元悪役令嬢とヒロイン8
間違っていない、はず。
それなのに目の前の王子様がものすごく睨んでくる。
「で、殿下?」
「……そうか、そうだな。君の言う通りだ」
だが恐ろしい形相だったのも一瞬で、はあっと息を吐くと殿下は座席の背もたれに寄りかかった。
しかも行儀悪く足を組んで。
な、なんなんだ一体……。
「……悪いが少し考え事をする。私に構わず、楽にしていてくれ。そこの何でも屋とやらと話しをしていても構わない」
そういうと殿下は目を瞑ってしまった。
よく分からないけれど、私は間違ったことを言ってない……ということで良いんだよね?
楽にしていてくれと言われたし、少しくらい肩の力を抜いても良いかしら。
と、そこで殿下に言われて黙っていたレンと目が合った。
あ、そういえば。
「ね、レン。これ、外してくれる?」
「ん?ああ、魔法制御装置な。悪い、忘れてた」
忘れないでほしいのだが……。
一瞬ジト目にはなったが、素直に外してくれたので良しとしよう。
「ありがとう。……って言うのも変だけれど。それにしてもとても良くできた制御装置ね」
「ああ、俺と仲間が作った」
「作った!?」
なんとお手製だったとは……。
「へっ、へえ。魔法が得意なんだろうなぁとは思っていたけれど、魔導具まで作れるなんて、すごいのね」
「俺は魔力を注いだだけ。ほとんど仲間の力だ」
なんと、仲間の中には優秀な魔導具師がいるのね。
レンの魔法もかなりのものだけれど……。
何でも屋なんてやらなくても、王立の魔術師団とか、結構良いところで雇ってもらえるんじゃない?
「なんで何でも屋なんてやってんだって顔してんな。まあ俺達は平民、それも孤児だからな。親もなければ学もねぇ。マトモなところはそうそう雇ってくれねぇんだよ」
ぽろりと零したレンに、私は目を見開く。
「生きるためには胸くそ悪い依頼も受けなきゃならねぇ。理不尽な思いだって何度もしてきたさ。それでも俺は、俺達は、こういう風にしか生きられねぇし働けねぇんだ」
どこか自嘲めいた笑み。
そうか、この飄々とした男にも色々な事情があって、精一杯生きているんだ。
「……いつか」
ぽつりと呟く。
「いつか、誰でも平等に学ぶことができて、職業も自由に選べる世界になると良いわね」
前世の日本が百パーセントそうだったとは言えないけれど、ある程度の平等と自由はあった。
この世界はまだまだそんな不平等と不自由に溢れているのだなと考えたら、胸が痛んだ。
「……軽蔑しないんだな」
「まさか。……貴族令嬢なんて無知なことばかりで、自分が情けなくなっただけよ」
けれど、その事実を知ることができたなら、変えようとすることはできるかもしれない。
ちらりと目を瞑ったままの殿下を見る。
きっとこの話を聞いているだろう。
私もなにかできることがないか、帰ったら落ち着いて考えたい。
「そんな境遇でも技術を磨いて、そんなに魔法が得意になったなんて、レンはすごいわね」
必死に生きようとするその姿は、努力と我慢を積み上げた結果なのだろう。
「……お嬢サマ、まじで変わってんのな」
私の褒め言葉に照れたのか、レンはぷいっとそっぽを向いてしまった。
けれど髪の間から見えた耳は、少しだけ赤くなっていた。
「ありがとうございました」
「本当に学園で良いのか?疲れているのだから、まっすぐブルーム侯爵家に帰っても……」
「いえ。幼等部のみんなに無事だと顔を見せたくて。きっと心配しているだろうから」
王都に着き、私は学園で降ろしてくれないかと殿下に頼んだ。
刃物を向けられ、私が攫われるところに立ち会うことになってしまった子ども達の心のケアをしたかったから。
明日でも良いのではと言われるかもしれないが、少しでも早く安心させてあげたい。
「……そうか。あまり無理はするな。私はこのまま王宮に戻るが、なにかあれば知らせてくれ」
「なにからなにまですみません。お忙しい殿下に手間を取らせてしまって……」
レンと共に馬車を降りて殿下に挨拶をする。
忙しいのに、本当に申し訳なかったな。
