今世の推しは、天使な弟です!3
その澄んだ瞳の女の子を見つめる。
いかにも純粋そうな、かわいらしい五歳くらいの少女は、じっと私の顔を見上げている。
か、かわいい……!
「馬鹿!メイ、だめだ!」
少女と見つめ合っていると、子どもの中では年長者らしき男の子が横から割って入ってきた。
「こいつ……いや、この人は、かんしゃ……いや、お嬢様だよ!馴れ馴れしくしちゃダメだろ!」
少年よ、こいつだの癇癪だの、本音がダダ漏れだよ……。
周りの子達も私のことすごい警戒してるじゃん……。
「いや、私こそごめんね。遊んでいたのに邪魔して。君が言った通り、私はここのブルーム家の娘、ディアナよ。君達は、どこの子?」
怖がらせてはいけないので、とりあえずしゃがんで目線を合わせる。
努めて優しく話しかけると、少女は目をぱちくりとさせ、少年は驚いたように口をあんぐりと開けた。
「お、俺……いや、僕達は、屋敷の使用人達の子どもだ、です。ここは使用人棟から近いから、遊び場にしてて……」
なるほど、彼らは両親共に我が家に勤めている使用人達の子どものようだ。
それにしても拙いながらも一生懸命丁寧に話そうとする姿はかわいらしい。
「そう。あなたはメイちゃんっていうのね。そっちのボクは?」
「……タクト。メイは僕の妹だ……です」
おや、兄妹だったのか。
年の離れた妹を守ろうと必死なのね、かわいい。
「そっか。私なにか面白いことないかなぁって散歩してたんだけど、良かったら一緒に遊んでくれない?」
「かんしゃくおじょーが!?」
仲間に入れてほしいなぁとお願いすると、うしろの方からそんな声が聞こえた。
な、なるほど。
私は使用人達の間で癇癪お嬢と呼ばれているのか。
「そう、癇癪お嬢だったんだけどね、怒るの止めたの。良いことないなーって」
「そうなの?」
するとうしろで様子を窺っていた子どもたちが、そろそろと近付いてきた。
よしよし、子どもは素直ね。
「うん。悪い子しててもお父様、叱っても褒めてもくれないしさ。もう小さい子どもじゃないんだし、いい加減オトナになろうかなーって思ったのよ」
ふふん!とワザと偉ぶってみると、子ども達はきゃはは!と笑ってくれた。
「なーんだ、おじょー、ぜんぜんこわくないじゃん!」
「いいよーいっしょにあそぼ!」
すぐに警戒心を解いた子ども達が、ぐいぐいと私の腕を引いた。
この感じ、久しぶりだわ。
「なにして遊ぶ?鬼ごっこ?かくれんぼ?」
わくわくしながらそう聞いてみると、子ども達はきょとんとした顔をした。
「おに?なにそれ」
「かくれ、んぼ?」
そ、そうか異世界に鬼なんていないし、そんな遊び知らないのか!
カルチャーショックならぬワールドショック?的なものを感じていたが、とりあえず鬼を彼らのイメージしやすいものに置き換えてみようかしら。
「ええと、そうね……魔物ごっこ?」
「なにそれ……へんなの!だれもまものなんてやりたくないよー」
「ち、違うわよ!魔物になるんじゃなくて、あのね……」
ちょっと引き気味の子ども達に、鬼ごっこのルールを説明していく。
最初だから、捕まったら食べられたということにして、そこで終了、決められた場所で終わりを待つことにする。
「ふうん……。それなら年少のチビでもできそうだな」
「ね?簡単でしょ?ほら、私が最初に鬼……じゃなかった、魔物役をやるから、みんなは逃げて!」
きゃあ!とわくわく顔の子ども達が私から離れていく。
「へっ。お嬢様、そんな格好と靴で捕まえられんのかよ!」
タクトと同じくらいの男の子が私を挑発してきた。
ほう、君、強気だね?
