ヒロインの陰謀4
「――――では、殿下は前からご存知だったのですね?アルフォンスがブルーム家に無茶苦茶な要求をしていたことを」
「ああ、把握している。全く馬鹿馬鹿しい……。あの時あのふたりをしっかり断罪しなかったことを後悔したよ」
ぎりっと歯噛みする殿下は、完全に黒いオーラを纏っていた。
あの時というのは、きっと卒業パーティーでの騒動のことだろう。
彼らの処遇について、後でよく考えると言っていたものね。
クロイツェル公爵の今までの働きぶりによる温情で、領地に送るというかなり軽い措置で済んだのだが……。
たしかにそんなアホなことを考えてしまうのだから、やはり彼らには甘すぎたのだろう。
「さすがのクロイツェル公爵も大・激・怒!でしたけどね。あのお坊ちゃんとお嬢ちゃんの頭の中は、お花畑なんですかね?」
ルッツ様も鼻で笑った。
「たしかに、そう言われても仕方ないですよね。あんな風に公衆の面前で冤罪を被せようとした私を、第二夫人として迎え入れてやる、とか……」
私もそれを聞いた時、目が点になった。
第二夫人?
迎え入れてやる?
どんだけ馬鹿で上から目線なんだおまえはーーーーー!!!!!?って。
「あれだけ私のことを嫌っていたのに……意味が分からないです」
「大方領地での仕事がままならず、君に押し付けてしまえば良いと思ったのではないか?私もあの後の聴取を聞いていたが、令嬢の方も随分と頭が幼かった。仕事を君に任せれば、自分達は遊んで暮らせると思いついたのだろう」
「浅はかですねぇ」
殿下とルッツ様の声が明らかに低い。
私のため、なのかな?
そう思うと、胸が温かくなって自然と頬が緩む。
そんな私を見てなぜ笑うのかと眉を寄せられたので、徐ろに口を開いた。
「私もそれを聞いた時はびっくりしたし、ものすごく腹が立ちました。けれど、お父様やクロイツェル公爵が猛反対してくれたんです。それに、おふたりまでそんな風に怒って下さったのが、嬉しくて。つい、怒りが吹き飛んでしまいました。……呆れはまだ残っていますけど」
そう応えた私に、ふたりは一拍のち、たしかになと表情を緩めた。
他人が怒ってくれると逆に冷静になれるって、本当だったんだ。
「ディアナ嬢の言う通り、呆れる気持ちは吹き飛びませんがね」
「しかし油断はするな。あのふたりがそう頭の回る者だとは思わないが、もしものことがある」
気を付けろと言ってくれるふたりの気持ちが嬉しくて、私は笑顔で頷いた。
仕事が立て込んでいるからという殿下の言葉で報告会は解散となり、ルッツ様が馬車置き場まで送って下さることになった。
「しかし、本当になにを考えているのでしょうねぇ。侍女殿はどう思われますか?」
「クズ共の気持ちなど私には分かりかねます」
ルッツ様の問いかけを、ミラはスパッと切り捨てる。
お、おぅ……。
「まさかミラまでそんなに怒ってくれるなんて、嬉しいわ」
「いえ。ああいった輩とは相性が悪く、生理的に受け付けないだけです」
ど、毒舌だわ……。
なんでもないことのようにしれっと答えるミラに、私とルッツ様は苦笑いを零す。
「しかし殿下もおっしゃっていましたが、警戒だけは怠らないで下さいね。我々の常識が通じないという相手は、怖くもありますから」
「はい。ありがとうございます、ルッツ様」
最後まで心配してくれるルッツ様は、多少クセはあるが根はやはり良い人だ。
この前も暴走し始めた殿下を止めてくれたのはこの人だったし。
前世のことを打ち明けた時のことを思い出し、そういえばまだお礼を言っていなかったなと思い至る。
「以前もお気遣い下さり、ありがとうございました。あの、殿下に隠蔽の魔法をかけられた時」
魔法領域内とはいえふたりきりは良くないと、ルッツ様が止めてくれたのよね。
正直、突然抱き締められてびっくりしたしドキドキもしたが、ルッツ様とミラがいたからその後も変な空気にならずに済んだ。
ルッツ様のおかげでほっとしたのだと伝えると、微妙な顔をされてしまった。
「ええと……。まあ、黙っていろと言われたわけじゃありませんから、話しても良いのでしょうか?」
うーんと悩み出したルッツ様に、私とミラは首を傾げる。
「いえね、あれは元々殿下の指示でして……。隠蔽の魔法は万能ではありませんから、中の様子が見えなくとも、魔法自体に気付く者もおります。魔法で姿を隠蔽してなにをやっているのかと、下世話なことを考える者もおりますからね」
「お嬢様に変な噂が立たないよう、配慮したということですか」
「ええ。我々を含めた四人ならば、アイリス様に関するなにかの話だろうと、そちらの方に考えますからね。もし隠蔽の魔法を使うことになった時は、ある程度の時間になったら自分を止めろと、殿下に指示を受けておりました」
ルッツ様の説明に、ミラも納得したようだった。
そっか、あれは殿下の気遣いだったんだ。
「どうしても話は聞きたかったようですが、ディアナ嬢は年頃の女性ですからね。自分のせいで不名誉な噂が立たないようと、あれでも気を遣っているのですよ」
意外な殿下の優しさに触れたようで、胸がこそばゆくなる。
あの時、抱き締められた時と似ている。
ですが……とそこでミラが疑問を口にする。
「だったら最初から執務室で話をすれば良かったのでは?」
あ、たしかに。
わざわざ庭園に移動した意味はなんだろう。
すると、それは……とルッツ様が言いにくそうに説明を始めた。
「ああいう他の人の目のある方が、見られている感があって恥ずかしさも大きいでしょう?早く白状するだろう、と言っていました。あちらからは見えていなくとも、こちらからは他の者の姿が見えておりますからねぇ」
「……はい?」
「ああ、なるほど……」
そうミラは納得したが、私はぶるぶると恥ずかしさに震えた。
「や、やっぱり優しくない!あの腹黒殿下ーーー!!」
「“気遣い”とは言いましたが、俺は一言も優しいとは言っていませんよ」
「腹黒は否定しないのですね」
涙目で叫ぶ私に、ルッツ様とミラは冷静にそう返すのであった……。




