元悪役令嬢とヒロイン3
「――――ええ、そうよ。私もあなたと同じ、転生者。元日本人のね」
私がそう答えると、レンが少しだけ肩を揺らしたのが見えた。
「やっぱり!私も同じ日本人です!私達、仲間ですね!」
手をぱちんと合わせて、嬉しそうにユリア嬢が声を上げた。
その姿を見ても、私に好感を持っているようにしか思えない。
「でも、ここが乙女ゲームの世界だったってことは知らなかったわ。あの卒業パーティーの時にそうなのかもって思ったけれど、確証はなかったし、なんのゲームかも分からないわ」
「そうだったんですね?なぁんだ、じゃああの時クラウス様が助けに来たのは、本当に偶然だったんだ。そっかぁ。私、嫌われていたわけじゃなかったんだ!ふふ、良かった!」
きゃあきゃあとひとりで納得したように盛り上がっているが、私はちっとも理解できていないんですけど……。
「あ、ごめんなさいディアナ様。うーん、でもこのゲームのこと知らないんじゃ、私のこともよく知りませんよね?時間ならたっぷりありますし、私の前世のことからお話ししますね!」
ユリア嬢の勢いに圧された私は、この世界のこと、ヒロインと悪役令嬢のこと、前世のユリア嬢のことを教えてもらうことになった。
うしろのレンのことが気になってはいたものの、ユリア嬢を止めることもできず、最後まで黙ってその話を聞くことになったのだった。
話を全て聞き終えた私は、ユリア嬢に感じていた違和感や疑問を全て解消することができた。
なぜ私に好意を向けてくるのか。
前世でゲームをプレイしていたのに、なぜ浅はかな言動ばかりしているのか。
そして、どうして悪意を感じさせることなく、こんなことができたのか。
『全く悪気なくやっているあの様子は、まるで……』
話を聞く前の、先程の私の考えはやはり当たっていたのだ。
全部理解してしまったからこそ、伝えなくてはいけない。
お父様が助けに来るまでそう時間はかからないだろう、急がないと。
「あのね、ユリア……じゃなくて、友梨ちゃん」
あえて前世の彼女の名前で呼ぶ。
この子は、現実とゲームや漫画の世界の区別がついていない。
誰かが教えてあげないと。
そう思って、ユリア嬢に向かって手を伸ばした、その時。
「――――来る」
突然、レンが声を上げた。
その声にはっとして窓へと駆け寄る。
窓の外から見えたのは――――。
「お父様!と……え?で、殿下!?」
遠目だが、どう見てもあの銀髪のキラキラした人物は殿下だ。
予想外な人の出現に、私は目をぱちぱちと瞬かせる。
ふたりは屋敷の中に入って行き、姿が見えなくなった。
私が助けを求めたのはお父様だけだったのに、どうして?
「ディアナ様?お父様と殿下って、一体……」
「あ、ええと、その。ユリア嬢、落ち着いて聞いてくれるかしら?」
背後で戸惑うユリア嬢のことを思い出し、慌ててソファに座り直す。
もう少し時間があると思っていたのに、なんて素晴らしい早さだ。
それに、まずいわ、お父様だけだったならともかく、殿下まで一緒だなんて。
どうして殿下も一緒なのかは分からないが、このままだと非常にまずい。
手加減してくれるだろうか?
殿下は私の前世のことを一応知っているし、意外と話が通じるかも?
いやでもあの人仕事には一切妥協しないタイプだし、騎士団では魔王とか呼ばれるようになっちゃってたし、腹黒だし、説得は難しいんじゃ……。
頭の中でぐるぐると考えを巡らせるが、こんな短時間で考えがまとまるわけもなく……。
「えっと、ディアナ様、どうし……」
「ディアナ嬢!無事ですか!?」
「ディアナ!ここにいるんだろう!?」
戸惑うユリア嬢の声に被さって、殿下とお父様の焦った声が飛び込んできた。
――――のち、私達の状況を見たふたりの目が点になる。
あああああ……。
「え、ええっ!?ディアナ様のお父様……と、クラウス様?ど、どうしてここに!?なんで!?やだー!お父様近くで見てもすっごくダンディ!クラウス様も素敵ー!!」
突然の来訪者に焦りつつも、黄色い声を上げて興奮状態のユリア嬢。
「……ディアナ、とりあえず無事……のようだな?」
のほほんとソファにかけてお茶を飲んでいました感のある私達に呆気にとられるお父様。
「……ディアナ嬢?いったいどういうことか説明してくれるかな?」
そしてなぜだかよく分からないが、背中に黒いオーラを醸し出す殿下。
「え、ええっと……。と、とりあえず、お茶でも淹れましょうか?」
いつの間に私のこと名前で呼ぶようになったんですか?とはさすがに聞けず……。
「くくっ。助けに来た父親とヒーロー、それに誘拐犯を目の前にとりあえずお茶って、お嬢サマどんだけ変わってるんだよ」
う、うるさいわねレン!
ぼそっと呟いたつもりかもしれないけれど、聞こえてるわよ!
「と、とにかく!ちゃんと話しますから、座って下さい!」
どうしようもないカオス空間になってしまったこの場を収めるべく、まずはみんなをソファへと促したのであった。




