わがまま姫様の教育係からの……?3
次の日は休日、アイリス様を訪ねる日だ。
「今日はお昼もご一緒するんですよね!今日のメニューはなにかしら?楽しみ!」
「ユリア!王女殿下のご厚意で私達もご一緒させて頂いているけれど、本来はありえないことなのだから、もっと慎みなさい!」
「太っ腹なお姫サマだよな。俺や侍女の分も用意してくれるなんてよ」
最初の頃はミラとふたりでの訪問だったのに、随分と賑やかになったものだ。
もう通い慣れた道を馬車で行き、迷子になりそうに広い王宮の廊下も、アイリス様の私室へと迷いなく進めるようになった。
教育係となって初めてここを歩いている時は、さてどうしようかしらと悩んでたっけ。
扉を開けると、『……ちゃんと来たのね』ってツンツンした態度のアイリス様に迎えられたのよね。
「あ、ディアナ!ミラやユリア、レンも、いらっしゃい!!」
こんな風に笑顔で歓迎されるようになって、今ではすっかりここに来るのが楽しみになった。
「おはようございます、アイリス様。今日も良いお天気ですね」
あの頃とは違う、心からの笑みを浮かべるアイリス様に、私も微笑みを返した。
「もうすぐお兄様も来るの。今日は時間があるから、一緒に過ごそうって。ディアナとは、後でふたりで話がしたいって言ってたわよ」
「殿下が、ですか?」
思わぬ話に目を丸くする。
アイリス様の言い方だと少しだけというより、結構長い時間一緒に過ごせるというニュアンスに聞こえる。
忙しいはずなのにそれだけの時間があるということは、たぶん時間を開けたということだと思う。
わざわざ時間を開けたということは、なにか理由があるのだろうけれど……。
一体なにを考えているのか。
いや、普通に考えたらかわいい妹姫との時間を取りたくて〜というところだが、あの殿下のことだ、なにか裏がある気がしてならないのよね。
しかも私と話をしたいとか言うし。
……また無理難題言ってくるつもりじゃないでしょうね?
相手が腹黒だと、こういう時に素直に考えられないのが悲しいところだ。
……でも、ちょっと嬉しいなと思ったりも、する、んだけど……。
「ディアナ?聞いてる?」
「はっ、はい!すみません聞いてません!」
突然かけられた声にびくっ!と肩を跳ねさせ、反射的にそう叫んでしまった。
「ぷっ、ディアナ様、そんな堂々と『聞いてません!』って……」
くすくすとユリアやアイリス様の侍女達が笑う。
片やミラはというと呆れ顔だ。
うう……失敗した。
「もう一度言うわよ?昼食だけれど、ディアナはお兄様とふたりでお願いね。私達はいつも通り、ここでみんなで頂くから」
「へ?」
これまた予想外の話に、私は気の抜けた声を出す。
……ますます殿下がなにを考えているのか分からない。
頭を捻って考えていると、そこに扉がノックされた。
「ああ、もう来ていたのか。ブルーム侯爵令嬢、いらっしゃい」
「あ……殿下、ご挨拶申し上げます」
いつものように現れた殿下に、堅苦しい挨拶はいらないとひらひらと手を振られる。
「あの日以来だな。怪我はなかったと思うが、疲れは取れたか?」
「はい、おかげさまで」
魔物騒動の後は殿下のほうが忙しかったはずなのに、そう言って私を気遣ってくれる。
じんわりと胸が温かくなるのを感じながら、私はあることに気が付いた。
「そういえば今日はルッツ様はご一緒ではないんですね」
いつも一緒なわけではないが、ふたりはほぼほぼセットでいることが多い。
だからなんとなく今日も一緒に来られるのだろうと思っていたのだが。
「ああ。あいつなら今日は忙しくてな。私の代わ……いや、あいつにしかできない仕事を任せているんだ」
……今、“私の代わりに”って言おうとしたよね。
もしかして時間を作るためにルッツ様に仕事を押し付けた……?
