王子様のはかりごと5
* * *
「ふふっ、クラウス様もなかなかやりますね!」
「……なにを言っているんだ君は。黙ってさっさと歩いてくれ」
によによと顔を緩めたユリアを伴い、クラウスは執務室へと続く廊下を歩いていた。
そして執務室の中にルッツがいることを確かめて、ユリアを中に入れる。
「これはこれは……。殿下、浮気ですか?しかも人様の侍女を相手など……そんな趣味が?」
「なにを馬鹿なことを言っているんだおまえは!フランツェン子爵令嬢だと知っているだろう!?それに俺にはまだ浮気と言えるような妻も恋人も婚約者もいない!」
冗談だったのだが、ルッツは思い切り叱られてしまった。
半ば自棄糞に思えるクラウスの叫びに、ルッツは素直に謝ることにした。
「申し訳ありません。ところでご報告ですか?ユリア嬢」
親しげに呼ぶルッツに、ユリアはにっこりと笑顔を向ける。
“報告”。
そう、実はユリアはクラウスと取り引きを行い、ディアナの側にいた。
「なかなか面白いなぁと思って。クラウス様からお話を頂いた時は腹黒だなぁと思ったけど、ディアナ様の近くにいられるし、色んな表情が見れるから、楽しいです!」
「ほう……君は私のことを腹黒だと思っていたのか?」
黒いオーラを放つクラウスに怯えることもなく、ユリアはソファにぽすりと座った。
クラウスから座る許可も得ていないのに、随分と横柄だなとルッツが苦笑いをする。
「ほら、ディアナ様が待っているんですから、さっさと始めましょう?」
しかしユリアの言うことにも一理あるため、ふたりは黙って向かいのソファに腰を下ろした。
「ええと、とりあえずディアナ様の周りに今不審なことはありません。私が言うのもなんですが、誘拐事件のことも外部に漏れている様子はありませんね。毎日とても平穏に過ごしておられます」
早速とばかりにユリアは報告を始める。
「ちなみに男の影はあの何でも屋、レンくらいですかねぇ。でもディアナ様とは兄妹、いえ姉弟?みたいな感じです。殿下が心配するような関係では今のところないかなと」
「……それはなによりだ」
その報告に安心しつつも、率直なユリアの言葉にクラウスは微妙な気持ちになる。
確かにクラウスはディアナの様子を観察して報告してほしいとは伝えていたが、色めかしいことまでとは言っていない。
女子中学生といえばそういうお年頃。
恋愛の香りには敏感なのだ。
クラウスもそういう報告を期待していなかったと言えば嘘になる。
この少女は幼いところも多いが、鋭いところもあったから。
『ふぅ〜ん?クラウス様のご期待に添えるように、頑張ってディアナ様のこと、見張ってますね!』
ユリアに温情を与える代わりにとディアナの側に侍女としてつくことをクラウスが提案した際に、そう言ってにやにや笑っていたことを思い出した。
「でもほら、私がクラウス様に耳打ちした時に、ディアナ様取り乱していたじゃないですか!私に話があるからと退室する時も、不安気な顔をしていましたし、脈アリだと思いますよ!」
「……頼むからそっとしておいてくれないか……」
次々といらぬ気を回すユリアに、クラウスは頭を抱えた。
どうしてこうなったのか、自分はただあの無鉄砲で危険なことを顧みないディアナを見張る存在としてユリアを送ったつもりだったのに。
そんな風に思いながら、クラウスはくらりとする頭を働かせる。
「それよりも孤児院の慰問の件だが……」
「ああ!あれってもしかして、ディアナ様の評判を上げるため、だったりします?」
ガンガン突っ込んだ話をするユリアに、クラウスは完全に押されていた。
「いや……」
クロイツェル公爵領から王都へと向かう馬車の中、レンの話を聞いてなにか力になりたいと思ったのは、ディアナだけではなかった。
戦争も落ち着き、今は国を平定する時。
未だ貧しい暮らしをする平民達から目を逸らしてはいけないと、クラウスも思ったのだ。
だがユリアが言ったことも強ち間違いではない。
ディアナを望むクラウスは、継承権こそ放棄しているものの、れっきとした王族。
その配偶者となれば、それなりの者を望まれる。
もしこのことが多くの国民の支持を得れば、ディアナの評判も高く上がるだろう。
一度婚約破棄された身とはいえ、侯爵令嬢という高い身分を持ち、美しく賢いディアナ。
その価値が上がれば上がるほど、クラウスと結ばれることを反対する者は少なくなる。
ディアナも孤児院の子どものためになにかしたいと思っている、ならば力を貸してほしいという思いで声を掛けたことは間違いない。
しかしその裏で、そんな思惑がなかったとは言えないのも事実。
「腹黒か、たしかにそうかもしれないな」
ただ、貧しい国民を救いたい。
ディアナの願いを叶えたい。
その一心だと胸を張って言えたなら、どれだけ良かったか。
彼女を手に入れるために、逃げられないようにと外堀から埋めることを選んだ自分は、間違いなく腹黒なのだろう。
「……別に、悪いことじゃないと思いますけど」
俯きがちになったクラウスに、そうぽつりと零したのはユリアだった。
「それだけディアナ様と一緒になりたいと思っているってことでしょう?少しでもディアナ様を支持する人を増やして、波風を立たせず、みんなから祝福されて結ばれたいと思うことは、クラウス様にとっても、ディアナ様にとっても悪いことじゃないですもん」
その言葉に、クラウスは目を見開く。
「反対を押し切って結ばれるなんて、ロマンがあると言う人もいるかもだけど、自分達に酔ってるだけですよ」
ふんと鼻で笑ってユリアは続ける。
「そんなことになったら、傷付くのはディアナ様じゃないですか。クラウス様を唆したとか、婚約破棄されるような悪女が、とか言われて。私が言うことじゃないかもしれないけど……」
たしかに、もし考えなしに気持ちを伝え、万が一思いを受け入れてもらえることになっても、周囲は黙っていない。
クラウスが庇ったとしても、そんな噂が立つことになるのは間違いないだろう。
「クラウス様にとっても都合の良いことなのかもしれないけど、みんなにとってそうなら、別に良いじゃないですか。それのなにが悪いのよ」
ふん!と開き直ったかのように語るユリア。
「……ふっ、まさか君に励まされるなんてね」
「私、クラウス様は別に推しじゃなかったんですけど……。ディアナ様と一緒なら、一番の推しカプです!」
良く分からないことを言うユリアに、クラウスは自然と笑みが零れた。
「“オシカプ”がなにかは分かりませんけど、良かったですね、殿下。胸を張って腹黒でいても良いそうですよ」
それまで黙っていたルッツも、そう言って冗談交じりにクラウスの背中を押す。
「はは。これだけ煽ったんだ、おまえたちにはしっかり協力してもらうぞ。私の計画通りに、頼む」
先程の俯いていた表情が嘘のように、クラウスの目には光が灯っていた。
あとはディアナの気持ち次第。
「クラウス様ってば、こわーい」
「魔物討伐でも狙った獲物は逃さない人ですからね」
楽しげなユリアとルッツに向けて、クラウスは不敵な笑みを浮かべる。
妃としての素質は十分、それを皆に知らしめて、誰にも文句など言わせないくらいに。
クラウスはディアナと共に歩む未来のために、動き出したのだった。




