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フレデリック少尉との出会い2

 1ヶ月後の麗らかな日。我が家のカントリーホームでガーデンパーティーとなった。カントリーホームはビクトリアン様式の家で、出窓がたくさんあり、一階は応接室、ダイニング、キッチンなどがある。二階以上がプライベートルームだ。使用人は最上階に住んでいる。


「クラヴィス伯爵夫妻!ようこそ我が家に」


 父と母は我が家の玄関の前で、クラヴィス伯爵夫妻とハグと握手をしていた。


「会えて嬉しいわ。今日はよろしくお願いします。ヘルシング夫人」

「やだ、そんな他人行儀しい。ナンシーと言ってちょうだい」

「なら私もアニーと言って」


 お互いウフフと微笑んで、母はクラヴィス伯夫人と仲良く家の中に案内していった。父もしきりに「ようこそ、ようこそ」と言ってクラヴィス伯爵を案内している。父さん、めちゃくちゃ緊張してるな…と横目で見ていた。まだ、ガーデンパーティーするには肌寒く、もう少し日が高くなってからということになり、最初は応接室ドローイングルームで挨拶をしてから庭に出て行くことになっている。


「ようこそ、我が家に。皆様にお会い出来ることを心待ちにしておりましたわ」


 優雅にカーテシーしている姉が見える。姉の挨拶を皮切りに、兄は挨拶して3兄弟と握手。私もカーテシーしてご挨拶。少尉のご長男はカーテシー・タイトル(名目的爵位)を用いて只今スビー子爵、昆虫学者らしい。結婚はしていらっしゃるが奥様妊娠中のため、今回のパーティーには欠席。次男は外交官。世界中飛び回ってるとかなんとか。3男フレデリック様は最初の説明通り、陸軍士官少尉。士官学校卒業後すぐ陸軍入り。エリートコース真っしぐらである。


 応接室で和気あいあいと家族紹介を終えて、母とクラヴィス夫人と姉は3人で何か話し合っている。たまに聞こえてくる声はこんな可愛らしい子が娘になってくれるなんて嬉しい!としきりに聞こえてきた。兄は外交官の次男と諸外国のことを聞いているっぽい。地名がたまに聞こえてくる。外国に行きたいのかな?父とスビー子爵、少尉は政治について話している。男性は集まると政治情勢の話してるよなぁ。

 というわけで、私は蚊帳の外である。特に外国に興味あるわけでもなく、虫が好きなのでもなく、政治についても聞くことなし!つまりアウェイなのである。やばい、すでにもう部屋から抜け出して本読みたい。だって考えてもみて?一番最年少の私に高度な質問なんてできるわけないじゃない?どうみたって私に気を使って、上の方から話しかけてもらわないと会話ができないのよ。だから抜け出したいという気持ちはしょうがないというわけ。家令が準備ができましたと言いに来てくれたときは、めちゃくちゃ嬉しかった。


 ガーデンパーティーはビュッフェスタイルをとっていた。私はそそくさと自分の好きなものだけを取りに行って食べた。そしたらメイドのアンに「好き嫌いはダメですよ」とコッソリ耳元で言われてしまった。アン厳しい…てか、クルクルと配膳や片付けをしているのに、よく私が何を取ったか知ってるじゃん。そして空腹が満たされたころアンを呼んだ。


「なんですか?お嬢様。」

 アンは銀色のトレイを片手に持ってやってきた。

「これから温室で読書するから、手が空いたら紅茶持ってきてくれない?」

「ここ、抜け出すんですか!?」

 破顔したアンはすぐに真面目な顔になった。

「ダメですよ。あとでラチェカ様と奥様に怒られますよ」

「大丈夫よ。3人で盛り上がってるし。そもそもこのパーティだって姉とフレデリック様が主役でしょ。脇役が退場したって問題なし!」

 ニンマリと笑った顔を見たアンは諦めたのか、嘆息をついて私に言った。

「空き時間ができたらですよ」

「さすがアン!大好き!よろしくね」

 こうして私はコッソリと会場をあとにした。退場する所を一人に目撃されていたことは、私が知る由もなかった。


 そして冒頭に戻るのである。


 私はツバの広い帽子を被り、大温室の片隅にあるベンチに座り、家から持参した推理小説を読み返しをしていた。何回読んでも楽しいものは楽しい。夢中で読んでいたため、周りを気にしてなかった。


