孤児院での決意7
そっくりそのまま聞き返す私に、女の子達はうん!と思い切り頷いた。
「しってる?でぃあなさまとおなじなまえの、つきのめがみさま」
「つよくて、やさしくて、こどもたちをまもってくれるの!」
目を見開く私に、院長先生が補足して説明してくれる。
「昔話のことを言っているのです。弓と魔法を操り女性と子どもを守る、月の女神様にディアナ様が似ていらっしゃると」
そうか、前世でいう神話みたいなものが、この世界にもあるのね。
月の女神、ディアナ。
たしかローマ神話に出てくるんだっけ。
そして、ギリシャ神話ではルナ。
前世の、私の名前と同じ。
他にもセレーネとかアルテミスとか、色々聞いたことがあるけれど。
そっか、月の女神様か……。
「こんなボロボロな姿なのに、そんなこと言ってくれるなんて。みんな、ありがとうね」
少し気恥ずかしくなってそんなことを口にすると、子ども達は笑った。
「ううん!わたしたちのためにたたかってくれたんだもん!」
「つよくて、かっこよくて、きれいで、めがみさまみたいだった!」
「ええ、私共のためにこんな風になるまで戦って下さったあなたを、我々も美しいと思いました」
子ども達に続けた院長先生の言葉に、他の先生方も頷いた。
目の奥がつんとして、嬉しくて、泣きそうになる。
「……ありがとうございます」
そうお礼を言うのが精一杯の私の前に、殿下が手を差し伸べてくれた。
顔を見上げると、殿下の表情は穏やかで、その手を取って立ち上がる。
アイリス様が私のスカートをきゅっと握ったのに、もう大丈夫よと微笑む。
「君の力がなければ助からなかった命もあるだろう。私も含め、皆の感謝の気持ちを素直に受け取ると良いよ」
「……はい。ありがとうございます」
温かな空気が流れ、孤児院の子ども達はお父様や騎士達にもお礼を言いに向かった。
そして彼らも笑顔でそれに応えている。
そんな中で、子ども達と騎士ふたりのこそこそとした会話が、たまたま耳に入ってきた。
「団長の御息女、あの月の女神様はなぁ、一見綺麗だし強くて君達には優しいかもしれんが、怒ると怖いんだぞ?」
「そうそう、俺達も何度泣かされたことか……」
「そぉなの?おはなしのなかのめがみさまも、おこるとこわいってかいてあった!いっしょだね!」
「だな」
「ねー?」
………………。
「ディ、ディアナ嬢?」
ゆらりと歩き出す私を殿下が呼んだ気がしたが、今はそれどころではない。
感動的な場面、そしてかわいい子ども達を相手に、なにを言ってくれているのか。
周囲の喧噪に紛れて聞こえないだろうと油断しているのかもしれないが、きちんと私の耳には届いている。
「ふふ。なんだか悲しい誤解があるみたいね?」
突如背後に現れた私に、騎士ふたりがびくりと肩を跳ねさせる。
恐る恐る振り返る彼らの目には、すでに涙が滲んでいる。
「戻ったら、じっっっっくり、話をしましょう?ねぇみんな、話し合いって大事よね?」
にっこりと子ども達に問いかけてみれば、うん!と元気な声が返ってきた。
「うむ。地獄の演習が必要だな」
そこへお父様の同意の声も上がる。
死んだ。
顔面蒼白になった騎士達にくるりと背を向けると、戸惑った様子のアイリス様が見えた。
あ、しまった、つい。
良い感じの雰囲気だったのに、水を差してしまったわと反省する。
でもお陰で感傷的になってしまった気持ちを立て直すことができたわね。
それと、忘れちゃいけないことも思い出した。
「では少し遅くなってしまいましたが、アイリス様、用意していたものを配りましょう?ユリア、ミラ、レンも手伝って」
その言葉に、みんながそうだったと思い出して集まってくれた。
空間魔法の得意なレンに、収納してもらっていた荷物を出してもらう。
「魔物騒動で忘れそうになってしまいましたが……。王宮から孤児院のみんなに、プレゼントです」
紙やペン、木刀などはすでに渡していたため、その他のおもちゃやクッキーなどを手渡していく。
手配してくれた殿下も、喜ぶ子ども達に目を細めている。
「アイリス様もどうぞ、みんなに渡してあげて下さい」
侍女達と共に作ったモイストポプリ。
落とさないように、そっとその小さな手の上に乗せる。
「……王宮のお花を使ってみんなで作ったの。蓋を開けておくと良い香りがするから、部屋に飾ってね」
「リラックス効果のあるものは、寝室に置いても良いですよ!」
「集中力の上がる香りのものは、勉強する部屋に置いても良いですね」
ユリアとミラも言葉を添えて、子どもや先生達に差し出す。
院長先生達は、物珍しいモイストポプリに驚きながら、アイリス様の手作りということに感激していた。
「なにからなにまで、ありがとうございます。我々は、今日の皆様のことを絶対に忘れません」
涙を滲ませる院長先生と握手を交わす。
「また遊びに来ても良いですか?今度はもっとゆっくり子ども達と関わりたいです。……魔物の相手はしばらく御免ですから」
冗談交じりに言うと、あははとみんなが笑った。
「……私も、また来ても良いですか?」
「おお!王女殿下にそのようなお言葉を頂けるとは……。もちろん、お待ちしております」
アイリス様も院長先生と約束をする。
そうね、定期的に慰問に訪れるのはとても良いことだと思う。
「……アイリスの表情が変わったな」
「きゃ!で、殿下」
気付けば殿下がすぐ隣にいた。
「……そうですね、あの年頃の女の子は、一日一日でものすごく変わるものです。忙しいからって放って置いてしまうと、すぐ大人になってしまいますよ?」
戦いに赴いている間に様変わりしていた時みたいに。
そんな意地悪を言えば、殿下が眉間に皺を寄せた。
「そうだな。今回は危険な目にも遭ったが、アイリスにとっては影響の大きな一日になったのだろう」
ちらりと私を見つめてくる殿下に、私は首を傾げた。
「私の知らないところで、あの子は多くのことを学んでいるようだな」
「?まあ、そうですね。子どもとは、大人の思いも寄らないところで知らず知らず成長しているものですから」
そう答えると、ふっと微笑んだ殿下は、私の頬を指で拭った。
「汚れているぞ。今日は本当に助かった。ブルーム侯爵令嬢、君だったから安心して背中を預けられたよ」
あれ。
さっきまで名前で呼んでくれていたのに、また呼び方、戻っちゃったな。
「……私こそ、殿下にたくさん助けて頂きました。危ないところをありがとうございました」
少しだけ寂しい気持ちを隠して、そうお礼を言う。
「ね、あのふたり……」
「うん。こっちのおうじさまは、ほしのおひめさまじゃなくて、つきのめがみさまがすきみたいね!」
そんな子ども達の囁く声には気付くことなく。
私は、心の中でいつの間にか芽吹いていた気持ちを、ようやく自覚し始めたのだった――――。




