった!迷惑だ!考えもしなかった。ローリーに反省の心を持ってもう一度謝罪して、そして家に帰ろう…。明日からの方針を決めた。これは私にとって道を照らす光だ。


「アン!」

 アンが振り向いたところに、ベッドの上にあったクッションをアンに向けて軽く投げた。アンはクッションを受け止め、不思議そうな表情をしている。


「やっぱり行ってくる!で、途中で具合が悪くなるはずだから連絡がきたら迎えに来て」

 不思議そうにしてた顔から、苦笑した顔にかわり「わかりました」というアンの返事に私は満足した。アビーには朝一番に話そう。誰かから伝わるより自分から話といておきたい。



 ✩✩✩



 朝一番。私はスクールの登校時間を今までの最高新記録を遥かに抜いて到着した。寮の談話室の隅っこの方でソワソワしながらアビーを待つ。


 アビー早く来てー!

 登校してくる生徒たちから「ローザおはよう」と言う言葉におはよう、おはようと朝から繰り返し挨拶を返した。何人挨拶を返しただろう。遂に待ち望んでいたアビーが登校してきた。

 アビー!と心の中で叫びながら無言で駆け寄った。そしてアビーも私の方に気がついた。


「あれ?ローザ今日はえらく早いね。おはよう」

「お、おはよう」

 アビーの袖を引っ張り、部屋の隅っこの方に誘導する。

「どうかしたの?荷物置きに行きたいんだけど」

 困惑した表情でアビーは私に言った。

「アビー、実は報告と相談したいことがあるの」

「?」

 アビーの面持ちを見る限り、昨日の私の失態はまだ伝わってないらしい。セーフ。あのね…と話し出したところで声が聞こえた。


「……よぉ」

 聞き覚えがある声。まるで身体中に雷が打たれたように身体は硬直し、そして震えた。まさか…!

 アビーに向けていた視線を恐る恐る声の方に向けると、ローリーが立っていた。左手でカバンを抱きかかえている。登校してきたらしい。

「おはよう。ローリーも今日は早いじゃん」と、アビー。

「俺だって早く来る時はあるさ」

 心外だと言いたい口振りだった。

「ふぅん。今日抜き打ちテストでもありそう。それとも槍でも降るのかな」

「その青天の霹靂みたいな言い方するのやめろよ」

「だって、ローザだって早く来てるんだよ。態度もおかしいし」

 だよねぇ?と同意を求めるようにアビーが私の方に振り向いた。私はローリーを目の前にして、頭が白くなり顔を下に向けた。ローリーの顔が見れない。硬直していた私とは違い、ローリーは多分私に向かって「……俺、腕平気だから」と言い、カバンを置くため奥の部屋に向かって行った。

 そして、残された二人でしばしの沈黙の後「…………何かあったの?」と、アビーに聞かれた。


 私はやっと昨日の経緯をアビーに話した。アビーは話を聞き終えると「あー」と言いながら顔を上にあげた。そして私の方を向いて「腕、平気だって言ってたし、気にしすぎないほうがいいよ。多分、その方がローリーのためにもなる」とも言った。

 自意識過剰ということだろうか。また考えこんでしまった。

「進展するのかなあ」

 という、アビーの小声は聞こえなかった。


 スクールの授業はつつがなく終わり、早くも帰宅時間になった。たまに周りのヒソヒソ声が聞こえたような気もしたが、今日はアビーが常に私と一緒に居てくれたため、心は安定を保てた。今は寮に戻る途中である。


 いつもならこれで着替えて練習に行くのだけれど…今日はどうしよう。あぁ、これなら朝に会った時に、どうするか聞けばよかった。後悔はじわじわと私の心の安定を破壊していく。

 練習しないと思うけど、やっぱり聞きに行かなきゃダメだよね…


 嘆息し、自分を奮い立たせ談話室に乗り込んだ。アビーとは授業が終わるないなや別れている。帽子作りが難航しているらしい。

 

 だが談話室に入った瞬間、私のダメな所がでてきた。このまましらばっくれようかと閃いてしまったのだ。私は幼少期から困難に突入すると逃げる癖がある。

 そうだ。そうだよ!だって腕を怪我してるし、練習なんて出来るわけないじゃん。後で何か言われても、怪我してるんだから練習しないと思ったと言えばいいんだ。考えたら当たり前のことのように思い、気分が上昇した。 

 だが、私の都合のいい妄想は呆気なく幕を閉じた。

「今日は第二体育館だからな」

 談話室で待ち構えていたであろうローリーに言われたためだった。

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