わがまま姫様の教育係からの……?4
最終話です。
昨日の夜に1話投稿しておりますので、まだお読みでない方はひとつ戻って読んで下さい。
ひと騒ぎあったものの、その後アイリス様との魔法練習はとても和やかに進んだ。
魔力がそれほど高くないと言われていたようだが、日頃の努力の成果だろう、低級魔法ならば割と色々な系統の魔法を使いこなせるようになった。
それなら、その中で工夫すれば新しい発見があり、可能性が広がるかもしれない。
「若いって良いよね〜。未来は明るい!」
「……年寄りみたいなことを言うな、君は」
私の隣で殿下が呆れた顔をした。
そう、殿下からもふたりで話をしたいと言われ、アイリス様の私室のテラスでベンチシートにふたり並んで昼食をとることにしたのだ。
アイリス様達は中で、私達はテラスで。
それなら話はふたりだけでできるけれど本当の意味でのふたりきりにはならないからね。
レン達も中で昼食を食べながら護衛として私の方も警戒できるし、一石二鳥なのだ。
「それ、最近レンに同じこと言われました。まぁ前世の年齢を考えたら、ふたりよりも年上ですからね。そこまでおばあちゃんじゃありませんけど」
あははと笑って応えると、殿下は微妙な顔をした。
「そうかもしれないが、君はれっきとした十七歳だろう。……年頃だな」
突然なにを言うのかこの殿下は。
今になって行き遅れになる心配でもしろと言うのか。
「クロイツェル公爵家との婚約破棄騒動があって、すでに傷モノみたいに思っている人は多いですし、騎士達にも訓練が厳しすぎてあんな扱いされちゃってますからね」
しかも殿下のことをちょっと良いなぁと思ってしまっている自分がいる。
そんなの認められるわけないし、いつか諦めなきゃいけない日が来るんだろうなって分かっているけれど。
そんな遠回りすることが確定しているのだ、どのみち行き遅れは間違いないわね。
「家の使用人達の子どもにも、『制服より黒ドレスで高笑いしてる方が似合ってる』とか言われちゃいましたし。こんな私をもらってくれる男性なんて、どこかにいますかねぇ?」
笑って誤魔化すけれど、自分で言っていて虚しくなる内容だ。
なにが悲しくて好きになりかけている人にこんなことを言わなくてはいけないのか。
「……ここにいるぞ?」
「はい?」
ぼそりと呟いた殿下に、私は思わず聞き返した。
「だから、私が相手では駄目かと言っている」
「え、あ、はい!?」
真剣な眼差しでとんでもないことを言う殿下に、私の頭の中は大混乱だ。
「いやいやいや、こんな傷モノみたいなのが王子殿下のお相手なんて、誰も認めないでしょうし……」
「アイリスの更生や騎士団での演習、先日の魔物騒動での功績で、君の評判はうなぎ登りだ。反対する者はいないとまでは言わないが、ごく僅かだろう」
「で、でもお父様がなんと言うか……」
「ブルーム侯爵には君が了承するならと言ってもらえている」
「騎士達からの扱いは軍曹だし、子ども達からも悪女の方が似合ってるって言われている女ですよ!?」
「それを言うなら私は“魔王”だけどな。ああ、君からは腹黒だという評価をもらったな。そんな私には、ピッタリじゃないか?」
くっ……この殿下は、いつもいつもなんやかんやと言い返してきて……!
