姉へのお願いと卓球練習7
「スタイルがいい体と体力と得たい?」
机に向かって何かを書いていた姉は首を捻らせ、顔だけ私の方を向いた。そして、呆れ顔の姉は嘆息をついた。私は姉好みの菓子折りを持って、姉の部屋でお願いしている最中である。
ねぇ、アン、これ失敗じゃない?
「あのねえ、体力も体も一朝一夕にはできないのよ。アホじゃないの」眉間に皺を寄せながら言われた。
「そりゃ直ぐには出来ないのはわかるけど、今まで体を動かしてなかったから、スクールで卓球やっても体がうまく動かないの。簡単な運動で体が動けるようにアドバイスない?」
「ない」
返答が早い。キッパリすぎる。
「夏休み前のフェスト祭だよ。みんな見に来るじゃん。私が情けない姿を見せてもいいの?」
「そんな台詞で私の心が揺らぐと思う?」
ガァン。うん、ダメだ。アドバイスはなし。
「だいたいなんで卓球でスタイルがいい体が欲しいのよ。どうせアンに何か言われたんでしょ。体力はあったほうがいいのは道理だけど、どちらかというとボールのコントロールを鍛えたほうがいいんじゃないの?」
コントロール…。言い得て妙である。そういえば、最近アンが太ったとか言ってたな。あれ?私は担がれた?
「アンね……後でローザで遊ぶなって言っときゃなきゃ」
ジッと私の顔をみていた姉は、最後の方は小声で言い、そして目が光ってような気がした。
「あんた毎日スクワットする気があるの?」
私は首を振った。スクワットって膝を屈伸させるやつでしょ?うん、無理でしょう。もっと簡単のやつがいい。
「なら諦めて愚直にコントロールの練習しなさい。あと一ヶ月強でしょ。体力なんて後からついてくるわ。後はローザにできそうなのと言えば、そうね。お腹に力をいれて息を吐くの。そしてお腹に力を込めた状態で1分。1分を5回。とりあえず、それだけやりなさい」
お腹に力を入れるだけ。ならできる。でも体力と関係あるの?出来そうだけど、出来た先に何があるのかわからない。私をジッと見つめていた姉は「私に聞きにきたんでしょ。卓球とは直接関係なくても体がマシになるわ」と言った。
姉はアドバイスは終わったとばかりに、机に向き直した。菓子折はそこのキャビネットの上に置いといてと指差して。
菓子折をキャビネットの上に置いていたら、姉からグヌヌと呻き声が聞こえてきた。何か面白そうなことでもしてるのかなと興味を見出した私は、そっと姉の背後に周り、机の上を覗き込んだ。うす黄色のシンプルなレターセットとインクが置いてある。前髪をかきあげながら真剣な表情で手紙を書いていた。運動をしている姿は何回も見かけたことはあったけど、手紙を書いているのは初めてみた姿だった。
「珍しいね。手紙書いてるなんて」
思わず姉にちょっかいを出したくなった。
「はぁ?」
姉は不機嫌を隠そうともしない。顔を上げて私の方に振り向いた。
「誰に書いてるの?」
「………私が今日手紙を書いてるって言ったらフレデリック様しかいないでしょ。頻繁には会えないのだから、今日のお礼ぐらい手紙書くわよ。言っとくけど、運動しかしてない姉さんが手紙書いてるなんて、珍しいとか思ってないでしょね?」
目を細めながら、的確に私の思惑を読んでいく。姉はエスパーなのか?眉間に皺を寄せ、たじろいてしまった。しばらく続く沈黙の時間。
「気が散るから早く出てって」
姉に完敗である。静かに部屋を後にした。
✩✩✩
場所は第二体育館。卓球の台の前に立ち、ローリーと私は打ち合いをしている。試合まであと一ヶ月と言ったところ。只今、6月半ばである。
「ほら、腰おとせ。いくぞ」
ローリーの声と共に、私に向かってくる低く、短い球。あぁあ!打ち返せない!球はうち返そうとしたラケットにかすりもしないで、私を追い越し転がっていく。
「最初のサーブくらい返してくれよ…」
ラケットを表、裏とクルクル回しながら声が聞こえてくる。私は球を取りに走って行った。球を持って帰ってくるとローリーに聞かれた。
「練習したか?」