確かに私は丈が短めとはいえドレス姿だし、ぺたんこだが走りにくい靴を履いている。
「ふふ、私が一番お姉さんだからね。ハンデよ、ハンデ!」
一応護身術やダンスの授業で体は鍛えているし、十代のこの体は体力もある。
初心者相手に遅れは取らないわよ。
あ、でも一応魔法で脱げにくいようにはしておこう。
あと、靴擦れもしないように。
「わぁ!おじょー、まほう、じょうず!」
あら、褒められちゃった。
「よし、準備オッケー!じゃあ行くわよ!」
そして私は、勢い良く走り出した。
「お、おじょーさま、な、なにモンだよ……」
「くそ速ぇ……」
「はっはっは!口程にもないわね!」
十分後、私は全員を捕まえて高笑いをしていた
。
最初は年少さん達を狙うと見せかけて、年長達を疲れさせるよう陽動し、手加減しながら時間をかけて年少さんを少しずつ捕まえた。
そして小学生くらいの子達だけになったところで手加減を止め、一気に畳み掛けた。
木や茂み、建物の壁などの障害物を利用し追い詰め、あっという間に全員を捕まえたのだ。
「おじょーさま、すごい!はやい!」
メイちゃん達年少さんが羨望の眼差しで私を見る。
いやぁ、照れるわね!
「しかも、速いだけじゃなくて、頭も使ってる……」
タクトと同じくらいの子がぼそりと呟く。
おっ、良いことに気付いたわね。
「じゃあ次は、かわり鬼……じゃなくて、かわり魔物ごっこにしましょうか。捕まったら終わりだと、待ち時間の長い子もいるからね」
タッチされたら魔物役が代わるのよと伝えると、分かった!とみんなが答える。
「じゃあ最初に魔物役をしたい人、いる?」
今度は子ども達にやってもらおうと思い、そう聞いてみると何人かが手を挙げた。
「よし、じゃあジャンケンで決め……あ、ジャンケンも知らないか。あのね、グーとチョキとパーがあってね……」
そうしてその日、私は使用人の子ども達にジャンケンと鬼……じゃなくて魔物ごっこを教えて、たくさん遊んだのだった。
「はぁ、たくさん遊んだわー」
その夜、久しぶりに大勢の子ども達と遊ぶことができた私は、満足感でいっぱいだった。
心地良い疲労感、今日は良く眠れそうだ。
グエンと手を繋いで彼の部屋に送っていく途中にそんなことを呟いていると、繋がれた手にぎゅっと力が込められた。
「おねぇしゃま、しようにんのこたちと、あそんでたね」
「あれ、グエン見てたの?」
こくんとグエンが頷く。
そっか、見られていたのか。
「たまたま会ってね。みんな良い子だったから、一緒に遊ばせてもらってたの。あ……ということは、私が泥だらけになってたのも、ひょっとして見てた?」
うんともう一度グエンが頷く。
しまった、はしたないところを見せてしまった。
あの後魔法で綺麗にしたから、ミラ達にはバレていないと思うけど。
「そっかぁ。グエン、内緒にしててくれる?しー、だよ?」
人差し指を口元にあててグエンにお願いする。
するとグエンも私の真似をして、人差し指を立てた。
「しー、なの?おねぇしゃまと、ぼくだけの、ひみつ?」
「そ。ふたりだけの秘密」
ね?とウィンクすると、にこっとグエンが笑った。
うんうん、秘密ってなんだか嬉しいものよね。
「じゃあ、あしたはぼくもいっしょにあそびたい!」
「え、グエンも?う、うーん……それはどうかな……」
あの子達は毎日あそこで遊んでいると言っていたから、多分行けば会えるだろう。
でも私はともかく、跡取りのグエンを泥まみれで遊ばせて良いものか……。
「なかまはずれ、や!」
「そ、そうよね、嫌よね!じゃあ……内緒、だよ?」
「ん!ないしょ!できる!」
ふんすと自信満々なグエン、かわいい。
まぁ……ちょっとくらいなら良いか。
汚れても魔法で綺麗にすれば良いだけだし。
「じゃあ明日、お勉強が終わったら、一緒に行ってみましょう?」
「うん!ありあと、おねぇしゃま!」
あーかわいい。
こんな笑顔を見せられて、推しのお願いを断るなんて無理な話よね。
ま、なんとかなるでしょ。
脳天気な私は、深く考えずに一緒に遊ぶ約束をしてしまったのだった。