孤児院での決意6
「なんとか終わったな。お疲れ様」
「はい……。もう魔力、ほとんど残ってません……」
緊張が完全に解けへたり込む私に、殿下が労りの言葉をかけてくれた。
いくらチートとはいえ、限界はある。
あれだけバンバン中級〜上級魔法を連発していればこうなるだろう。
むしろ僅かでも残ったのが奇跡だ。
戦闘中に魔力切れで倒れるなんてことにならなくて良かった。
「それにしても本当にお強いんですね……。演習の時はあれでも手加減してたってことですか?」
「それはそうだろう。私の娘が本気を出せば、騎士達の中には退団願いを出すものもいたかもしれん」
驚くマルちゃんに、お父様が冷静にそう返す。
いや、私が騎士達をいじめて退団まで追い込んだみたいな言い方はちょっと……。
疲れ過ぎていて反論こそしなかったが、じとりとした目でお父様を睨む。
「こほん。いやしかし、ディアナの功績はかなり大きい。おまえの魔法での援護があったおかげで、騎士達もかなり戦いが楽そうだった。死者・重症者はいないと報告も受けている」
「それに市民からも被害報告をほとんど受けておりません。あっても小さな傷を受けたという程度です」
お父様とマルちゃんからの報告に、ほっとしてさらに力が抜ける。
「良かった、です……」
周囲を見た感じ、特に建物への被害もなさそうだし、突発的だった割にはなかなか上手く収まった気がする。
「殿下!」
「お嬢サマ!」
そこへ空間移動魔法でルッツ様とレンが現れた。
「ご無事なようで良かったです」
「へたり込んでるけど、怪我は……ねぇな。精根尽き果てたって感じか」
「うるさいわね。これでも魔物との戦闘は初めての、箱入りのお嬢様なんだからね。ちょっとは労って頂戴」
ピンピンしてるわよ!と虚勢を張りたいところだが、残念ながらレンの言う通り、今の私にそんな気力も体力も残っていない。
なんなら立ち上がる気すら起きないわ。
ミラにお召し物が汚れます!とか言われそうだけれど、すでに汗と土ぼこりで全身汚れているのだから、少しぐらい座り込んでも一緒だろう。
「護衛のくせにディアナから離れるとは……」
「!?いや、その……」
「ま、待ってお父様!レンは私の命令に従っただけだから!私が無理を言って市民の避難の方に回ってもらったのよ!」
もう立てないと思ったはずなのに、お父様の底冷えのする声を聞いて、反射的にぴよっ!と飛び上がってしまった。
私のせいでレンが怒られるのは、さすがに申し訳ない。
「……ふん。今回は見逃してやろう。市民の被害がほとんどなかったのは、貴様の力もあるのだろうからな」
「そ、そうですね。ディアナ嬢の護衛のおかげで、避難指示がとてもスムーズに行えました。それに魔物と遭遇した際に俺のことも守ってくれましたし」
ルッツ様も慌ててフォローに入ってくれた。
そうか、ルッツ様のこともちゃんと守ってくれたのね。
そう言ってもらえるとレンを向かわせた甲斐があるというものだ。
ふん!とそっぽを向いているが、その耳は赤い。
きっとレンなりに色々と考えながら力を尽くしてくれたのだろう。
それが嬉しくて、ふうっとまた深く息をつくと、今度は孤児院の方からかわいらしい声が聞こえてきた。
「ディアナ!お兄様!」
「アイリス様、みんな。ご無事で良かったです」
思わずといった様子で駆け寄ってくるアイリス様を、しゃがんでぎゅっと抱き締める。
少しだけ震えている。
そうよね、怖かったよね。
「もう大丈夫ですよ。ああ、でも。そんなにくっつくと、アイリス様の服まで汚れてしまいます。ほら、戦闘でかなり汚れてしまいましたから」
簡素な装いをしているとはいえ、王女様の服を汚してしまうのはさすがに躊躇われる。
そう思ったのだが、アイリス様はぎゅっと抱き着いたまま、ふるふると首を振って離してくれない。
「そのまま、気の済むまでハグしていてあげて下さい」
「ええ。怖かったはずなのに、おふたりの戦いをずっと見守っておりましたから」
ユリアとミラが眉を下げながらやって来た。
そのうしろからは孤児院の子ども達や院長先生、他の先生方や避難しに来た街の人達も。
「ありがとうございました。我々を助けて下さり、街を救って下さって」
私達の前まで来ると、そう言って頭を下げた。
「え、ええっ?」
「頭を上げてくれ。私達は当然の仕事をしただけだ。皆、無事で良かった」
戸惑う私をそっちのけて、殿下がそう答えた。
静かに涙を流しながらもう一度頭を下げる大人達に、子ども達も倣った。
「「「「「ありがとうございます!おうじさま、めがみさま!!」」」」」
めがみさま?
誰のことだと私と殿下が目をぱちくりとさせる。
「えっとね、そっちのおねぇちゃんはね、ほしのおひめさまににてるの!」
ひとりの子がユリアを指差す。
そうね、確かに先程そんなことを言っていた。
「おうじさまは、やっぱりおうじさま!みんなのひーろー!つよくてかっこいい!!」
興奮気味の女の子が、殿下を見つめて声上げる。
まんざらでもない様子で、殿下がありがとうと微笑んでいる。
「それでね、でぃあなさまは、おひめさまじゃない、“つきのめがみさま”だねって、みんなではなしてたの!」
「月の女神様……?」




