元悪役令嬢とヒロイン2
「ところで、そのフードはずっと取らないつもり?」
「なんだ?俺様の尊顔を拝みたいってか?」
またこの男は……。
「そういう意味じゃないわよ。っていうか、尊顔って言葉は自分で使うものじゃないし。そこまで話してくれたのに、あなたの目を見て話せないのってどうかと思っただけ」
信じてみようとは言ったものの、私の貞操がかかっているのだ。
目は口ほどにものを言うというが、やはりきちんと目を見て、少しでも信じることができる相手だと感じたい。
「……ふぅん?」
「な、なに?嫌なら別に……」
「いや?見られて困るような顔はしていないから、別に良いぜ」
なにか言いたげだったが、レンは荒っぽくフードを取った。
すると、そこからひとつに結んだ紺色の長い髪がさらりと流れ落ちた。
露わになったのは、イメージ通り少し意地悪そうだけれど精悍な顔立ち。
少し吊り上がったその翠の瞳には、しっかりとした意志の強さが見られる。
「……なんだ。もっとこうふわふわ系美少年!とか、ギャップがあって恥ずかしいから隠しているのかと思った」
「なんだってなんだよ!!おまえは俺になにを求めてんだ!?」
つるりと出てしまった私の言葉に、レンはしっかりと突っ込んでくれた。
でも、よく見るととても目鼻立ちの整ったワイルド系イケメンだ。
飄々としたこの男にこんな顔をさせることができただけで、とりあえず良しとしようか。
「ところで時間稼ぎと言っていたけれど、どんな方法でアルフォンスを足止めする気?」
「オイ無視かよ。まあ良いけどよ……。あの坊っちゃんになら、茶に遅効性の緩い睡眠薬仕込んできた。あの嬢ちゃんとお茶を楽しんでたが、そろそろ眠くなった頃じゃねぇか?」
そうか、今は夕方。
どうせ私の捜索が行われていたとしても時間がかかるはずだと思うだろうし、あのアルフォンスのことだ、明日で良いかと気楽に考えて寝てしまいそうね。
遅効性の緩い睡眠薬なら、ただ疲れて眠くなっただけだと思いそうだし。
「レン、仕事ができる男だったのね」
「当たり前だ」
素直に驚き褒めると、レンは鼻で笑った。
「それにしてもあの坊っちゃんはともかく、嬢ちゃんの方は少し気になるな。なんて言えばいいのかよく分からんが……違和感があるというか、得体が知れないというか……」
どうやらレンも私と同じことを感じていたらしい。
ユリア嬢は転生者だ。
この世界の人間からすれば、その言動が変わったものに映るのはそうおかしなことではない。
けれど、おそらく同じ世界から転生してきた私も不気味さに似たものを感じるのは、どういうことだろう。
全く悪気なくやっているあの様子は、まるで……。
コンコン。
私が考え込んでいると、部屋の扉がノックされた。
誰?
まさか、アルフォンス?
ばっ!とレンの方を向くと、彼はいつの間にかソファから壁際へと移動しており、フードを被ってマスクをつけていた。
そして彼が使っていたカップも私の前へと置かれている。
まるで私がひとりでお茶を楽しんでいたみたいに。
……ってそんなことはどうでも良い、先程レンが言っていた睡眠薬はどうなったのか!?
さっと血の気が引いていくのが分かる。
しかしレンはそんな私に気が付くと、ふるふると首を振って違うと囁いた。
「ディアナ様?」
ユリア嬢の声だ。
アルフォンスではなかったことに少しだけほっとしたものの、まだ安心はできない。
「……なにかご用ですか?」
硬い声でそう呼びかけると、カチャリと鍵が開けられた。
入室の許可なんて出してないわよと言いたかったが、今の私は囚われの身。
ノックがあっただけでもマシなのかもしれない。
そうして扉が開かれ、部屋に入ってきたのはユリア嬢ひとりだった。
「ごめんなさい、ディアナ様。本当はアルフォンス様と訪ねるつもりだったのですが……。ディアナ様を無事お招きすることができてほっとしたのか、疲れて眠いとおっしゃっていまして。ひとりで寝室に向かわれてしまったんです」
頬に手を添えて困ったように首を傾げるユリア嬢の仕草は、一見とてもかわいらしい。
大方予想通りの状況なのだと分かり、今度こそ少し安心できた。
「ひとりでいてもつまらないので、ディアナ様とお話ししたくて。付き合って下さいません?」
にっこりと微笑むユリア嬢、おそらくレンが仕込んだ睡眠薬についてはバレていないだろう。
壁際にいるレンのことなど気にする様子もなく、自分の分と私のおかわりの分のお茶を用意し、私の対面のソファに座った。
「うふふ。私、ずっとディアナ様とこうしてゆっくりお話ししてみたかったんですよね」
もじもじとしながら頬を染めるユリア嬢の様子、まるで憧れの人にかける言葉のようで、また困惑する。
「ほら、周りに人がいたら異世界転生の話なんて、できないじゃないですか?ディアナ様も、転生者ですよね?私が知っているゲームのディアナ様とは全然違いますもん」
やはり彼女も転生者。
そしてここは乙女ゲームの世界だったということか。
ユリア嬢はヒロインで私が悪役令嬢、それは間違いないらしい。
「あ、もしかしてこの乙女ゲーム、前世でプレイしたことないです?あの卒業パーティーの時も、婚約破棄イベントのこと、知らなさそうでしたよね」
そう無邪気に聞いてくるユリア嬢は、少しずつ口調がフランクなものになってきている。
ひょっとしてこれが前世の彼女の姿なのかもしれない。
ちらりとレンの様子を窺う。
いきなり前世だの異世界転生だの、彼にとってはわけの分からない話のはず。
このまま正直に答えて良いものかと思ったが、フードを被ってマスクをつけたレンの表情は全く分からない。
ふたりして頭おかしいのか?と思われそうだが、ここは仕方がないだろう。
だって私も、ユリア嬢に聞きたいことがたくさんあるもの。
「もう、ディアナ様聞いてます?あんな何でも屋のことは気にせず、私とおしゃべりして下さいよ」
むうっと頬を膨らませるユリア嬢に向かって、私は観念してゆっくりと口を開いた。




