元悪役令嬢とヒロイン7
「い、色々と肝が冷えたけれど……とりあえず良かったわね」
「はい……。あの、お世話をおかけしました」
ユリア嬢が深々と私に頭を下げた。
今、この部屋には私とユリア嬢のふたりだけだ。
最後に話したいことがあるからと、お父様と殿下、レンには退室してもらった。
お茶を淹れ直し、もう一度ソファに隣り合って座る。
「……ここがゲームの世界だって、皆さんにお話ししなかったですね」
「そりゃ、ね。自分達の存在が作られたものだなんて言われて、喜ぶ人なんていないもの。それに、ゲーム通りなことばかりじゃなかったでしょう?この世界の人達は、ひとりひとり意志と感情を持つ、ひとりの人間よ」
そうですねとユリア嬢は俯いた。
そろそろ目を逸らさずに、ここが現実なのだと、ここで生きていかなくてはいけないのだと、自覚しなくては。
「怖かったし、寂しかったよね。突然今までの日常が失われて、家族とも、友達とも会えなくなったんだもの。私だってたくさん泣いたわ」
「え……?ディアナ様が……?」
にっこりと微笑み、ユリア嬢の目を見つめる。
本当に愛らしい、かわいらしい顔をしている。
ヒロイン転生、だなんて、突然ゲームのタイトルと同じ状況に置かれて、知らない人に囲まれて。
まして、彼女は平民として暮らしていたところを急に引き取られた身。
頼れる人も少ない、そんな状況は元々のユリア嬢も心細かっただろうし、その中でまだ十二歳で死んだ前世の記憶が戻ったのだ。
――――ゲームの世界を楽しもうと現実逃避しなければ、正気を保てなかったかもしれない。
「そ。泣けば良いのよ。泣いて、悲しんで、もっとあんなことしたかった、こんなことしたかったって泣いて、泣いて。それからこの世界で幸せになろうって前を向くの。ちゃんと悲しんであげないと、友梨ちゃんも、その家族も友達も、かわいそうじゃない?」
私だって前世でたくさん理不尽な思いをしたし、我慢したことも多かった。
それでもやっぱり、楽しかったこともあるし、大好きだった人もたくさんいる。
――――子ども達との時間だって、どれもこれも大切な思い出。
「……今更泣くなんて、遅くないですか?」
「そんなことないよ。友梨ちゃんのことをちゃんと悲しんであげて。それから、こっちではもっと幸せになるからねって、お別れしてあげよう?」
じわりとユリア嬢の目元が潤む。
ずっとずっと、不安だったね。
私に比べると華奢な、今は特に小さく見える身体をそっと抱き締める。
「落ち着くまで、こうしていてあげるから。誰も見てない、思い切り泣いて良いんだよ」
震えるその手が私の背中にまわり、きゅっと背中側の服を掴んだ。
くぐもった嗚咽が聞こえ、泣きじゃくるユリア嬢の背中を優しく撫でる。
私の時も、女神様が落ち着くまで見守ってくれていたっけ。
こうして崩れ落ちないように支えることはできるけれど、前を向いて、立ち上がることはユリア嬢自身にしかできない。
けれど、素直な心の彼女なら、きっと。
「お互い、幸せになれるように頑張りましょうね」
ユリア嬢だけじゃなくて、私も。
一緒に頑張ろうって言える相手がいるということが、私にとっても大きな心の支えになるのだと、その時感じたのだった――――。
「――――それで、あの子爵令嬢はもう大丈夫なんだね?」
「はい。たくさん泣いて、スッキリしたみたいです。これからのことをちゃんと考えたいと言っていました」
誘拐事件が一件落着し、私は殿下と一緒に王都へと向かう馬車に乗っていた。
ちなみにお父様はアルフォンスのことや後処理が色々あるからと一日だけ残ることになった。
目覚めた時にあのお父様の氷結の眼差しがあるのだ、アルフォンスにはちょっぴり同情する。
そしてレンはというと……。
「それにしてもおったまげたぜ。前世だのなんだの、世の中には奇妙なことがあるもんだな」
私達と一緒に、馬車に乗っている。
しかも殿下の隣に。
さすがに殿下とふたりきりは……と躊躇していた時に、この際だから最後まで護衛してやるよと申し出てくれたのだ。
お父様は苦い顔をしていたが、殿下と私をふたりにするのも嫌だったようで、仕方なくそれを了承したという感じだ。
……殿下は全く納得していないみたいだけれど。
「……護衛なら護衛らしく、黙っていてはどうだい?」
隣に座るレンに鋭い視線を向けている。
「うわ、王子サマこえーなぁ。余裕がない男はモテませんよ?あ、ちょ、待って下さい、冗談ですって!分かりました、黙ってますから!剣を抜くのは止めて下さい!」
殺気を込めて剣に手をかける殿下に、レンが慌てる。
……王都に着くまでこのメンバーって、きっついわぁ……。
はあっと深いため息をつきたくなるのを我慢し、窓の景色に視線を移す。
クロイツェル公爵領、街は活気に溢れているし領民達の表情も明るい。
公爵は父親としてはうまく振る舞えなかったかもしれないが、領主としてはピカ一なのよね。
本当に、人間ひとりを育てるということはままならないものだ。
「……ところでブルーム侯爵令嬢、なぜ私に助けを求めなかったんだ?」
すると急に殿下がそんなことを尋ねてきた。
あ、呼び方、戻ってる。
「なぜって……えっと、理由がないから?」
理由?と殿下が眉を顰めた。
「だって一国の王子殿下相手に助けて下さいって……。そんなの、親族や婚約者くらいしか言えませんよね?アイリス様が一緒に攫われたのなら迷いなく殿下に知らせますけど……」
え、私間違ったこと言ってないよね?




