*保護者懇談会*
たくさんの方に読んで頂けて本当に嬉しいです!
また、ブクマや評価、誤字報告もありがとうこざいました。
ここからは、ぽつぽつと番外編を投稿していきたいなと思いますので、時々覗きに来て下さると嬉しいです(*^^*)
麗らかなある日の午後、その穏やかな気候とは裏腹に、私の心中は動揺で荒れていた。
「うふふ、こうしてお話しできて嬉しいわ」
「うむ、なかなか挨拶できず、悪かったな」
「い、いえ……。その、お会いできてとても光栄です……」
リーフェンシュタール王国、国王夫妻。
この国で一番高貴な方ふたりを目の前にしていたら、それも仕方のないことだろう。
だが、この胸の動悸の理由はそれだけではない。
一体どうしてこんなことに。
笑顔の仮面を貼り付けながら、ディアナは心の中でそんなことを思っていた。
きっかけは、殿下との何気ない会話からだった。
なぜあの時なにも考えずに了承してしまったのか。
浅はかだった少し前の自分を殴りたい気持ちになりながら、それでも覚悟を決めて顔を上げた。
「え?アイリス様のことで?」
「ああ、話を聞きたいと言っていた」
ある日の報告会の日、アイリス様の様子をひと通り話し終えた後に、殿下からそんなことを言われた。
「話が聞きたいというか、アイリスが世話になっているから挨拶がしたいのだろう。礼を言いたいのかもしれない。三日後にどうかという話だが、都合はどうだろうか?」
国王陛下と王妃様が私に会いたいと言っているらしい。
とどのつまり、前世でいう保護者懇談会。
「都合は……はい、大丈夫ですけど……。その、私、粗相してしまったらどうしましょう……!?」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。よく考えてみろ、アイリスを溺愛し甘やかした張本人達だぞ?ふたりともぽやぽや……こほん、穏やかな人柄だ」
ぽやぽやしてるって言いかけたよね、今。
実の父はともかく、継母のことまで。
「悪い人達ではないのだが……。もう少ししっかりしていてくれると……」
殿下が遠い目をした。
国王だからといって、必ずしもカリスマじゃないといけないわけじゃない。
周りに支えてくれる人が多い、支えたいと思わせる人柄の持ち主だということは、とても良いことだと思う。
しかし支える側にはそれなりの苦労があるらしい。
「……いつもお疲れ様です」
殿下に同情を含んだ視線を送る。
しかし国王夫妻が穏やかな人達だという話は、私の心を少しだけ落ち着かせてくれた。
けれどやっぱりある程度の緊張はするわけで。
「ちなみに、殿下はその日ご一緒してもらえないんですか?」
せめて最初だけでも一緒にいてくれると心強いもの。
ダメ元でそう聞いてみると、なぜか殿下は悪戯な顔をした。
「ふうん?私についていてほしいということか?」
にやりと笑うその表情はとても魅力的だが、騙されてはいけないと私の本能が警告を鳴らしている。
「い、いや別に深い意味はありません!ただ、気心知れた人がいると心強いかなぁって……」
「へえ?私のことをそう思ってくれていたんだ?」
ま、まずい。
なんだか空気がおかしな方向に変わってしまった。
すると向かい側のソファに座っていた殿下が、なぜか腰を上げ、こちら側に周ってきた。
かと思うと、私の隣に座り直したではないか!
「!?ちょ、ちょっと殿下!?」
「残念、やり直し」
距離を詰められて、顔に熱が集まっていくのが分かる。
「名前はどうしたんだ?約束しただろう、敬称の前に名前をつけて呼ぼうと。なあ、ディアナ嬢?」
にやにやと至近距離で覗き込まれる。
たしかに先日、お互いに名前で呼び合いたいということを言われた。
恥ずかしさはあるものの、まあ敬称つきなら……と了承したのだった。
「う……ク、クラウス、殿下……」
圧に負けて名前で呼ぶ。
すると殿下はほんのり頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、やはり君に名前を呼ばれるのは良いな。心地良く耳に響く」
こ、この殿下は……!!
