学園生活ってパラダイス!?1
「なに?ディアナが?」
「はい。ここ数日、講義を終えた後に使用人の子ども達と遊んでおります」
学園の夏休みが明ける前日、ミラからの報告を聞いて、ブルーム侯爵であるヨハネスは眉を顰めた。
ヨハネスは王宮第二騎士団を纏める騎士団長であり、その華やかな容姿とは裏腹に、真面目な仕事人間だった。
堅物と言われることも多く融通の利かないところもあり、ディアナとのことも上手く立ち回れず、その関係には長年悩んでいた。
「最近グエンダルとも仲良くやっているらしいが……。その、遊んでいると言ったが、使用人の子ども達をいじめたりはしていないのか?」
「はい。むしろとても良く遊んでくれて、その上簡単にではありますが文字や算術も教えてくれていると、親達からは驚き半分感謝半分の声を聞いております」
ミラの報告は驚くことばかりであった。
(原因は自分にあると自覚はしているが……。あの癇癪持ちで気儘我儘なディアナが?)
ディアナ付きの教師達からも、最近は真面目に講義を受け、成績も優秀だと聞いていた。
高熱を患ったあの日から、ディアナに一体なにがあったのだろう?
ヨハネスは考えてみたが、ちょっとした仕草は確かにディアナのものであるし、記憶もちゃんとしている。
誰かと入れ替わったはずはないが、そうだと言われてもおかしくないくらい、ディアナは変わった。
「それと……大変申し上げにくいのですが」
「なんだ?やはりなにか問題でもあるのか?」
ミラの戸惑うような表情に、ヨハネスもごくりと息を呑んだ。
言いにくそうにするミラに、遠慮せず早く言ってくれと告げる。
「その……。実はグエンダル様も一緒に遊んでおりまして……」
「……は?」
「おふたりはバレていないと思っていらっしゃるようですが、子ども達から『お嬢様とお坊ちゃまと仲良くなったんだ!』と親達に知らせがありまして……。お嬢様が関わっているため私達も口を出しにくく、グエンダル様も毎日大変楽しそうにしてらっしゃいますので、お止めするのも憚れまして……」
どうしましょうかと尋ねるミラの言葉に、ヨハネスは呆気にとられた。
「……そのまま、好きにさせておけ。明日からディアナの学園生活が始まれば、グエンダルも寂しくなるだろうしな」
少し前までの、大人ばかりの中でつまらなさそうにしているグエンダルの顔を思い浮かべ、ヨハネスはそう返すのであった。
* * *
「おねぇしゃま、きょうから、がくえん?」
「ええ、そうよ。良い子にしてるのよ、グエン」
夏期休暇が終わって学園が再開する日の朝、グエンがむぅーっとした顔をして朝食の席にやって来た。
そうなるんじゃないかなーと察してはいたものの、今日から日中お姉ちゃんがいなくなるのが寂しいと言われているようで、ちょっぴり嬉しい。
それだけ仲良くなれたということだし、心を許してくれているのだなと思うとほっこりする。
「夕方帰って来たら、一緒に遊びましょう?それに、ほら。日中はメイちゃん達と遊べるし」
後半こそこそ声で囁くと、グエンはぱあっと表情を明るくさせた。
そう、ここ数日でグエンもメイちゃんやタクト達と仲良くなり、毎日のように遊んでいる。
鬼……じゃない、魔物ごっこなどの走り回る遊びばかりではなく、文字や数を取り入れた遊びもいくつか教え、静と動の活動のバランスもとっている。
それにしても、意図していたわけではないが、私がいない日中にグエンに遊び相手がいることは喜ばしい。
はじめこそグエンに遠慮がちだった子ども達も、一緒に遊ぶうちにだんだん慣れていった。
本当に子ども達の順応力は素晴らしい。
年少のメイちゃんも、グエンよりひとつ年上ということで、ちょっとお姉さんぶって仲良くしてくれている。
兄弟の下の子が自分より年少の子にお兄さん・お姉さんぶりたがるのって、あるあるよね。
そんなことを考えていると、隣の席のグエンが私の袖をくいくいと引っ張った。
「かえってきたら、ごほんよんでね」
「うん、もちろん良いわよ。約束ね」
指切りをしてあげると、にぱっとグエンが笑顔になる。
ああ、朝から癒やされるわぁ……。
「じゃあ行ってくるわね」
「いってらっしゃい!おべんきょ、がんばってね!」
手を振って笑顔でお見送りしてくれるなんて、私の推しは今日も最高にかわいい。
今日からどうなるのか、不安しかない私の背を押してくれたわ。
じーんと胸を熱くさせながら馬車に乗り込む。
さて、いよいよ学園生活が始まるというところまできてしまったが……。
笑顔で見送ってくれたグエンには悪いけれど、全っ然、行きたくない!
