元悪役令嬢とヒロイン1
目を覚ましてから数時間後。
ここがどこかは分からないけれど、連れ去られた部屋、普通の貴族の屋敷の一室らしき場所で私はひとり過ごしていた。
いや、ひとりではない、ふたりでだった。
「お嬢サマ、攫われたってのに落ち着いてるのな」
「……取り乱したいのは山々だけれど、随分フレンドリーな誘拐犯を前にそれをやって良いのか悩んでいるのよ」
眉間の皺を深くしてそう言えば、ソファで寛ぐ男はカラカラと笑った。
そう、この男は、先程私を攫った黒フード達のリーダー。
名前はと聞けば、レンとでも呼べと言われたので、そう呼ぶことにしている。
ちなみに、マスクは外したものの相変わらずフードは被っているので、その容姿はよく分からない。
口元だけ見た感じ、整っている気はするが。
「レン、あなた一応私が逃げないようにとつけられた見張りなのでしょう?私が言うのもなんだけれど、そんなに寛いでいて良いの?」
「はは、本当にお嬢サマがいう台詞じゃねぇな。大丈夫、ちゃんとアンテナは張ってるから」
本当に……?と胡乱な目つきでお茶をすするレンを見つめる。
そのお茶も、レンのためではなく私のために用意してくれたもの。
……ユリア嬢が。
なんだかもう、色々とわけが分からないというか非常識というかぶっ飛んでいるというか、とにかく戸惑いの三文字が私の頭を占めている。
昨今の誘拐ってこんなユルい感じで行われるものなの!?
いやいや、そんなわけないわよね!?
常識で考えてはいけないような気になって、くらりと目眩がする。
ちらりと自分の腕にはめられたブレスレットを見つめる。
……外せそうにはないわね。
「それを外すのは諦めた方がいい。無理矢理外そうとすると、大きな抵抗がかかって雷に撃たれたみたいな衝撃を受けるらしいからな」
もぐもぐとお茶菓子のクッキーを頬張りながら、レンが忠告してきた。
私の考えていることが筒抜けなあたり、本当に気を抜いているわけではないらしい。
「そのようね。見た感じあなたも強そうだし、魔法も使えないとなるとここからひとりで脱出するのは難しそうね?」
「察しがよくて助かるな。そ、無傷でいたいなら、あんたはこのままじっとしていた方が良い。……だからって無事だとは限らねぇけどな」
あ、まただ。
軽口のようでいて、どこか憐れみを含んだような声。
「……このまま大人しくしていた場合、私はどうなるのかしら?」
考えたくないので考えないようにしていたことを聞いてみる。
「お嬢サマなら分かってると思うけど?」
……やっぱり?
アルフォンスとユリア嬢の当初の目的は、私をアルフォンスの第二夫人にすること。
理由は恐らく、次期公爵夫人としての責務(なんなら公爵の責務も)を私に押し付けるため。
けれどお父様にもクロイツェル公爵にも却下され、こうした暴挙に出たのだろう。
だが、貴族の誘拐はかなり重い罪である。
攫った相手の爵位が高ければ、死罪の場合だってある。
けれど、攫われたのが女、特に未婚の女性だった場合、救出されてもとんでもない醜聞が一生つきまとうことになる。
そう、“穢された”という、貴族令嬢として致命的な醜聞が。
だから年若い令嬢の誘拐は、家族が公にしたがらないのだ。
つまり今回の場合、既成事実を作ってしまい、アルフォンスと結婚せざるを得ない状況にするということ。
元々婚約していた相手、元サヤに戻ったのだろうと思う人が多いだろうしね。
というわけで、平たく言えば私は今、貞操の危機にあるということだ。
「絶対イヤ」
スパッと言い切る私に、レンは声を上げて笑った。
「スゲェ顔すんのな、お嬢サマ。あんた本当に貴族?」
「盛大に顔を顰めたくもなるわよ。あんなやつに襲われるなんて、死んでもゴメンだわ」
今度はズキズキと頭が痛む。
お願いだから誰か夢だと言ってほしい。
私は前世の記憶があり、なおかつそういう経験がなかったわけではないから、普通の貴族令嬢よりは絶望感は少ないと思う。
だからって嫌いな相手に襲われるのなんて絶対無理!だけど。
でも少しは冷静になって考えることができる。
時間はそう残されていない、この状況を打破する策がなにか――――。
「だよなぁ。さすがの俺もお嬢サマには同情するぜ。ま、あんまり悲観するなよ。その内助けが来るんだろ?」
ひとり考え込んでいると、レンがそう言った。
“来るんだろ”?
レンの言い方に眉を顰める。
まるで、助けが来ることを知っているかのようだ。
「……あなた、知っていたの?」
「まーな。伊達に魔法使って何でも屋なんてやってねぇよ」
レンって何でも屋だったんだ。
そんなことを思いつつ、とりあえず本当に分かっているのか質問をしてみた。
「いつから気付いていたの?」
「後ろ手に魔法使ってるところから。まあそれくらいの抵抗なら良いかと思って、知らねぇふりしてた」
なんと、最初からではないか。
余裕ぶっこいているというか、自信があるのだなというか……。
背中から肩のところに移動してきた羽虫にそっと触れる。
そう、この子は教師やお父様に助けを求めるために作った羽虫と共に、私の居場所を知らせるために魔法で作り出したもの。
GPSのような役割を持っており、恐らく今、お父様がこの羽虫の魔力を辿って助けに来てくれているはずだ。
「助けが来るまでの時間稼ぎくらいはしてやるから、安心しろよ。どうせ俺達の仕事はあんたを攫ってくるところまでで終わってるんだ。攫った後にどうなるかなんて、俺の知ったこっちゃねぇからな」
にやっとレンが笑う。
この人……。
「……どういうこと?あなた、私が逃げないように見張りに来たと言っていたわよね?」
「ついでにお嬢サマを見張っててやろうか?って俺だけ残ったんだ。だから別に仕事じゃねぇ。それに、助けが来るまで無謀に逃げないように見張ってるだけで、嘘はついてねぇからな」
口元だけでも分かるにやにやとした笑み、この男もなかなかの性格をしている。
「……どうして私を助けてくれるの?私、あなたと面識はなかったはずだけれど?」
「初対面だから安心しろよ。まあなんだ、ただの気まぐれだから理由なんてねえ。強いて言うなら、あんたが貴族にしてはあんまり嫌なヤツじゃなかったから、か?さすがにあの依頼人の坊っちゃんとお嬢ちゃんのやり方は胸糞悪ぃなと思ってたしな」
……本当に誘拐犯にしてはよくしゃべる男だ。
しかし呆れはあるものの、彼の言葉には妙に説得力がある。
この男を信じてみても良いのかもしれないと思い始めた。
「……分かったわ。あなたを信じてみる」
はあっと大きなため息をついて、レンの向かいのソファに腰を下ろした。