あの不本意な公開告白の後、殿下が突然甘い言葉を吐くことが多くなった。
普段は以前と変わらない腹黒さの滲み出る言動をしているのに、本当に急に、スイッチが入ったかのように甘くなる。
その切り替えの速さに、私は毎回たじたじだ。
「ストップ!一旦落ち着きましょう!?」
いつの間にか距離も縮められているし、私の心臓は破裂寸前である。
「そ、それで!?ク、クラウス殿下はご一緒して頂けないんですか!?」
あわあわしながらも、話を戻そうとなんとか声を振り絞る。
「うん?一緒に来て欲しいとの君の願いは嬉しいのだが……。残念ながら、その日は郊外への視察が入ってしまっていてね」
そう言いながら殿下は、私の髪を一房掬ってくるくると指で弄び始めた。
勝手になにしてんですか!と言いたかったが、口をぱくぱくさせるだけで声にならない。
「すまないな。……だが、そう不安にならずとも、そのままで大丈夫だよ」
そう言うと殿下はとても優しい表情をして私の髪をさらりと流した。
「君はなんだかんだと周りの人間を魅了しているからな。アイリスも子ども達も、侍女達やルッツ、あのいけ好かない護衛、ひいては君の婚約者を奪った子爵令嬢まで。自然体の君を、きっとふたりも気に入るはずだ」
その言葉に、私は目を見開く。
「ああ、一番魅了されてしまったのは私かもしれないけれどね。責任を取ってもらいたいものだ」
「なっ、ななっ……!!」
先ほどまでの優しい表情はどこへやら、また意地悪な顔に戻ってしまった。
甘い台詞も、私をからかっているのだろうと分かっている。
分かっているのに、動悸が静まらない!
「もうっ!分かりましたから!付き添いはいりません、ひとりで大丈夫です!!」
逃げるが勝ちだと素早く立ち上がりソファから離れる。
そして失礼しました!とさっさと退室することにした。
「くくっ、この程度で顔を赤らめて……。本当にかわいらしいな、ディアナ嬢は」
室内に残された殿下がそう言って笑っていたことも、部屋の隅で気配を消していた侍女が含み笑いをしていたことも、全く知らずに。
そうして国王陛下夫妻との謁見の日。
「近くで見ると、本当に美人さんねぇ。子どもの相手も、勉学も魔法も得意でその上商品開発の才能もあるなんてすごいわ!こんな才色兼備を選ぶなんて、クラウスってば欲張りさんだったのね」
「ふむ、我が息子ながら女性を見る目は確かだな。ブルーム侯爵令嬢、そなたならば安心してクラウスを任せられる」
なぜか私はアイリス様の話ではなく、殿下と私についての話をされていた。
話が違う。
アイリス様のことについて聞きたいからと、この懇談会が行われたはずだ。
しかし開口一番ふたりが口にしたのは、『君があのクラウスの心を射止めたブルーム侯爵令嬢だね!?』という言葉だった。
しかもウキウキした顔で。
その時私は悟った。
これはアイリス様の保護者懇談会じゃない。
クラウス殿下の保護者懇談会だったのだと。
「うふふ、クラウスの執務部屋付きの侍女からも色々と聞いているのよ?」
い、色々ってなんですか!?
「ところでブルーム侯爵令嬢はクラウスのことをどう思っているのだ?あれは一見紳士的だが腹黒い、しかし中身は誠実で一途だぞ?」
めちゃくちゃ探りを入れられてます!?
「まだ若いのにしっかりしすぎていて、逆に心配だったのだけれど……。でもあなたと一緒の時は表情豊かで年相応に見えるって、侍女が微笑ましそうに言ってたわよ」
じ、侍女さんめちゃくちゃ報告してるじゃないですか!?
「やっとあいつにも春が……。ブルーム侯爵令嬢、どうかクラウスのことを頼む」
圧が!この国で一番の権力を持った人間からの圧が!!
夫妻からの怒涛の口撃に、私はただたじろぐだけで……。
こ、こんなに言葉に迷う懇談会なんて経験したことないわよーーーーー!!!?
心の中で叫ぶしかなかった私は、その後しばらく国王夫妻からの質問の返答に心を削られていくのであった。
ちなみにこれがクラウス殿下の根回しであることを知ったのは、このもうしばらく後のことだった……。
懇談会、親もなにを言われるのかとドキドキしますが、先生もきっとドキドキですよね〜。




