姉が婚約したらしい1
今日は雲ひとつない快晴で、ガーデンパーティーするには最高の日である。我が家のカントリーホームの庭の芝生は綺麗に手入れされ、遠くを見れば広葉樹の森が聳え立っていた。花々も麗らかな陽気に誘われて、我こそはと美を競い合っているのに、私は屋敷のそばにある大温室の片隅にこもって、読書をしていた。これには少々訳があるのである。
時は一ヶ月前に遡る。
「私、婚約決まったわ、ローザ」
「私、婚約決まったわ……?」
私は驚きのあまり姉の言葉を復唱してしまった。応接室のお気に入りの長椅子に腰掛けて読書していた私は、読み掛けの本を少し下げ上目遣いで姉を見た。腕組みして仁王立ちしている威風堂堂たる姉のラチェカは私を見下ろしている。
「私が婚約できないとでも思ってたの?」
---思ってた。
とは言いずらい。
さて突然ではあるが、ざっくりと私が住んでいる国と家族ついてお話したい。
私が住んでいる国はイングランドとスコットランドの間に挟まれているバララドという国である。グレートブリテン島にはイングランド、スコットランド、ウェールズ、バララド、そしてバララドと同じくイングランドとスコットランドに挟まれた場所に位置するオセニアという5カ国の構成となっている。バララド国の生活様式はイングランドに似ていて、国花は赤い薔薇となっている。
そして、我が家は父、母、姉、兄、私という5人家族である。
父はヘルシング子爵当主ヘイルズ・リンシア。
大の動物好きである。動物愛が大きすぎて貴族のお遊び銃猟パーティーに行っては涙を流しながら帰ってくる男である。(お付き合い大事らしい)大の動物好きは動物愛護法制定により加速し、ネズミを描い始めるという愚行にでた。だんだん我が家で増え続けるネズミ。ケージには入っているものの繁殖率は半端なかった。終いには夫婦の寝室までやってきて母は悲鳴を上げた。夜寝ていられないらしい。「やってらんない!離婚してやる!!」という母の心からの叫び声は忘れられない。流石に可哀想になり(本当に離婚するかと思った)3兄弟は慌てて父の説得にかかり、なんとか知人にネズミを譲り渡すという話に帰結した。
母はナンシー・リンシア。
慈善事業に精を出し、孤児院や救貧院に力を尽くしている。最近孤児院からメイドを雇ったら、古参メイドと新参メイドが喧嘩をしたらしく古参メイドが辞めてしまった。一緒に慈善活動している友人のところはうまくいってるらしく(同時期にメイドを雇ったとか)「あら、うまくいかなかったの?残念ねえ。でも私たちの志は大事よね。これからも共に頑張りましょう」と言われてしまったらしく、また新人メイドを雇うことになっているらしい。最近の愛読書のタイトルは『これで解決!メイドの指南書決定版』
姉、ラチェカ・リンシア。私の5つ上の20歳。
見た目は金髪ロングストレート髪、碧いサファイアのような色をした瞳。白くシミひとつない体。あと豊かな胸。胸、むね…(悔しい)「最近治安も悪いしフットマン(従僕)頼りではなく、女も護身術習うべきよ!」と言い出し自室にて護身術の先生まで呼んで鍛錬している。上昇志向の姉は次々と格闘術に興味を見出し、遂にはフットマン相手に練習を繰り広げるという愚行に躍り出た!戦々恐々するフットマン。「ちょっと時間ある?」は一時期我が家の殺し文句になった。
兄、ハロルド・リンシア。私の4つ上の19歳。
名門私立ロールドスクールを卒業し、ルイス大学にて法律を勉学中。将来のヘルシング子爵当主になる見目麗しい金髪碧眼の男である。ロールドスクール時代、おモテになるお兄様は二股をかけていた。とある日、両頬を腫らして帰って来たので、理由を聞いたら「ベルちゃん、今日は家族で出かけるっていう話だったんだぜ。空き時間を有効活用しようとスローンちゃんと遊ぶ約束したら、待ち合わせ場所にベルちゃんが乗り込んできたんだよ」と、ど修羅場を経験したらしい。後日、「なんで二股なんてかけてたの?」と聞いたら「モテる俺ってかっこいいだろ?」と返答が返ってきた。
最後が私ローザ・リンシア。花も恥じらう15歳。
名門私立ロールドスクールに通っている。髪色は栗毛のくせ毛(何故だ)、目は碧い瞳。趣味は読書。流行りの推理小説にどハマりして現行15巻まで発売されている『名探偵シャーミック・ポートムズ』を自分用、布教用、保存用と各巻3冊ずつ買って本棚に置いてある。家に帰ればまず読書。スクールに行っても一人の時間があれば読書。姉とは違い体を動かすのは苦手。兄弟仲は悪くないと思っているが、姉は何故か私をマウントしてくる。最近のマウントは「こんな問題も分からないの?」
そんな姉が婚約を決めた。なんてめでたい話だ。今日の夕飯は豪華のはずだ。期待しよう。デビュタントしてから夜会に連日のように顔を出し、貴族名鑑やら釣書とにらめっこし、母と何回も打ち合わせしてたのがついに身を結んだんだ。
「まさか、そんなこと思ってもないよ。おめでとうラチェカ姉さん。それで相手は誰なの?」
姉は釣書を見せてきた。なるほど、説明する気はないらしい。ざっと要点だけ抜け出すとクラヴィス伯爵3男で現在25歳。名はフレデリック・チェスター。陸軍士官少尉らしい。写真もついてる。前髪をアップしてあり、ショートヘア、清潔感ある背丈も高そうな美男子だ。ふーん。
「ついに姉さんが家を出て行くんだ。寂しくなるね」
「…そんな寂しそうな顔をしているようには見えないわね」
私は自然に微笑を浮かべていたらしい。しまった。顔に出てしまった。
「兄さんには言った?兄さんも姉さんのこと心配してたよ」
「ハロルドはまだ帰宅してないのよ。帰ってきたら言うわ」
私達が住んでいるバララドは成人18歳、良家の子女は大抵23歳までに結婚している。姉は20歳なので遅すぎ早すぎずというところだろう。社会情勢的に最近は女余りの時代になり、晩婚化の傾向にあるが、若くない年齢の女性が結婚していないのは訳ありとして見られてしまう偏見だけは残っている。世知辛い世の中にため息がでるが、見栄とプライドは貴族特有の根幹なのでスクール卒業のお嬢様達は、血眼になってお相手を探すのである。もちろん血眼は内緒である。
「それで、細かい話は後々母さんから話されると思うけど、来月頭に相手の家の方々と紹介がてらパーティーすることになったわ」
「パーティー?」
「そう、フレデリック様、来月からオセニアとの国境近くの陸軍基地に移動なのですって。以前からオセニアに内戦が起こるんじゃないかって噂されてるから。その為かなとは思ってるけど」
「それ、かなり昔から言われていたやつだよね?」
「そうなんだけどね…」
先ほどの堂々とした態度もなんとやら。急に気が抜けたようにしおらしくなったように見えた。そうか、せっかく婚約が決まったはずなのに、すぐ行ってしまわれるなんて。本当のところはわからないけれど、もし噂通り内戦が起こったら?危険はないの?本来なら結婚式の準備に勤しむ楽しい時間を過ごすわけなのに、婚約早々旅立ってしまう。私は本を下ろし、立ち上がって姉と向き合った。
「最高のパーティーにしようね」
これは姉さんに対する励ましの言葉だ。