元悪役令嬢とヒロイン5
昨日夜に一話投稿しております。
まだお読みでない方はひとつ戻ってお読み下さい。
「……信じろと言われてもすぐに全てを信じることはできないが……」
「ディアナ嬢の前世については知っていたけれど、これまた信じがたい内容だったね」
とりあえず転生のことをなにも知らないお父様のために、私は最初から説明することになった。
前世の私のことはある程度割愛したけれど。
でも前世で勤めていた園のことを話せば、私が急に幼い子ども達の相手をするようになったことに納得した様子だった。
「それで?そこのフランツェン子爵令嬢の中身は、実は十三歳の子どもだっていうんだね?」
殿下の問いに、私の隣に座るユリア嬢が不安気にこくりと頷く。
はじめこそ興奮していたユリア嬢も、殿下とお父様の醸し出すぴりりとした空気に、さすがに気遅れしたようだ。
厳しい目付きで見られたら、誰だってそうなるだろう。
前世十二歳で亡くなったユリア嬢は、こちらの世界で一年を過ごした。
つまり中身は十三歳、中学二年生だ。
中二病、なんて言葉も前世では流行ったけれど、ゲームや漫画、異世界に憧れて現実を見ることができていない気がする。
その年で亡くなって、ちゃんと泣けたのかな。
家族や友達との別れを、友梨ちゃんとしての人生を道半ばで終えたことを、ちゃんと悲しむことができたのだろうか。
……このことについては後でふたりで話すとして、とりあえず今はお父様と殿下の説得だ。
「学園に編入する日に前世のことを思い出したようです。それで、前世とは全く違う、まるで物語の中のようなこの世界に、胸を躍らせたのだそうです」
私の説明にふたりは静かに頷いた。
「キラキラした王子様や貴族のいる世界なんて初めてで、見目麗しい男性に仲良くしてもらえて、有頂天になってしまったようで……。その、元々記憶を取り戻す前も彼女は平民育ちでしたし、前世ではそういう貴族とか爵位とか、そんなもののない生活だったため、こちらの常識やマナーが一切分からず……。失礼な言動や非常識なふるまいも多かったのではないかと思われます」
ユリア嬢は黙って俯く。
批難されているみたいで居心地が悪いのだろう、けれどそれはちゃんと受け止めないといけない。
「その中で、ユリア嬢は、その……私に、憧れの気持ちを持って下さったようで……。自分で言うのもなんですが」
予想外だったのだろう、思わぬ話の方向に、お父様と殿下の目が僅かに見開かれる。
「それでその……私とアル、いえクロイツェル公爵令息と三人で暮らしたいと思うようになったみたいで」
は?
ふたりからそんな声が漏れ出そうな気配がしたが、ぐっと眉を顰める。
「そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、それが真実なんです。彼女はただ大好きな人と憧れの人に囲まれて暮らしたいと、その一心で動いていた。そこに別の思惑などなかったと思います」
ふたりが唖然とするのも当然だ。
それくらい、普通に考えたら非常識なことだもの。
「幼い彼女は、貞操観念についても知識が浅い。既成事実という言葉を知っていても、その中身をよく分かってはいないんです。だから簡単に今回の事件を起こしてしまった」
そっと隣のユリア嬢に視線を送る。
未だ俯いたままの彼女は、私の袖を控えめに握ってきた。
「結果的に私も無事でしたし、無知な幼い少女の行ったこと。諭し正すことは必要だと思いますが、情状酌量の余地はあるかと。……前世での突然の死で、彼女自身も混乱しているはずです。まだ現実を受け入れられていない、私はそう思いました」
ユリア嬢の中で、きっと友梨ちゃんの死はまだ受け入れられていない。
お伽噺の中に紛れ込んだような、ゲームの世界を体験しているような、そんな気持ちなのかもしれない。
「今回のことは幸いにも、お父様と殿下、私の侍女と幼等部の子どもと教師数名くらいしか知らないはず。どうか、幼い子どものしたことと、彼女に温情をお与え下さい。お願いします」
頭を下げる私の隣で、ユリア嬢が鼻をすすった。
泣いているのだろう、ごめんなさい……と声を震わせながら私と同じように頭を下げてくれた。
沈黙が落ちる中、私達は俯きつつも少しだけ頭を上げる。
そんな私達を見つめながら、殿下が徐ろに口を開いた。
「……ところでもうひとりの首謀者、クロイツェル公爵令息はどこに?」
あ。
忘れてた。
ぱっと上げた顔に思い切り出ていたのだろう、殿下に胡乱な目をされたが、慌てて説明しようとする。
しかし、そこの何でも屋に睡眠薬を盛られてグッスリでーす☆とはさすがに言えず、体調が悪いのか早めに休んだようですと言っておいた。
「はぁ……わけの分からない話ばかりで正直戸惑っているが、とりあえずディアナが無事だったのだ、良しとしよう。クロイツェルの倅はともかく、その少女の件は一旦保留にさせてもらう。……なんのお咎めも無しとはいかないが、同情はする」
「ありがとうございます、お父様!それと、心配かけてごめんなさい。こんなに早く助けに来てくれるなんて、嬉しかったです」
渋々ながらも受け入れて下さったお父様に、お礼と謝罪を述べる。
あとは殿下だけれど……。
ちらりとその無表情な顔に視線を移す。
う、全然納得してない気がする。
そもそも忙しい殿下には(私が呼んだわけではないけれど)ここに来てくれたことでも迷惑がかかっている。
忠告までしてくれたのに、あっさり捕まった私に呆れているかもしれない。
その上ユリア嬢はまだ子どもだから見逃してあげて下さい〜って、無茶言ってるよね。
「あの、殿下……」
「……不本意ではあるが、被害者であるディアナ嬢がそう言っているのならば、その気持ちを尊重しよう」
おずおずと声を掛ける私に、深いため息をついて殿下はそう答えてくれた。