わがまま姫様の教育係からの……?1
「おねぇしゃま!みて!できた!!」
「うん、とっても上手よグエン!さすがだわ!!」
えへへと得意気なグエンの頭を撫でる。
今日私は朝からブルーム家の庭で、まほうのれんしゅうがしたい!と意気込むグエンの練習に付き合っている。
まずは初歩の初歩、炎を手のひらに出す魔法を教えたのだが、一度で成功してしまった。
私の推しは天才かもしれない。
あの孤児院慰問の後、市街地での魔物討伐の話はまたたく間に王都中に広まった。
殿下は指揮官としてだけでなく実戦も素晴らしいとか、お父様率いる第二騎士団は粒ぞろいだとか。
そして私のことも――――。
「教えるのもお上手とは、さすがお嬢様です。“月光の魔術師”の名は伊達ではありませんね。……ぷっ」
「ちょっとミラ!その呼び方は止めなさいって言ってるじゃないのよ!!」
吹き出して笑いを収めきれていないミラを、私は真っ赤な顔をして叱る。
―――そう、あの日以来、誰が付けやがっ……こほん、誰が名付けたのか、私に中二病かっ!と言いなくなるような二つ名が付けられてしまった。
「なんで?かっこいいのに!げっこぉのまじゅしゅし!」
……微妙に言えていない発音のグエンは大変かわいい。
かわいいが、やはりその名は封印したい。
「グエン、それは忘れて良いのよ?というか忘れて」
ぐっ!とグエンの肩を掴む手に力が込もる。
「おいおい、そんなちびっこに凄むなよな。お嬢サマ、迫力満点な顔面してんだからよ」
カラカラと相変わらずの笑いを浮かべるのは、レン。
「れん!れんのまほうもすごいから、おしえてほしい!」
……なぜかグエンはレンに懐いている。
こんなに人相悪いのに、何故。
「おい。なんか失礼なこと考えてるだろ」
「あら顔に出てたかしら?ごめんなさいね、正直で」
うふふと嫌味っぽく返せば、レンは顔を顰めた。
「ったく……。弟がとられそうだからって嫉妬してんなよな」
「し、嫉妬なんてしてないわ!そんなことしなくてもグエンは私のことが好きだもの!」
「あー?お嬢サマ、そんなこと言うのは今だけにしておけよ。坊ちゃんが大人になって嫁もらってからもそんなこと言ってたら、立派な小姑だからな?」
「こじゅ……う、うるさいわね!放って置いて!!」
ぎゃあぎゃあと言い合いを始める私達に、ミラが眉間に皺を寄せてため息をついた。
「えー?でもディアナ様なら、グエンダル様とお嫁さんまとめてかわいがってくれそうじゃないですか?アイリス様とかどうです?姉さん女房も良いですよね〜」
きゃぴきゃぴと悪気なくとんでもないことを言っているのはユリア。
一国の王女殿下を勝手に嫁に指名するのはどうかと思うのだけれど……。
「なにを言っているのあなたは!」
そこへミラが怒声を上げる。
ほらね……。
ユリアったら、ミラに怒られるのが分からないのかしら。
「その発想はなかったわ!素敵すぎて現実にしたくなってしまうじゃない!」
「そっち!?」
怒声かと思ったら興奮して声を荒げただけ!?
意外すぎるミラの言葉に、思わず突っ込みを入れてしまった。
いやいやいや、たしかにユリアの提案は私にとって天国みたいな状況ではあるし、ふたりまとめてかわいがる自信だってある。
でもふたりの気持ちもあるし、それ以上に国や家の立場というものが……。
「いや、恋とは言えずともふたりはすでに仲良くなりつつあるわ。それに王太子殿下をはじめとして王子殿下は三人いらっしゃるわけだし、アイリス様が降嫁するのは自然なことよね……。しかもウチは侯爵家、王女殿下の降嫁先としての家格は十分だし……」
「おい、お嬢サマまでなに真に受けてんだよ」
真剣に考え始めた私に、今度はレンが突っ込みを入れた。
「や、やあね、冗談よ!」
はっと我に返った私は、慌てて否定する。
と、少し離れたところでユリアがなにやら真面目な顔をしている。
「まぁでもディアナ様がクラウス様に嫁ぐことになったら無理か。アイリス様まで嫁いで来ちゃったら、ブルーム侯爵家に権力が傾いちゃうしなー」
ぶつぶつとなにかを呟くその姿、内容は全く聞こえないが、碌でもないことを考えているのだろうと放って置くことにした。
「つーかそろそろ学園に行く時間じゃないのか?友だちと昼食の約束をしてるって言ってたよな?」
「あああっ!?本当だわ、ありがとうレン!キャロル嬢に怒られてしまうわ!」
そうだった、今日はお昼から学園に行く予定だったのだが、たまには私達との時間も取ってほしいとキャロル嬢達に言われていたんだった。
一時間ほど昼食をとったら、その後幼等部にも顔を出したい。
キャロル嬢は時間にきっちりしているし、遅れるのはまずい。
急いで片付けを終わらせ、グエンの前にしゃがみ込む。
「慌ただしくてごめんね。また一緒に練習しましょうね」
「うん!だいじょーぶだよ!」
グエンはそう笑って許してくれた。
うちの天使、優しすぎ。
ほわっとした気持ちでその形の良い頭を撫でていると、レンがはあっと深いため息をついた。
「弟馬鹿も良い加減にしとけよな……。ほら、行くぜお嬢サマ」
「はっ!!ご、ごめん。じゃあねグエン、行ってきます!」
「おねぇしゃま、いってらっしゃーい!」
大きく腕を振るグエンにいつまでも手を振り返しながら、私は馬車乗り場へと向かうのであった。