もう一度言おう、全く、これっぽっちも行きたくない!!
深いため息をつくのを我慢してぽすりと席に腰を下ろすと、同乗してきたミラが口を開いた。
「お嬢様、顔が恐いです」
「あらごめんなさい。久しぶりだから、緊張してしまって。別に行きたくないわけじゃないわよ」
「……行きたくないんですね?」
なぜバレたのだろう。
私はそっとミラから視線を逸らした。
私付きの侍女であるミラは、休暇前から毎日こうして一緒に馬車に乗って登校し、学園の中でも共にしてくれている。
……つまり、今までの私の愚かな行動も把握しているわけで。
「ミラ、私今日から学園でも休暇前とは違う言動をとると思うから、フォローよろしくね」
「……承知いたしました」
なにも聞かず頷いてくれるミラが、今日はありがたく思う。
下級貴族の令嬢達を取り巻きのように侍らせ、ふんぞり返っていた休暇前のディアナをなかったことにしたいわ……。
取り巻きなんていらない。
静かに、平穏に過ごして卒業できたらそれで良いのだ。
そうして卒業したら、婚約者との結婚の話が本格的に動くことになるのだろうか。
まあ結婚しても仮面夫婦になることは間違いないだろうし、クロイツェル家にも使用人棟があったはずだから、日中はそこの子ども達と過ごすのもアリかしら?
メイちゃんやタクト達みたいに仲良くなれると良いなぁ……。
ああでも、公爵夫人として後継ぎを産め!とは絶対言われるよね。
……ということは、アルフォンスとそういうことをしないといけないのよね?
で、できるかしら……。
お互いに気持ちがないし、私だって前世の記憶があるからといって、短大時代に彼氏がひとりいただけで、未経験ではないが経験豊富なわけでもない。
できたらその責務は免除されたいところだ。
なんならアルフォンスに好きな子ができたら、婚約破棄でも離婚でもなんでもしてもらって構わない。
元々クロイツェル家からの要望があって成り立ったもの、ブルーム家はこの婚約に固執していない。
クロイツェル家の方が格上なのだし、やっぱりやーめた!と言ってくれるなら、どうぞどうぞ!と潔く身を引きたいところだ。
なんだ、それなら今まで通りアルフォンスのことは放っておいて、嫌われていれば良いのかも。
学園や社交界には綺麗な子もかわいい子もよりどりみどり、そのうち好きな子ができるでしょ。
そうなったら、私はブルーム家で使用人の託児所でも開設しようかしら。
「――――さま」
そう考えると、私の未来はそう暗くないような気がしてきた。
「――う樣」
今の子達も何人かは大きくなったらうちで働いてくれるのかな?
ということは、メイちゃんやタクトの子どもをお世話することにもなるかも!?
「お嬢様」
「はっ!はい!?」
「到着しました」
なんと、私が都合の良い未来予想図を描いている間に、学園に着いてしまっていたようだ。
何度も呼んでくれたらしいミラが怪訝な顔をしている。
「あ、ぼーっとしていて……。ごめんなさい。ありがとう」
馬車から降りて御者さんにお礼を言う。
ああ……着いてしまった……。
自由気ままなスローライフの前に、目の前の難関、学園生活をなんとかやり過ごさないといけないのね。
げんなりとした気分のまま、私はミラを伴って学園の門をくぐったのだった。