「したよ。休日ミッチリとアンを相手に練習たんだから」
カントリーホーム内で探してきた適当な机を使い、アンと一緒に練習した。
だんだん楽しくなってきて、仕事中のフットマンとメイドまで加わって、使用人と私で楽しんでしまった。ラケットは2つしか持ってこなかったから、キッチンからフライ返しやフライパンまで借りてきて、トーナメントにまで発展しちゃった。勝者は私が父のワイナリーからワインを1本くすねてくるという話にまでなり、超盛り上がった。思い出してグフフと微笑む。
「ふうん、じゃあまあ、このままラリーの練習したら、先輩達と試合しよう」
「あれ?試合するの?」
このままではダメなのか。
「本番までこうしてラリーばかりしてる訳にはいかないだろ。声はかけてあるから、体が温まったら第一体育館に移動しよう」
ほう、ローリーは既に試合を見据えて練習しているらしい。知らぬのは私ばかりなり。カンカンと響く打ち合いの音を体育館に響かせながら、ラリーを続けた。そしてしばしラリーの練習をした後二人で第一体育館に移動した。
「先輩、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ローリーの言葉に続いて挨拶し、頭を軽く下げた。第一体育館で練習していた2つ上の先輩達は昔からやっていたらしく卓球経験者である。
「よろしく〜」
返事をしたのが女性のリーナ先輩、軽く会釈したのが男性はアンソニー先輩である。
同じグリーン寮の先輩なので、気心しれた先輩達だ。第一体育館は第二体育館より賑やかだった。すでに他の寮は同じ寮同士で対戦練習している人たちもいるらしく、球の打ち合いの音と叫び声が聞こえてくる。
第一体育館は他の競技運動している人達もたくさんいてストレッチやら走り込みの運動をしている人も見える。
7月にある卓球試合はトーナメント方式なのだが、学年関係なく混ぜこぜで試合が決められる。卓球は新興スポーツで、今年初開催ということもあり、学年関係なく勝負することになったらしい。
「ダブルスは交互に打つから、自分がすぐ打てるように体を動かしていようね」と、リーナ先輩。
卓球は想像以上のハードスポーツだった。
「シングルスでうまくいかなくても、ダブルスだと上手に出来る子もいるから頑張ろう!」
温かい言葉に嬉しくなる。自然と笑みもこぼれた。先輩優しい。優しい人は大好きだ。
そしたらコツンと頭を叩かれローリーが「俺がいくぞ」とだけ言い、先輩達の方に歩いて行った。
何するんだ?あ、ジャンケンで最初のサーブ権を決めるのか。……ありゃ、負けた。リーナ先輩が最初のサーブらしい。
定位置につき、最初のレシーブはローリーからということで(特にこだわりがないからほぼローリーの言いなり)ちょっとホッとする。最初から空振りしたくないしね。ローリーからの指令はミスなく打ち返す。うん、簡単なようで難しいやつだ!
ドキドキと胸を高鳴らせながら構えの姿勢になった。リーナ先輩が微笑んだ瞬間、サーブされた球が対角線上のコートに打ち込まれる。ローリーはストレートに球を返し、次はアンソニー先輩だ。先輩は対角線上に球を放つ。次は私だ!
ミスなく打ち返す、ミスなく打ち返す。どこでもいいから打ち返す。心の中で何度も念じる。そしたら何回も念じてたからか、偶然なのかわからないけど、ストレートに打ち返せれた。やった!
喜び束の間、リーナ先輩は苦もなく私の打った球を打ち返した。次はローリーだ。
なのに、理解しているはずだったのに、何故か私の体は条件反射とばかりに体が球のほうに動いてしまった。あ、マズイ。
足はもつれグラッと体が斜めに傾く。倒れるときは、不思議なものでスローモーションで外の景色が瞳に映り、ローリーにだけには当たらないようにと体を捻った。ガタタタッと大きな音を立て、視界が反転し、次にしっかりと目を開いたら私は天井を向いて倒れていた。柔らかい感触が私の腕を伝う。
「うそっ」
まさかと顔は青ざめ、振り返ると私の下でローリーが倒れていた。