「単独逃避とは許しがたいね」


 本に影がかかる。本を読んでいる途中で話しかけられるほど気を悪くするものはない。だいたい逃避とはなんだ。脇役が退場しただけじゃないか。訝しげに顔を上げたら驚愕してしまった。姉の婚約者のフレデリック・チェスターが微笑を浮かべながら立っているのだ。何故主役がここにいる!?


「もう飽きたのかい?」

「いやあの…飽きたというかですね…」

 どう言えばいいんだ。なんて言ったら角が立たないんだろう。言い訳を私の脳はフルスピードで考え出していく。

「そう!スクールの宿題がですね。ありまして。この本の感想文を提出しないといけないのです。時間があまりないので申し訳ないなあと思いながらも学生は勉強が大事でして……」

「へぇ、勉強家だね」

「というわけでごめんなさい。あちらから外に出れますので…」

 私は温室の出口を指差した。これでどうだ!


 少尉は出口に顔を向けて、また私の方に顔を戻してからこう言い放った。


「スクールの読書感想文は、いつから娯楽小説の名探偵に目をつけたんだろうね」


 ウソガバレテル…


 私がここでパーティーを抜け出てサボっていることはお見通しなのであった。



 ✩✩✩✩



「チェスター様、パーティーに戻られなくてよろしいのですか?」

「フレデリックでいいよ」

 いつの間にか隣に腰掛けている少尉は気さくに言った。暑いのか人差指を襟元にいれている。外は風があり肌寒さが残ってても、ここは温室。雲一つないのでサンサンと降り注ぐ太陽熱は温室に熱気をもたらしてきている。早く去っていってほしいなと思いつつ、強くは言えない私は静かに本を閉じた。

「みんな各々好きなことやり始めたよ。兄さんなんて珍しい虫を発見したとか言って出て行ってしまったし」

「あー、ここら辺は虫多いですからね」

 さすが昆虫学者。パーティーより虫一筋だ。

「ここは見事な温室だね。ここまで大掛かりの温室は見たことないよ」

「ありがとうございます。父の傑作ですわ」

 我が家自慢の温室について褒めてくれるとはなんとお目が高い!私は気待ちが少し愉快になった。

「温室紹介しましょうか?」

「いいのかい?ではお願いしようかな」

 そう言って、二人で温室の中を散策することとなった。


「見事な赤い薔薇だね。これほど綺麗に咲き誇っているなんて。品評会に出して賞を賜れるね」

「ありがとうございます。庭師が喜びます。後で伝えておきますね」


 散策しながら花の紹介していく。ローズマリー、ラベンダー、カモミールなどのハーブ、そしてなんといっても色とりどりの自慢の薔薇である。赤が一番多いが薄ピンク、紫、白、薄黄色など咲き誇っている。温室のまん中には池があり、池にも花が浮いている。我が家自慢の花々も、陸軍少尉に褒められたらさぞや嬉しいだろう!ますます愉快な気持ちになってきた私は、先ほどの鬱屈した気持ちも忘れ去ってきた。


「フレデリック様、なぜ私がツバの広い帽子をしているかお分かりになられますか?」


 ニヤリと笑う私とは対局に、唐突に質問された少尉は少し驚いた後考えこみ始めた。


「この大温室は、花を咲かせるために作られたわけではないのです。むしろ花はオマケ」

「ここまで見事なのに」

「とあるもののためにここができたのです。池や花、あと木々もそのためです」

 フムと顎に手をつけ少し考えた後、周りを見回した。

「最近父が陛下からお声がけしてもらったことをご存知ですか?」

「それがここに関係あると?」

「そうなんです」


 そう、ここから我が家の大温室物語が始まるのだ。

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