じとりとした目で見つめると、殿下はふいっと顔を逸らした。
「さあアイリス!今日はなにをして過ごそうか!そう言えば、魔法を教えてほしいと言っていたな。ブルーム侯爵令嬢もいることだし、一緒にどうだ?」
「!お願いします、お兄様!」
……話まで逸らしたってことは、図星ね。
全く……ルッツ様もお気の毒ね。
後でお茶とお菓子でも差し入れしようかしらとため息をつきつつも、嬉しそうなアイリス様の顔を見て、まあ兄妹の時間も大切よねとルッツ様に感謝することにしよう。
ごめんなさい、ルッツ様。
心の中でルッツ様へお礼と謝罪をしていると、どうやらテラスで魔法の練習をしようという話になったらしい。
みんなでテラスに出ると、爽やかな風が吹いた。
「素敵なテラスですね!眺めも良いですし」
まずユリアが声を上げ、はしゃぎ出す。
「そうだ。アイリス様、支援系の魔法はユリアに教わると良いですよ。それにレンは珍しい空間魔法が得意ですし、ミラはどの系統も卒なくこなしますが、教えるのが抜群に上手いです。せっかくですから、みんなから色々と教わってみてはどうでしょう?」
「楽しそうね!……でも、ディアナは?教えてくれないの?」
私の提案に一度乗ってくれたアイリス様だが、しょぼんとした顔で見上げてきた。
か、かわいい!
美少女ぶりが日に日に増していくアイリス様の上目遣いは、破壊力抜群である。
「わ、私は攻撃魔法が得意ですから。アイリス様にはちょっと……」
「でも、ディアナはそれで市民達を守ったわ」
魔物討伐の時のことを言っているのだろう、アイリス様は間髪入れずにそう反論した。
「なにを磨くかじゃなくて、どう使うか、でしょう?」
いつの間にか大人びた表情をするようになったアイリス様が、しっかりと私の目を見た。
「私は攻撃魔法は得意じゃないかもしれない。でも、できるだけたくさんのことを身につけたいし、そのために努力したいの」
『これからも一緒に色々なことを見て、知って、学んで。たくさん考えて、道を選びましょう?』
以前私がアイリス様に伝えた言葉が蘇る。
道はひとつではない。
攻撃魔法だって、傷付けるだけのものではなく、人を守ることにも使える。
自分で色々やってみて、努力して身につけたものをどう使うと良いのか、決めるのは自分。
「そう、でしたね……。はい、分かりました。一緒に練習しましょう」
そう答えれば、アイリス様は破顔した。
「うーん、でもさすがにここではちょっと……。テラスを崩壊させかねませんから、また今度、別の場所でですね!」
ユリアの声に、そりゃそうだとみんなから笑いが起きる。
ということは騎士団の訓練場でもお借りしようかしら?
……ついでにこの間の騎士の軽口を咎めに行こうか。
「なんだ、なにを考えている?悪い顔をしているぞ?」
「はっ!で、殿下!失礼ですね、なんでもありませんよ!」
突然顔を覗き込んできた殿下に、慌てて否定する。
「そうか?……それにしてもアイリスには驚かされるな。あんなことを言うようになったなんて」
「はい。“知らない間に成長しているもの”ですからね」
そうだったなと殿下が笑う。
「それはですね〜あるきっかけがあったんですよ!」
すると私達の間にぴょこりとユリアが入ってきた。
きっかけ?と聞き返す。
「魔物騒動の時のディアナ様を見たからですよ。あの時、私達カーテンの隙間から、ずっと戦いを見ていたんです」
なんと。
てっきり怖いだろうし、奥の方で震えていたのだろうと思っていたのだが……。
「戦うディアナ様を見て、アイリス様言ってましたよ。『私も、ディアナみたいに人のために力を尽くせる人になりたい』って。ふふ、本当にディアナ様は人たらしなんですから!」
ユリアの言葉に、私は目を見開いた。
「……なるほど。こんなに近くに憧れの、見本のような人間がいるのだからな。アイリスの成長も納得だ。……そうか、アイリスは“月光の魔術師”のようになりたかったのか」
「ちょ!?いや、え!?なんで殿下がそれを……」
突然出てきた恥ずかしすぎる二つ名に、私は動揺する。
そしてぷるぷると笑いをこらえるように震える殿下を見て、私の動揺は怒りに変わった。
「な、なによー!!自分だって騎士達に“魔王”とか呼ばれてるくせに!この前助けに来てくれた時に騎士達がそうやって言いかけてたの、私聞こえてたんですからね!?」
「いやいや、月光の魔術師殿には負けるよ。いや、軍曹殿とも呼ばれていたな?」
なおも口撃してくる殿下に、私の怒りのボルテージは最高潮だった。
「まあ、第三王子殿下があんなに楽しそうなお顔をされるなんて……」
「ふふ、ディアナ様だけの特権ですわね」
侍女達がそんな内緒話をしているとはつゆ知らず、私はどう言い返したらこの腹黒殿下に勝てるのかと、涙目になりながら考えるのであった――――。