「……それに、騎士達も子ども達も、君が本当は強くて優しい、素晴らしい人だと分かっているさ。だからあんな風に、君に親しげに笑いかけるんだ」
「え……?」
思いも寄らない言葉が返ってきて、私はぽかんと口を開けた。
「君の厳しさは愛情からくるものだと、ちゃんと彼らに伝わっている。だから悪態をつくんだ。こんなことを言っても許してもらえる、笑って吹き飛ばせるとな」
穏やかな色をした瞳と目が合う。
「幼等部の子ども達もアイリスも、そうだっただろう?時間をかけて関わった彼らには、君の愛情がちゃんと届いている。大人は色々と複雑だからな、時にはどうしても相容れないことがあるだろう。けれど、純粋にその心を見る子ども達は、ちゃんと分かっている。……私は、最近になってそう思うようになったよ」
優しい殿下の声に、ぽろりと涙が零れる。
『ぼく、いまとべたよ!とびばこ、とべた!せんせい、もういっかい!』
もう朧気な記憶の中で、ヨシ君の声がした。
――――そうかな。
ちゃんと、伝わってたかな。
「だから、自信を持てば良い。胸を張って、今までの自分は間違っていないと言えば良いんだ。分かってくれている人は、ちゃんと分かっているから。――――私も、もちろんそうだ」
涙で滲んで、殿下の顔がよく見えない。
けれど、なんとなくだけれど、優しく微笑んでくれている気がした。
「で、でも……。私なんかをもらってやるって、同情心から言われても……」
「同情心?なにを言っているんだ君は」
はあっと殿下がため息をついた。
「君に断られないよう前々から色々と根回しして、時間があれば会いに行って、名前で呼ぶ許可を得るのにどうしたら良いのかと悩んで。それは全部、君のことが好きだからだ」
目を見開くと、またぽろりと涙が零れた。
「全く……。同情心?どうしたらそういう結果にたどり着くんだ。察しが良いくせに自分への好意には鈍いのだから、ここまで来るのに本当に苦労したよ」
「に、鈍いって……」
失礼です!と言いたかったけれど、胸がいっぱいで、声にならない。
「それで、ディアナ嬢、君の気持ちは?」
ハンカチで私の目元を拭いながら、殿下が優しく問いかける。
結局、勝手に名前で呼んでいるじゃないか。
けれどそれがとても心地良くて。
この胸に広がる幸福感を、素直に言葉にしても良いのだろうか。
「わ、たし……」
そこまでなんとか声に出した、その時。
視界の隅に入ったのは――――テラスの窓にぎっちりくっついた室内組の姿だった。
「きっ、きゃああああ!」
思わず叫んでしまった私に、あーあバレちゃったとユリアが窓の向こうで残念がった。
「良いところだったのに……。あ、ディアナ様、こっちのことは気にせずどうぞ!続き、やって下さい!」
どうぞじゃないわよユリア!!
「青春だねぇ。公開告白なんて、王子サマ、やるな」
こ、こ、公開告白なんて言い方するなー!!
レン、絶対あんたとユリアが最初に覗き始めたでしょう!?
「あら、もう少しだったのに。ディアナ、ごめんね。私達あっちに行ってるから、もう一回、どうぞ!」
アイリス様までどうぞとか言い出したんだけど……。
「はしたないからお止めなさいと私は止めたのですが」
「あら、そう言いつつミラ様も耳をダンボにしてましてよね?」
「あーん、せっかく良い雰囲気でしたのに!」
ミラ達侍女まで……。
涙がすっかり引っ込み、呆気にとられる私の隣で、殿下がため息をついた。
「邪魔が入ったが、仕方がない。――――それで?ディアナ嬢、返事を聞かせてくれるか?」
何事もなかったかのように話を戻そうとする殿下は、どういう神経をしているのか。
「……ど」
「?なんだ、なんと言った?」
「〜〜っ、それについてはまた今度!ほら、今はまだアイリス様のことで手いっぱいですし!」
「あっ、逃げるなディアナ嬢!アイリスは知らぬ間に成長していると言っていたではないか!もう手いっぱいではないだろう!?」
「それはそれ!これはこれです!」
このまま隣りに座っていたら絶対に吐かされる。
けれど、こんなところでみんなに見られながらの告白なんて恥ずかしすぎる。
だから私は室内に向かって早足で歩き、ちらりとうしろの殿下を見た。
「とにかくまた今度!」
その時は、きっと気持ちを伝えるから。
前世の私を救ってくれた、お礼も添えて。
「まあ仕方がないわね。今日はやっぱり、みんなで食べましょう?テラスの食事も中に運んでくれる?」
アイリス様の声に、侍女達が動き出す。
「ほ、ほら殿下!こっちでみんなと一緒に頂きましょう?」
「……次は覚悟しておいてくれよ?」
眉間に皺を寄せて隣に座った殿下が、ぼそりと耳元で呟いた。
それに対して、一年後くらいでお願いしますと伝えたら殿下は怒るかしらと、私は熱を持った頬に手を添えるのであった――――。
*fin*
ということで完結です!
皆様ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
ブクマ・評価つけて下さった皆様、ありがとうございます!本当に嬉しいです!
教育係からの王子様の婚約者編もアリか……?と思いつつ、ありがたいことに他のお仕事も入ってきましたので、とりあえずここで完結とさせて頂きます。
その内番外編も載せたいなと思ってます。
最後に、もし読者様の中に保育士の方がいらっしゃいましたら……。
大変なお仕事だと思います。その中で毎日頑張っていらっしゃるかと思います。
辞めたいと思ったことも、一度や二度じゃないかもしれません。
でも、皆様の愛情はきっと子ども達に伝わっているはず。分かって下さる保護者の方もたくさんいるはず。
このお話を読み終えて、もう少し頑張ろうと思って頂けたら、幸いです。
子育て中のパパ・ママも。
保育士以外の毎日お仕事を頑張る社会人の皆様も。
勉強に部活にと励んでいる学生さん達も。
毎日お疲れ様!今日も頑張った私!と自分を褒めてあげて下さいね(*^^*)
あとがきが長くなりましたが、最後までディアナ達にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。