「でも、ありがとうございました。殿下が助けに来て下さって、驚きましたけど、嬉しかったです。まぁアイリス様の教育係だからかもしれませんけど……」
お礼を言いながら途中で少し恥ずかしくなってしまい、最後はそんな変な言い方になってしまった。
苦笑いを零すと、殿下がムッとした顔をした。
「私は、アイリスの教育係だから君を心配したわけじゃない。誤解しないでくれ」
「え……。そ、そうでしたか、失礼しました」
そんなつもりではなかったのだが……。
でも、ただ私を心配して助けに来てくれたのだと真っ直ぐ言葉にしてくれて、胸が温かくなる。
「……では、なおさら嬉しいです。本当にありがとうございました」
もう一度頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
ぱっと顔を上げると、なんとも言えない顔の殿下が目に入った。
「?どうかされましたか?」
「〜〜〜っ、なんでもない!今日は無理せず早く帰れよ。明日は来なくても良いからゆっくり休んで、明後日からまたアイリスのことを頼む!」
殿下はまくし立てるようにそう言うと、馬車の扉を閉めてさっさと走らせて行ってしまった。
ひょっとして照れたのかしら?
そういえば殿下ってば前世の私よりも年下なんだものね。
女性に冷たいって話も聞くし、ああいうことを言い慣れていないのかも。
そう思うとなんだかおかしくて、くすりと小さな笑みが零れた。
「……お嬢サマ、なかなかやるな」
一連のやり取りを見ていたレンが、そこで初めてぼそりと呟く。
「ええ?なにが?それよりほら、もう少しだけ付き合って頂戴。あ、あなたがあの時の誘拐犯だってことは子ども達には内緒ね」
「分かってるよ。俺達も別に好きでガキ相手にあんなことしたわけじゃねぇし」
幼等部に向かってレンとふたり、並んでそんなことを話しながら歩く。
どうやらレンは、小さな子どもが好きみたいだから、子どもを引き合いに出せば私が大人しくついてくるだろうって、ユリア嬢に聞いていたみたい。
「ずっと孤児院に世話になってたからな。ガキにそんなことするのかよって胸くそ悪かったけど、仕方がなかった。すまん」
落ち込んでいる様子を見ると、どうやら後悔しているようだ。
子ども達に本当のことを話して謝る?とも提案してみたのだが、ただでさえ人相が悪くて怖がらせてしまうだろうから離れたところで待ってると断られた。
子ども達のことを考えてくれているあたり、優しいところもあるのだろう。
「……ひょっとして、何でも屋なんてやってるのは、お世話になった孤児院のためだったり、する?」
「はぁ!?……おまえに関係ねぇだろ、黙っとけ」
当てずっぽうだったのだが、否定しないあたり、あながち間違いではないらしい。
「ふふ」
「〜〜っ、んだよ、なにか言いたいことでもあるのか!?」
「別に?分かりやすいなぁと思って」
「うるせぇ!」
そうしてレンをからかっているうちに幼等部に着き、子ども達や教師達に心配をかけたことを謝罪した。
みんな泣いて良かったと言ってくれて、子ども達とはたくさんハグをした。
「でぃあなさま」
その中のひとりが、くいくいと私の袖を引っ張った。
「あのまっくろいふーどのひとたち、わたしたちをはなしてくれるときに、『ごめんな』ってあやまってたの」
それを聞いて、目を丸くする。
「わたしもきいた!そんなにわるいひとたちじゃないかもって、おもったよ。だからでぃあなさまのことも、きっとだいじょうぶっておもってた!」
「……そっか。そうかもね」
少し離れた所で私達のことを見つめているレンの方をちらりと見る。
なんだ、ちゃんと謝ってたんじゃない。
「でぃあなさま?わたし、へんなこといった?どうしてわらってるの?」
「なんでもないの。みんなが無事で良かったわ!」
もう一度笑顔で子ども達を抱き締める。
こうして、私の誘拐劇は幕を閉じたのだった。
早朝から仕事だったため、こんな時間の投稿になってしまい、すみません。




