孤児院での決意2
あ、そうだわ。
「ねえみんな、文字を勉強したい子っていないかしら?」
私がそう尋ねると、アイリス様と同じぐらいの年の頃、ひとりの男の子がそろそろと前に出て来てくれた。
「あ、エリック!エリック、ほんよむのすきだし、じぶんでおべんきょうしてるもんね!」
「うん。じめんにかいて、おぼえてるけど、難しくて……」
男の子はエリックというらしい。
レンの言っていた通り、紙を十分に使えないために、今までは地面に木の枝ででも書いていたのだが、独学ではなかなか難しいということだろう。
エリックに近寄り、その目の前ですっとしゃがむ。
「そう、えらいのね。あのね、このミラはちょっと恥ずかしがり屋さんだから笑うのは苦手だけれど、とっても面倒見が良いのよ。文字を教えるのも上手だし。エリック、一緒にお勉強してみない?」
「!や、やりたい!」
ぱあっとエリックが表情を明るくさせた。
「……紙とペンもたくさん持って来ました。努力家な子は嫌いじゃありません。一緒に頑張りましょう」
ミラも一見無表情だが、やる気になっている。
そんなミラとエリックにつられて、同い年くらいの子が何人か私も僕もと手を上げ、ついて行った。
ミラはスパルタだけど、さすがに子どもには手加減するだろうし、教え方は上手い。
レンとも約束したしね、文字に興味を持ってくれる子が増えると良いな。
「じゃあ私とは、そうね、絵本を読みましょうか?絵本も色々持ってきたんだけど……その前に、みんなの好きな絵本も教えてくれる?」
「!うん!あのね、わたしはつきのおうじさまのえほんがすき!」
「わたしも!でぃあなさま、こっちにきて!みせてあげる!」
あらあら、女の子達はよほどその絵本が好きなのね。
興奮気味にぐいぐいと私の腕を引っ張って院内へと誘われた。
そして随分と読み込まれてボロボロになった絵本を持って来て見せてくれた。
月の王子様の絵本かぁ……こちらの世界では読んだことがないわね。
ぱらぱらとめくってみたが、知らない話だ。
「じゃあ読んでみても良いかしら?一緒に聞いていてくれる?」
「「うん!」」
保育園で働いていた時のように絵本を構えると、近くにいた数人の子達も集まって来てくれた。
初めて見る絵本だったけれど、挿絵のとても綺麗な、素敵なお話だった。
『月の王子様はとても優秀で美しいけれど、いつも空高くにいる存在。
誰もが憧れるだけで、手が届かない。
唯一の友人である太陽の王子様とも一日の少しの時間しか一緒にいることはできず、だんだん孤独を感じるようになってしまう。
憧れられるだけではなく、誰かと同じものを見ていたい。
離れた場所ではなく、手の届く位置で、誰かの温もりを感じたい。
そう涙を流す王子様の前に、ひとつの星が流れてきた。
なにを泣くことがあるのか。
遠くばかり見ていないで、周りを良く見て。
ひとつひとつは小さいけれど、あなたの周りには星々がいつも側にいる。
あなたはひとりではないわと、流れ星――――星のお姫様は微笑んだ。
いつも優しい光で暗い道を照らしてくれる王子様の側で、私達はいつもあなたを見守っている。
だから泣かないで。
――――そうか。
自分は今まで、近すぎて、小さすぎて、見えていなかった。
いつも側で見守ってくれている、星の存在を。
自分はひとりではない。
それが、こんなにも嬉しい。
月が疲れてしまって欠けた時は、星はその輝きを強めて支える。
月が丸く、大きく輝く時には、控えめに寄り添う。
そうして月の王子様は星のお姫様と結ばれ、ふたりはいつまでも仲睦まじく、肩を寄せ合って空で輝いている。』
「――――おしまい」
私が最後のページを読み終えると、ほおっと子ども達から感嘆のため息が落ちる。
「すっごく素敵なお話だったわね。ありがとう、教えてくれて」
「うん!でぃあなさまのもってきたえほんも、よんでくれる?」
「もちろんよ」
子ども達からやったぁ!という喜びの声が上がる。
それから次々とリクエストを受けて、私は絵本を十冊くらい読むことになった。
さすがに途中で喉がカラカラになって、院長先生が急いでお水を持って来てくれるシーンもあった。
でも絵本って大切なことをたくさん教えてくれるから、私は好きなのよね。
読み書きももちろん大切だが、“話す”、“伝える”、“考える”ということも大切だ。
まだ字を覚えるには早い、年少の子達にもそれを伝えることができるしね。
「さて、絵本ばかりというのもなんだし、外にも行きましょうか。他のみんながなにをしているのか、見に行ってみましょう」
さすがの子ども達もずっと座ってお話を聞くのは疲れたらしく、さっと立ち上がって孤児院の庭へと案内してくれた。
その途中、ミラがエリック達に字を教えているところも見えた。
まずは自分の名前を書けるようにと、見本として子ども達ひとりひとりの名前を紙に書いて渡していたみたい。
子ども達は自分で名前が書けることが嬉しいのだろう、目をキラキラさせているのがらへ分かった。
上手くやれているようで良かったわ。
一生懸命なミラにくすっと笑みを零し、再び庭へと足を進める。
外へ出ると、そこではユリアとアイリス様が女の子達と花輪を作っていた。
「!ディアナ!」
「こちらにいたのですね。まあアイリス様、とてもお上手ですね」
白やピンク、黄色の花を使って編んでいたそれは、少しガタガタなところがあるものの、とてもしっかり編まれていた。
はじめてだろうに、すごく頑張って作ったのね。
「色もかわいいですね。とっても素敵です」
ポプリも気に入っていたし、アイリス様はお花が好きなのかしら?
「ええーっ、なにそれ、かわいいー!!」
そんなことを考えていると、私と一緒にやって来た子が、ユリアの隣にいた女の子が被っていた花輪に気付いてそう叫ぶ。
「えへへ、かわいいでしょ?このおねぇちゃんがつくってくれたの」
どうやらその頭に乗っていた綺麗な編み目の花輪は、ユリアが作ったものらしい。
「編むのはできても最後を留めるのは結構難しいのに。すごいわね、ユリア」
意外な特技に驚き尋ねると、ユリアが笑って答えた。
「えへへ。あっちでは少し年の離れた妹がいたので。昔はよく作ってあげていたんです」
そうか、妹さんが……。
ユリアの視線が少し遠いところに向く。
きっと思い出しているのだろう、仲が良かったのかもしれない。
「あ、悪いこと聞いちゃったって顔してますね?そんな顔しないで下さい、私大丈夫ですから。それに妹が小学生に上がったらケンカばっかりだったし。口ばっかり達者になっちゃって!」
ませガキだったんですよねーとユリアがため息をつく。
よくある姉妹の話に自然と笑みが零れる。
「兄弟にケンカはつきものよ。私だって小さい頃は毎日のように弟とケンカしてたわ」
こんな風に穏やかな気持ちで前世の話ができるのは、初めてかもしれない。
少しずつ、前世への未練もこうやって薄れていくのだろうか。
「ですね。ほら、見て下さい!完成〜!」
ユリアは自分の頭にぽすりと白い花だけで作られた花輪を乗せた。
その可憐な容姿と相まって、まるで妖精のお姫様のようだ。
「ほしの、おひめさま……」
「え?」
「ほんとだ、ほしのおひめさまだぁ!」
突然、私の隣りにいた女の子達がそんなことを言い出した。




