王子様のはかりごと1
昨夜一話投稿しております。
まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
ディアナの誘拐事件の後、しばらく平和な日常が続いていた。
「お兄様、みっともなくてよ」
「そうですよねぇ。俺もそう思います」
「……おまえ達、うるさい」
ただし、クラウス以外は。
執務室で書類仕事をこなしているクラウスの元に、仕事中にしては珍しくアイリスが訪れていた。
いつもは邪魔をしてはならないと訪問を控えているのだが、どこから聞きつけたのかディアナの誘拐事件のことを耳にしたらしく、『お兄様、どういうことですか!?』と血相を変えて飛び込んできたのだ。
ディアナの弟・グエンダルがディアナと共に騎士団の訓練の見学に来ていた際に、ぽろりと『こないだ、ぼくきいちゃったんだ。おねぇしゃまがね……』と零したためだ。
幼いグエンダルでは詳細が分からず、ディアナは訓練後すぐに帰ってしまい話せなかったため、アイリスはこうしてクラウスに事情を聞きに来ていた。
少し前にディアナが王宮に来れなかった時のことだろう、そういえばクラウスもその時王宮を飛び出してどこかへ行っていた、と言われ、勘の良いアイリスに脱帽して渋々説明することになった。
ただし、かなりやんわりと、刺激の少ない程度に。
無事に帰って来たのだ、心配させるような発言は慎むべきだろうから。
ところで、なぜアイリスとルッツにみっともない奴呼ばわりされたかというと、それはルッツのある発言から始まった。
『ときに殿下、助けに来てもらったディアナ嬢が感激して殿下に抱き着いたりとか、そんなシチュエーションにはならなかったのですか?』
アイリスがいることを幸いにと、聞きたくてもクラウスが不機嫌で聞けなかったことを口にした。
『なにそれ素敵!お兄様、どうなんです!?』
食いついてしまったアイリスに、クラウスは苦々しい顔をしてこう答えた。
『……助けに入った時、彼女は誘拐犯とお茶していた。なんで来ちゃったのという顔をされたな』
は?という顔をするふたりに、クラウスはさらに顔を顰めた。
『なんならなぜ私に助けを求めなかったと聞いたら、理由がないからだと答えられたな』
組んだ手を額にあててため息をつくクラウスに、アイリスは同情しつつも、はっきりさせないからだとばっさりぶった切った。
「それにしてもディアナ嬢は鈍感さんですねぇ。殿下はこんなに分かりやすいのに」
「やかましい」
もう仄かな恋心を抱いていることを隠そうともしないクラウスに、ルッツはやれやれと首を振った。
「でもディアナの言うことももっともだわ。さっさと想いを伝えないお兄様が悪いと思う」
おませな発言をするアイリスに、しかし反論できずクラウスは頭を抱えた。
「……自分が悪いことは重々承知だ。ブルーム侯爵令嬢が鈍感なことも。だから、外堀から埋めることにした」
ダン!と机を叩き、クラウスは立ち上がった。
その手には、ある一枚の書類が握られている。
そとぼりをうめるってどういうこと?とアイリスは首を傾げた。
そしてルッツはおやおやと目を見開いた。
「なんの策もなしに正面からぶつかるだけでは、なんだかんだと言い訳をして躱され玉砕するだけだろう。だから言い逃れできないようにする」
きらりと目を光らせたクラウスは、ブルーム侯爵を呼ぶようルッツに指示をする。
「……ディアナ嬢、めんどくさいのに好かれてしまいましたねぇ」
「なにか言ったか?」
ぼそりと呟いたルッツに、クラウスが眉を顰める。
「いえ。それでは行ってまいります」
にっこりと笑うルッツを見送り、アイリスはクラウスの顔をじっと見つめる。
「……お兄様、ちゃんと気持ちを言葉にしないと駄目よ?ディアナもよく言っているわ。ええと、タイドに出すだけじゃ駄目だって」
「……肝に銘じておくよ」
期せずしてアイリスの助言が刺さったクラウスは、胸を押さえてそう答えたのであった。
* * *
誘拐事件からしばらく、毎日は穏やかに過ぎていっている。
いや、忙しいことは忙しいんだけどね?
このところお父様は殿下によく呼び出されているみたいだが、おそらくアルフォンスとユリア嬢のことだろう。
ふたりの処遇がどうなるのかは詳しく聞かされていないが、ふたりとも反省しているとの話を聞いた。
クロイツェル公爵は直々に謝罪に来て下さって、涙ながらに頭を下げてくれた。
親族から後継者を出すつもりだと言っていたから、やはりアルフォンスは次期公爵にはなれないのだろう。
それはまあ仕方ないよね、それぐらいのことをしてしまったのだから。
ユリア嬢は今頃どうしているかしら。
落ち込んでいないと良いけれど……。
そんなことを考えながら私室でお茶を飲んでいると、コンコンと扉がノックされた。
どうぞと応えると、ミラが現れる。
「あらミラ。どうしたの?」
あの時私と一緒に襲われたミラだが、こうして元気にしている。
侯爵家に一緒に戻ったレンに魔法制御装置のブレスレットも外してもらったし、傷も負っていなかった。
『私がついていながら……申し訳ありませんでした!』
そう言って泣きながら謝罪してきたミラにも悪いことをしてしまったなと思う。
「先程お戻りになられた旦那様が、お嬢様にお話があると。……そこの護衛(仮)も一緒に」
ミラがちらりと私のうしろに視線を送る。
「ひでぇなぁ。(仮)は余計だろ」
その視線の先には、けらけらと笑うレンがいる。
あの後よくよく話を聞くと、やはりレンは孤児院に多額の仕送り……というか援助をしていたことが分かった。
孤児院は貧しく、お金はあればあるだけ困らないと。
仲間と共によく顔も出しに行っているらしく、孤児院の子ども達からも懐かれているのだとか。
それならば……と私は提案したのだ。
『お金が必要なら、このまま私の護衛として働くのはどうかしら?無闇矢鱈と依頼を受けると、“胸くそ悪い”ことも多いのでしょう?そんな風に手にしたお金だと知ったら、孤児院のみんなが悲しむんじゃない?』
どうやら図星だったらしく、苦い顔はしていたものの、仲間とも相談して私に雇われることを決めてくれた。
お父様も微妙な顔をしていたが、レンの魔法能力は折り紙付きだ、空間移動魔法も貴重だからなと渋々ながら了承してくれた。
「さあお嬢様、お支度をお願いします」
「無視かよ」
誘拐現場にいたミラは猛反対し、今でも納得していないみたいだけれど。




