王子様のはかりごと3
「え、殿下が?」
「ええ、もうすぐ来るはずよ。様子を見に来るって言ってたけど、なにのかは言ってなかったわ。なにか気になることでもあったのかしら?」
散歩を終えアイリス様の私室でお茶を頂いていると、アイリス様がそういえばと、そんなことを言い出した。
……たぶんユリアのことだろう。
お父様にユリアのことを打診したのは殿下だと言っていたし、その後どうだと見に来るつもりらしい。
ブルーム家が抑えられないようならユリアがどうなっても仕方ないからな?と脅されたとお父様が言っていた。
ちょ、ちょっとばかりマナーがなっていないのは大目に見てもらいたいわ!
だって預かってからまだそんなに日数は経っていないもの!
ドキドキと鼓動が響く。
色めいた方向でない理由で。
急な監査なんてひどいわ、保育園の監査だって一ヶ月前くらいには通達があるのに!
カチャカチャとカップを持つ手が震える。
監督不行き届きだと言われたらどうしよう。
お願いだからユリア、大人しくしていて頂戴!
そんな思いを込めてユリアの方をぱっと見る。
するとそれに気付いたユリアが、ぐっと親指を立て、分かってます!と言わんばかりの表情をした。
ふ、不安だわ……。
いっそ急用が!とか言って帰ってしまおうか。
いやいやでもせっかくのアイリス様との時間が……と葛藤していたその時。
コンコン。
扉がノックされた。
「はい!お兄様、どうぞ」
アイリス様が嬉しそうに声を上げて、扉が開かれてしまった。
に、逃げ遅れた……。
こうなったら仕方がない、どうにでもなれ!
半ば自棄糞な気持ちで思い切り立ち上がり、殿下をお出迎えする。
「やあブルーム侯爵令嬢。急に申し訳ないね」
にこやかな笑み、謝っているけれど絶対わざとでしょうに。
「いえ、そんなことは。先日はかわいらしい侍女をご紹介頂きまして、ありがとうございました」
そっちが言い出したんだから少しは甘く見て下さいね?という意味を込めて応える。
そう、まだユリアはかわいらしいのだ、少々の不作法は許してほしい。
「さあユリア、殿下にちゃんとご挨拶して?」
ちゃんとよ、ちゃんと!
私は目力でユリアに訴える。
「第三王子殿下にご挨拶申し上げます。この度はブルーム侯爵家にご紹介頂きまして、ありがとうございました。おかげさまで皆様にとても良くして頂いております」
そう言ってユリアは頭を下げた。
「うん、それは良かった。息災なようでなによりだよ」
そして殿下も柔らかい表情でそれに応える。
す、すごいわ……やればできるじゃないユリア!
あとは黙っていれば良い、挨拶がこれだけできれば十分!と私は表情を崩さずに心中で歓喜の涙を流した。
しかし安心したのも束の間、殿下はちらりとレンの方を見た。
「そういえば、話には聞いていたけれど、本当に新しい護衛を雇ったんだね。どこかで見た覚えのある顔だけれど……。君の周りは随分賑やかになったものだ」
わ、忘れてたーーーーー!!
カタカタと震えながらレンの方へと視線を移すと、レンは殿下にぺこりと頭を下げていた。
お上品な挨拶なんて知らねぇよと思っているのだろう。
そうね、下手にしゃべるよりそれが正解だわ。
「あら?お兄様、あの護衛の方とお知り合いなの?」
「いいや?良く見たら知らない顔だった。すまないね、ブルーム侯爵令嬢」
アイリス様に気にしないでと微笑んではいるが、私に対しては内心どう思っているのか……。
誘拐犯を雇うなんてなにを考えているのかと冷たい眼差しを向けられそうだ。
今日は厄日ねと思いながら、もう大人しくしていようと観念する。
黒い笑顔を浮かべながらアイリス様の隣に座った殿下を見つめる。
「ところでアイリスもブルーム侯爵令嬢の新しい侍女殿とは仲良くなれたのか?」
「う、うん、まあ。でもディアナとの方が仲良しだけどねっ!」
……照れてるアイリス様、かわいい。
そんなアイリス様に、殿下の表情も優しくなる。
それにしても……こうやって兄妹並んでいると、本当に眼福だわ。
すっかり痩せて肌ツヤも良くなったアイリス様は、どこからどう見ても美少女だ。
そして殿下は言わずもがな、絶世の美青年。
なんならユリアと三人並ばせたら素敵な光景になりそうだ。
アイリス様の横に並ぶと、殿下が温和で紳士な王子様に見えるから不思議だ。
きっとユリアが逆隣にいたら、なおさらそう見えるのだろう。
キツめの容姿の私の隣にいる時は……腹黒さが増してしまう気がする。
中身が大事だと思ってはいるが、やはり見た目というものは絶大な影響力を持っているのだ。
迫力美人も嫌いではないが、総合的に見ると癒やし系美少女が最強よね。
うんうんとひとり納得しながら、殿下とアイリス様のやり取りを微笑ましい気持ちで見守る。
「……生温かい目を向けてくるのは止めてくれるかな?」
「あ、すみません、つい。仲良し兄妹の図があまりにも尊くて」
ユリアの件で緊張していた心もとき解れ、いつもの軽口が出てしまった。
そんな私達を、うしろでユリアが驚いたように見つめているのに、私は気付かなかった。
「なるほどねぇ」
そう呟いたユリアが、突然すっと歩き出し、殿下の座るソファの側で動きを止めた。
訝しげな表情をする殿下だったが、その次のユリアの行動に表情を変えた。
なんと、ユリアは殿下の耳元に顔を寄せ、何事かを囁いたのだ。
その姿は、まるで親密な恋人のようで。
私の胸が、さざめいた。




