転生教育係の告白6
ところ変わってここは王宮の庭園にある東屋。
「たまにはこういうのも良いな。茶が美味く感じる」
「はぁ、そうですね」
なぜか私は今、殿下と共にそこでお茶を飲んでいる。
もう一度言う、なぜ……?
「君が言ったのだろう?無理をせず体を大切にしろと。休息の時間でも持とうと思ったまでだ」
た、たしかにそう言ったけれども……!
なんで私まで!?
「君の願い通り、企画書も読んだし国王に話を通しておくよう約束もした。少しくらい付き合ってくれてもバチは当たらないと思うが?」
せ、正論過ぎてぐうの音も出ないわ!
「そう体に力を入れなくても。執務室でもこうしてお茶を共にしているじゃないか」
「いえ、室内とこことは違うと言いますか……。その、人の目というものが……」
さすがに王子殿下が使用しているため近付く者はいないが、通りかかった人がこちらをチラチラと見ているのが遠目にも見える。
執務室でなら仕事だろうと思えるが、この場所でお茶会はどう考えてもプライベートな感じに見られちゃうよね!?
騎士団での演習のこともあるし、癇癪令嬢が王子殿下になにかやらかすのではと考える人もいるかもしれない。
文武両道眉目秀麗な殿下と私だから、いちゃいちゃなソレと勘違いする人はいないと思うのだが……。
……どちらにせよ、私の評判が悪くなる気しかしない。
今はアイリス様のことに集中しようと思ったものの、私、新しい結婚相手見つかるかしら……?
そんな微妙な気持ちでカップに口をつける。
ちなみに一応ルッツ様とミラも側にいる。
本当の意味でふたりきりじゃないだけマシだと思うことにしよう。
内心でため息をつきながらお茶をひと口飲むと、殿下がじっとこちらを見つめていることに気付いた。
な、なんだろう。
あまりに嫌そうだから、不敬だとか言われちゃったりするかしら。
とりあえず謝るべきかと口を開けようとした時、殿下が先に言葉を発した。
「君は、なにを隠しているんだ?」
「え?」
予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。
「急に人が変わったように振る舞うようになったことはまだ良い。けれど、その知識、情報量、発想。はっきり言って、生まれてからずっとこの国で暮らしてきた貴族令嬢だとは思えないくらい、君は風変わりだ」
「それは……」
そこで答えに詰まる。
どうしよう、今までのらりくらりと躱してきたことをこうも真っ直ぐに聞かれてしまうと、咄嗟になんて返せば良いのか分からない。
「無理に聞く必要はないと思ってきた。実際、君に不審な点はなかったからね」
じゃあなぜ今そんなことを聞くのか。
「じゃあなぜ?という顔をしている。そうだな、強いて言えば、“知りたいから”だ」
「知りたい、から?」
ああと答えながら、殿下はカップに口をつけた。
その少しの時間がものすごく長く感じる。
どういう意味だろう。
「……君、アイリスから手紙をもらった時に泣いたらしいね」
「そ、それは……その、感極まってしまって……」
「その言葉を私が信じるとでも?君も以前言っていたが、アイリスは賢い。涙を流す直前の君の呟きも、ちゃんと聞いていたらしいよ。『最後まで応援してあげたかった』ってね。“誰のことを”かは、よく分からなかったそうだ。“エンノミンナ”って誰だろうって」
ドクンと心臓が鳴り響いた。
そうか、アイリス様、聞いていたんだ……。
「以前私が君に尋ねたことを覚えているだろうか。アイリスに後悔しないよう努力するべきだと伝えたのは、君が死にかけて後悔したからか?と。君はそうだと答えたが、表情はそうは言っていなかった」
なんてことだ、殿下にはお見通しだったのか。
あの時私はたしかに、やり直せない前世でのことやヨシ君のことを思い出して、心が沈んでいた。
後悔なんて、ないわけがない。
「……ひとりで悩むことがあるのなら、話してもらいたい。アイリスにもそう言われなかったか?」
あ。
『なにか困ったこととか、悩んでることがあったら、言ってね』
「言われました……」
心配そうに私を見つめていたアイリス様。
咄嗟に茶化してしまったけれど、幼いながらになにかを感じていたみたい。
「自分にはまだどうしてあげれば良いのか分からないけれど、君の力になりたいと、その一心で私に話してくれたんだ。君を助けてあげてほしいと」
「アイリス様が……」
その優しさに、胸が締め付けられる。
「言っておくが、アイリスに頼まれたからだけではない。私も、君を助けたいと思っている。私の知らないところで辛い思いをしてほしくない。頼ってほしいと、そう思っている」
どうしてそんなに優しい言葉をくれるのだろう。
なにもかも全部、吐き出してしまいたくなる。
「や……嫌です。話したく、ありません」
泣きたくない。
この人に心配かけたくない。
ルッツ様とミラだって見ている。
周りには人も通る。
こんな場所で、みっともない姿を見せるわけにはいかない。
震える声を精一杯出して、拒否する。
唇を噛み締めていないと、涙が零れそうになる。
せめてもの抵抗に、俯いて前髪で表情を隠すことくらいしかできない。
落ち着け、私。
前世なんて馬鹿げた話を、殿下に聞かせるわけには――――。
「強情だな、君は」
呆れたような殿下の声。
そう、強がりでもなんでも良い。
お願いだから、私を弱くしないで。
「ならば、こうしようか」
パチンと指を鳴らす音がした。
なにか魔法を使ったらしい。
一体なにを……
そう私が思った、その瞬間。
「捕まえた」
「……え?」
震える私の体を、殿下の大きな体が包み込んだ。




