グリーン寮談話室にて4
「それで?こってりお母様とお姉様に怒られたの?」
「したよ、したした。丸1時間やったんだから」
寮の談話室で友人のアビーの笑い声が響いた。ここは私の所属しているグリーン寮の談話室である。ロールドスクールは3つの寮がある。レッド、グリーン、イエロー寮である。入学したてのときにランダムに分かれ、卒業までずっと所属している。
スクールは基本勉学する教室しかないので、更衣室や荷物置き場は寮にある。談話室の南側は暖炉と格子状の窓があり、東側には綺麗に装飾が施された木扉がある。学校と繋がっている出入り口だ。北側の壁には歴代寮の卒業生の絵画が天井近くまでところ狭しと飾られて、西側に一つ簡素なドアがある。学生の荷物を置く場所や更衣室に繋がっている。
談話室の部屋の真ん中には簡素な長机があり、机を囲うように椅子が置いてある。昔は寄宿舎として使われていたらしいが、今は通学で統一されており、建物は減築されたらしい。
長椅子に座って前屈みになりながら頬杖をついて答えた。思い出して寒気がする。二人ともここぞとばかりに私で鬱憤を晴らすのはやめてほしい。主役を案内してたんだからいいじゃないの!
頬を膨らませている私を見たアビーは「ローザはサンドバッグになる運命なんだよ」と言った。そんなもんなりたくない。
アビーは私がちょうど14歳になったときに入学してきた友達で、肌は少し黒く、髪も瞳も真っ黒い。南の方の海域で、海賊の取り締まりを行なっていたバララドの海軍将校が、海賊に囚われていた女性を助けたことがアビーの父母の出会いだったらしい。二人は恋に落ちて実を結び、その実がアビーなんだとか。少女小説みたいな展開だ!と聞いた時興奮しちゃった。カタコトだった言葉も1年たったら流暢に話せるようになり、今や私の親友でもある。
「それで話変わるけど、卓球の練習した?そろそろ本腰いれて練習しないとヤバいんじゃない?練習する時間だって、テストもあるから中々取れないでしょ」
「うう…」
私のフェスト祭の催しは寮対抗の卓球である。姉の婚約のことで頭いっぱいにするわけにはいかない。
我がロールドスクールは夏休み前に学業やスポーツを発表するフェスト祭という催しがある。これは学生の勇姿を見るため、ロールドスクールに通っている学生の父母、兄弟、祖父母、はたまた親戚まで集まって見に来るという一大イベントである。
一人一つは参加義務があり、女性は絵画、刺繍、詩、工作、演劇などの室内の催しに参加することが多い。反対に男性は寮対抗のサッカー、クリケット、テニス、ラグビー、乗馬などスポーツ系が多いのである。しかし今年から男女混合のスポーツ・卓球が開催することになり、私は参加を決意した。インドア派なのにである。一昨年は詩を選択。文才がてんでなく、見に来た姉と兄に爆笑された。昨年は刺繍を選択。国花の薔薇を描いたのに「何の刺繍したの?」と母に真顔で聞かれ、また姉と兄は大爆笑された。今年は笑われる可能性のあるものに参加することを止めることにした。真面目にスポーツしている人を笑うことはあるまい!
