混合ダブルスの練習5
卓球台にネットを二人で貼りながら、とりあえずラリーの練習をしようという話になって、私達は持ち場についた。カツンカツンと音が響きだし、ラリーの練習が始まる。10回程度なら少しの練習で出来るようになっていたが20回超えたあたりから途端に難しくなった。ローリーはスポーツが得意らしく器用になんでもこなしていく。つまり、足を引っ張るのは私なのである。
「なんで…なんでなの…!!」
なんでローリーにできて私には出来ないの!悔しさにラケットを握りしめる。
「強くスマッシュ決めたら勝てるって思い込んで、基礎練習を疎かにするからだろ」
ぐうの音も出ない正論に何も言い返せない。
「下手くそなんだから休みの日も練習しとけって言ってたじゃん」
とどめを刺すごとく心に突き刺さる言葉の刃。キッと睨み付けながら言った。
「今週は姉さんのための顔合わせパーティーで時間取れなかったの。姉さんの身だしなみを整えるために私まで狩り出されたんだから。部屋中服が散々してるのよ。挙句に母さんまでこの服どっちがいいとか聞いてくるし…」
こんなとき男性は役に立たない。父は「どっちも素敵だよ」と母に言っていたが、納得できなかったのか私達のいる部屋までやってきたのだ。思い出しても大変な日だった。
私が遠くを眺めていたら、目を見張ったローリーは「ラチェカさん婚約したの?」と言い始めた。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「さあ、覚えないな」
あれー?家族の事をよく話す私が話していないとは。ローリーに言ってないとすると、他の二人にも言ってないと思い、後で報告しなければと心に決めた。
「それで、大成功のうちに幕を閉じたのか?相手は誰なんだ?」
興味があるのかローリーが矢継ぎ早に聞いてくる。
「相手はクラヴィス伯爵ところのフレデリック少尉だよ。すっごくかっこよかった。優しそうだし、私も結婚相手があんな方だといいなって思うわ」
私達の国は男尊女卑の国だ。女性貴族が働きに出ることはまずない。大抵の良家の子女は家に入り、主人の帰りを待つという、女は家庭を大事にしてね!という風潮である。故に、家庭を大事にしてくれる男性がいいのだ。優しいというのは女性目線から言えば大事なポイントなのである。
「……へぇ…そんなによかったんだ…」
「素敵だった。と、言っても10歳も上だしね」
歳が離れていると話したい内容も違いそうだ。
「あ!そうだよな!結婚するなら年は近い方がいいよな!」
先ほどからローリーの表情がおかしい。暗くなったかと思ったすぐに明るくなる。
そうだ。10歳も上なのだ。だけれども、会話が弾まなかった記憶はない。むしろ、名探偵の本のことも知ってたし、私が抜け出してサボっていたのも不快になっていたわけでもないし。温室の話も楽しそうに聞いてくれていた。退屈なんてしてなかった。むしろ…
むしろなんだろう?途中で考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。考えた先に私の幸せはないのだ。
「なぁ、ローザ。あのさ、優しくて位が釣り合う男性が結婚申し込んだら話受けるか?」
「んー、受けるんじゃない?」
父さんも母さんも私の意見を尊重はしてくれるが、最終決定権は子爵当主にあるのだ。結局私の意見などどこまで聞いてもらえるのか予想だにしない。姉さんの様子を見る限り、結婚相手を見つけるのは苦労しそうだ。学生のうちに婚約できるならそれもありかなと思う。
「そうか、受けるのか…」
ローリーはラケットを持ったまま、考えこみ始めてきた。長丁場になりそうだ。
ローリーの長考を横目に、休憩するかと卓球台にラケットを乗せ、壁に寄りかかった。結婚の話は男女ともよく話題にのぼるので考えていないわけではない。
出来れば優しくて甲斐性があって、お金持ちがいいな。あ、でも公爵とかは嫌だな。貴族の中でも桁違いのお金持ちだもん。屋敷も広く、庭は広大。使用人も数えられないほどいるらしい。前に乗馬で一緒になった公爵令嬢が、使用人全員なんて覚えてられないって言ってた。別荘も幾つも持ってるし、長期休みは豪華クルーズに行くとも豪語してたし、住む世界が違う。一度誘われて屋敷にお邪魔させてもらったときは、あまりの違いにビックリしてしまった。ズラズラッと並ぶ使用人。出てくるアフタヌーンティーのお菓子の数々。最高級の茶葉と最高級の真っ白い茶器。落として割ったら死ねる!と思ってカタカタとカップを待つ手が震えた。アビーも一緒に遊びに行ったが、同じ事を思っていたのかカップの持つ手が震えていた。位は合っていた方がいいと思った瞬間だった。
そういや、ローリーも子爵だった。昔から一緒にいると結婚相手にとは考えないものだ。
「ローリー、そういえばなんで卓球に出ることにしたの?毎年フットボールにザークと出てたじゃん」
ふと疑問を思い出し、聞いてみることにした。
「ローリーがいればなって呟いてたよ」
優勝候補に入ってるのだ。運動能力あるローリーがいれば心強いだろう。長年一緒にやっているだけ息もあってる。長考から解き放たれたローリーはこちらを向いた。
「それは………。今年から始まった卓球だから参加してみたくなっただけだよ」
そんな理由なのか。案外初物に弱いんだなと「へぇ、そんなんだ」と言い顔を下に向けた。私の姿がローリーにどう映っていたのかは考えもしなかった。
✩✩✩
「アン!お願い!肩揉んで!」
夕食を食べ終え、ベッドに横になり、顔を枕に突っ伏しながら叫んだ。卓球の練習は帰宅時間ギリギリまで行った。インドア派の私にはスパルタすぎる。練習し始めるとキリのいい終わりが見いだせなかったのだ。「アララ…」と言いながら明日のスクールの準備をしていたアンがやってきて肩を揉んでくれた。
「お嬢様。ラチェカ様を見習って少しは運動なされては?」
「格闘技は運動なの…?」
そんなこと初めて聞いたよ。
「スタイルがいい体は素敵ではありませんか?それに格闘技を習うのではなく、引き締まる体と体力を得たいと相談すれば、いい方法を教えてもらえるのではないでしょうか?」
アンの言葉が鬼気迫る言い回しに聞こえてきた。
「姉さんが素直に教えてくれると思う?」
なんせ私にマウンティングするのが好きな姉だ。素直に教えてくれると思えない。
「お願いする姿勢によりますね。最近流行りのお菓子などを手土産に持って、お願いしてみるのもいいかもしれませんよ。好みは存じておりますので」
さすがアン。さすがアン!(大事だから2回言う)私はアンの発言でこれはいける!と思いこんでしまった。
「次行く時、頼んでみるね。帰る前にお菓子買っといてくれる?」
「承知しました」
背中から聞こえるアンの言葉に安堵した。
私は学生なので長期休みにならない限り、ほぼカントリーホームにはいかない。兄も同様に基本はタウンハウスで生活している。
対して、当主の父は地代や株で儲けてるので、ほぼカントリーホームのほうで生活している。社交シーズンのときに少しタウンハウスにやってくるが、インコの世話をしたくてすぐ戻りたがる。母は自由人で、どちらも好きに行き来している。姉は学生ではないので、タウンハウスに来ることはなさそうだ。さて、2ヶ月は帰る気がなかったので、これは予定を組み直さねばと思い始めた。