元悪役令嬢とヒロイン6
渋々も渋々、かなり不本意そうに顔を顰めてはいるが、たしかに私の気持ちを尊重すると言ってくれた。
「あ、ありがとうございます、殿下!」
思わずソファから腰を上げる。
「だが!侯爵も言っていたが、全くのお咎め無しは駄目だ。子どものしたことだ、数名しか知らないことだとはいえ、罪は罪。しっかりと償ってもらう」
「……はい」
ユリア嬢もそれに頷き返した。
「……私はディアナ嬢の前世の話も聞いていたからな。幼くして亡くなったという悲しみ、絶望は計り知れないし、現実逃避したいという気持ちになっても仕方がないのだろう。まだやり直せるとディアナ嬢が判断したのならば、私もそれに従おう。……アイリスの道を正してくれた彼女の訴えだからこそだ。フランツェン子爵令嬢、ディアナ嬢に感謝することだな」
厳しい表情ではあるものの、そう言ってやり直す機会をくれた殿下に、ユリア嬢はもう一度頭を下げた。
アイリス様と同じように、ユリア嬢にもやり直せる可能性がある。
そう判断してくれたということだろう。
「しかし」
とそこで、殿下の声がワントーン低くなった。
「クロイツェル公爵令息については別だ。彼にはそれ相応の罰を与えるつもりだ」
う、うしろに黒い炎がメラメラと燃えているのが見える。
これが騎士団で噂になっていた魔王様モードなのだろうか。
「そ、そうですね。あの、でも、一応未遂でしたし……。お、お手柔らかに?」
「……ディアナ嬢は優しいな。しかし私はそう甘くはない。なるべく冷静に対応するつもりだが、約束はできないな」
にこっと殿下が微笑むと、ひゅうっと室内の温度が急低下する。
「ヤツに同情の余地などない。クロイツェル公爵には悪いが、きっちり落とし前をつけさせてもらう」
笑っているのに笑っていない。
その目が容赦しないと物語っている。
こ、こわぁぁぁぁ!!!!
うんうんと大きく頷き、お父様もそれに同意した。
アルフォンス、終わったわね……。
ムカつく奴だったけれど、同情するわ。
手を合わせてその成仏を祈る。
「ま、待って……下さい。ディアナ様も、縁起でもないから、そんな風に手を合わせないで」
私達の様子に、慌ててユリア嬢が止めようとする。
「アルフォンスのこと、こ、殺したりなんて、しませんよね……?」
不安気な様子に、まああんな奴だけどユリア嬢にしたら好きな人なのだから当然かと息をつく。
「それはないから、安心して。そうね……次期公爵の座は難しいだろうし、ひょっとしたら貴族籍の剥奪もありうるかもしれないけど」
生温いとお父様が呟いたが、聞こえなかったことにした。
「でも、彼にもちゃんと償ってもらわないと。いけないことを自覚して、反省して。それからじゃないと人は変われないから」
アルフォンスもまた未熟なのだと思う。
けれどユリア嬢とは事情が違う。
それ相応の罰は受けなくてはいけないし、超えてはいけない一線というものがあるのだと知らなくてはいけない。
幼い子どもでも一緒。
なんでも許されて、優しくされているだけでは分からない。
悪いことをした時はきちんと叱って、やって良いこと悪いことがあるし、人が相手ならばその人にも感情があり、嫌だと思うことがあるのだと教えないといけない。
きちんと叱ることができない親が増えてきている!って前世のベテラン先輩が嘆いてたっけ。
「私も、彼には反省して、変わってほしいと思ってる。クロイツェル公爵のためにも」
子育てとはままならないものだ。
ひとりの人を相手にするということは、シナリオ通りにはいかないものだから。
「……そう、ですよね」
心配そうにはしているが、ユリア嬢も納得した様子だ。
「……アルフォンスのことが大切なら、あなたも支えてあげて。一緒なら、励まし合えるから」
次期公爵の座には戻れない、貴族籍の剥奪もあると伝えても、アルフォンスのことを見捨てようという素振りがない。
それだけ心から想える相手ならば、彼女達にはこれから頑張ってもらいたい。
こくんと頷くユリア嬢の頭を、そっと撫でた。
「……さて、これで大体の話は終わりだな。今後については、私やブルーム侯爵、クロイツェル公爵と話し合いをさせてもらう」
「はい、よろしくお願いします、殿下」
とりあえず丸く収まりそうだとほっとする。
だが最後に……と殿下はちらりとレンの方を見る。
「彼については、どう対処して良いのかな?」
「あ、俺?」
レンがへらりと返事をしたが、これはまずい。
なんていったってレンは誘拐の実行犯。
けれどその実、私の貞操を守ってくれた人でもある。
「あ〜え〜っと、彼は……」
しどろもどろに説明しようとするが、殿下を相手に誤魔化せる気がしない。
「な、何でも屋!そう、何でも屋です!お金さえ払えば大体のことを請け負ってくれる仕事人!」
ぽっと思い立った言葉、“何でも屋”。
なにも思いつかないのだ、これで押し通そう!
「捕まった私を助けてくれるよう、依頼したんです!実は彼がアルフォンスに睡眠薬を盛ってくれたから、眠ってしまっているんです!お父様が助けに来てくれるまで護衛してくれるって、それで!そ、そうだお父様、彼にはお礼をはずまないといけませんね!」
ちょぉっと盛った感はあるけれど、嘘は言っていない。
お金を払うとレンには言っていないが、助けてくれたのは事実、お礼をするのは自然なことだろう。
ユリア嬢やアルフォンスについて配慮してほしいと言ったのに、レンだけ悪者にするわけにはいかない。
適当なことをペラペラとしゃべってしまったが、ユリア嬢が黙っていてくれることだけが幸いだ。
「おっ、お礼してくれんのか?ラッキー」
うるさいわねレン、もうちょっと謙虚にしてなさいよ!
怪しむお父様と殿下の視線に、冷や汗が止まらない。
うっ……すっごい居心地が悪い。
お願いだから分かったと言って下さい!!
「……仕方ないな、君がそう言うなら」
「殿下がお許しになるのなら、従いましょう。娘に免じてそういうことにしておいてやろう」
た、助かったぁぁ!!
最後の最後に寛大だったふたりに感謝し、こうして長い説明会を終えたのだった。