「アビーは何に出るの?」
ひとしきり考えを巡らせた後、アビーが出す催しが気になった。
「私は裁縫クラブに入ってるから、今年は帽子作ってるよ」
「いいなあ。私が逆立ちしたってできないやつだ」
「そんなことないよ 。最初のころは私だって散々だったし。小さい頃からやってきてたから、今出来るわけ。今年は極楽鳥の羽が手に入ったから鳥をモチーフにした帽子作るわ」
極楽鳥の羽とは!人気のある羽ではないか。想像して目を輝かせた。
「素敵!絶対見に行く!」
「ありがとう。期待してて」フフと不敵にアビーは微笑んだ。
「前に家族で植物園観に行った時に、大きな鳥の羽根をつけた帽子をかぶっている人見かけたの。最近の流行りみたいだね」
「そうなの!私も流行りをいくわ!」
よほど自信があるのかドヤ顔でアビーは胸を張った。これはよほどの傑作を作るのだろうと想像し笑ってしまった。
「何事も小さいことの積み重ねというものだよね?アビー君」
目を閉じて、顎に親指と人差し指を開いて添えた。かっこよく見えるかなと思いながら。
「何その仕草…」
アビーの白けた目に包まれながら、私は実際家に立ち返った。友人との語らいは、いつの時も時間があっという間に去っていく。
「ねえ、ローリー遅くない?」
「確かに遅いね。授業押してるのかな」
ローリーは同学年の男子生徒で、私のダブルスペアでもある。もちろん同じグリーン寮所属だ。
これは待たずに移動して、卓球に参加する学生に混ざって練習するかなと考えてたら、遠くから足音が近づいてきた。私のダブルス相方ことローリーである。
「わりぃ、授業おした」
肩で息をしながらやってきた。茶髪にエメラルドグリーン色の瞳をしているローリーは身長170センチぐらいで、まだまだ伸びそうでもある。
「遅いぞ、ローリー」
アビーはニヤリと口の端を上にあげて言った。
「女性を待たすとは。素敵なジェントルマンになれないな」
「授業おしたって言ってるじゃん…」
息を整えつつ「不可抗力だっつーの」と文句言いながらアビーと会話し始めた。
「やあ、ローザ。こんにちは」
ローリーの後ろからひょっこりと顔を出したのは同じ学年でローリーの友人かつ、私とアビーの友人でもあるバークだった。バークも同学年、グリーン寮所属である。
「こんにちは、バーク。今からフットボール?」
「そう、着替えてから広場で集合なんだ」
バークは赤毛に茶色の瞳の持ち主で、背丈もローリーと同じの男子生徒だ。
「フットボール、今年はグリーン寮が優勝できるって噂されてるよ。観客相当多いんじゃない?」
「光栄だね。女性に見られるなら優勝してみせるよ」
バークらしい答えに思わず綻ぶ。
「さすがバーク。台詞にブレがないわ」
「いかなる時も、儚い女性を第一に考える紳士になるよう育てられてきたからね」
「バークのお嫁さんになる女性は幸せだね〜」
「ローザなら大歓迎だけど?」
こう言われて嬉しい気待ちにならないわけがないが、冗談を真に受けるわけにはいかない。
「それじゃお願いしようかな」と、したり顔で冗談の言い合いをしてたらローリーが入ってきた。
「おい、一体なんの話してるんだ」
「何ってローザと僕の婚約話」
「はぁ?」
呆気にとられたような顔をして、バークの顔を見た後、ローリーは私の顔を見た。
「こいつと婚約すんの?」
バークに指差しながら聞いてきた。バークは「人に対してゆび指すもんじゃないよ」と言ってローリーの指に手のひらを乗せてきている。
「バークのよくある冗談だよ」
そんないちいち反応しなくてもなぁと思いながら言った。アビーは私たちの会話を愉快そうに聞いていた。
✩✩✩
「さて、そろそろいく時間じゃない?」
しばし4人で会話を続けた後、アビーは手をパチンと叩いた。手を叩いた合図で私達も会話を取りやめ、次やるべきことを思い出した。
「ローリー、今日どこで練習?第二体育館?」
「そうだな。第二だな」
スクールはとても広大で、通常授業を受けるための教室がたくさんあり、その他絵画、工作室、図書室や劇場、外はテニスコート、クリケットコース、フットボール場、ラグビー場、乗馬用コースや室内用競技のための体育館は二つある。
「じゃ、着替えてから現地集合な」
ローリーの言葉に頷いて、それじゃあとみんなに手を振り更衣室に入っていった。
スポーツ用の服、長袖と膝丈のプリーツドレス(ちなみに色は上下とも白である)に着替え、髪を後ろで一本に縛り、第二体育館に向かった。ローリーは先に来ていたらしく、スポーツ服(半袖半ズボン、色は白)に身を包みソワソワと待っているように見える。遠くから大きめの声で声をかけた。
「ローリー!スマッシュの練習しよー!」
「バカいうな!」
訝しげに私を見てから、持っていた卓球のラケットを渡してきた。ラケットを受け取りつつ「冗談だよ」と言った。そしたら「お前のは冗談に聞こえないときがある」と言われてしまった。
「今日は人多いね。いつもは空いてるはずなのに」
周りを見渡しながら言った。
「素人達がそろそろやり始めたんだろ。元からやってる連中は第一で常に練習してるから」
「やっぱり経験者有利だよね〜」
「そりゃそうだろ。トーナメント方式だから俺達は一勝できたら御の字だけど、勝ちたいな」
私はトーナメントで当たる対戦相手が、激弱の人達だといいなと、思わず胸に手を当ててお祈りしてしまった。
「練習して実力で勝つんだよ」
と、お祈りしている私を見てローリーは言った。