転生教育係の告白5
「殿下の分のモイストポプリです」
殿下の反応に満足した私は、続けて説明する。
「アイリス様が花束をとても大切にしていたので、殿下とも共有できると良いなと思いまして。殿下とアイリス様の色合いを組み合わせて、僭越ながら私が作らせて頂きました」
「君が、私に?」
サプライズが成功したのが嬉しくて、はい!と力いっぱい返事をする。
未だ呆然とする殿下、そんな姿が珍しくて、つい笑い声が零れてしまった。
「ふふっ、そんなに驚かなくても」
「いや……ありがとう。嬉しいよ」
予想以上に喜んでもらえて、こちらも大満足だ。
「良かったです!アイリス様も喜んでいました。お兄様とお揃いで持つことができて、嬉しそうでしたよ。良いですよね、お揃い!仲良し兄妹って感じで!」
ほくほくとした気持ちでそう続けると、殿下の顔が一瞬固まった。
「そうだった……。彼女はいつもアイリスのことが一番だったな……。一瞬勘違いしてしまった……」
俯きなにやらボソボソと呟いているが、よく聞こえない。
ひょっとして、香りのことや大の男がこんなかわいいものを持っていても良いのかと心配しているのかしらと思い至り、慌てて付け足す。
「大丈夫ですよ!そこまで香りも強くありませんし、甘ったるいものじゃないですから!それに花を飾るのと同じ感覚で置いて頂ければ、男性の部屋にあってもおかしくありませんし!」
「いや、その心配をしているわけではないのだが……。まあいい、ありがたく飾らせてもらうよ」
はははとなぜか乾いた笑みが返ってきた。
おかしい、先程はとても喜んでいたはずなのに。
「ええと、それに、殿下のものは特別仕様になっているんです」
「特別仕様?」
お、殿下が興味を示してくれたかも?
よしよしと思いながら、選んだ花のことと家に持ち帰ってから施した作用について話していく。
「アイリス様からお借りしたバラの花びらの他に、殿下の瞳の色をイメージした花びらを使用しているのですが……。このネモフィラという花には、“愛国心”という意味があるのです」
僅かに見開いた殿下の目をしっかりと見つめて、話を続ける。
「誰よりもこの国の安寧を願っている殿下に相応しい花言葉ですよね。それと、ラベンダーも使用していますが、その香りにはリラックス効果があります。いつもお仕事で忙しくしていらっしゃるので、自室に置いて頂いて、少しでもプライベートな時間の癒やしになればと。それと……お節介かもしれませんが、プラスして精神安定の魔法もかけておきました」
「おや、そんなことまで」
ポプリの瓶を見つめて一言も発しない殿下の代わりに、ルッツ様が反応する。
「いつも本当にお疲れ様です。この国が平和なのは、殿下の働きあってのことです。ですが、ご自身のお体も大切にして下さいね。倒れたら、悲しむ方がたくさんいらっしゃいますから」
前世でも、別の園で保育士をしている友人が頑張りすぎて体を壊してしまったことがあった。
私達の仕事には、終わりも際限もない。
常に上に上にと求められていた。
だから、真面目な人は自分の限界を超えて頑張り過ぎちゃうのよね。
確かに殿下は優秀だしなんでも卒なくこなすイメージだけれど、根は真面目だし無理するタイプなんじゃないかなと思っていた。
ルッツ様をはじめ、周りの人がちゃんと気遣ってくれてはいるだろうけれど……。
微力だけれど、少しくらいは殿下の助けになれば良いなと思ったのだ。
「良かったら、蓋を開けて香りを確認してみて下さい。香りが強すぎたら、蓋を少しずらすくらいで置いておくと良いかもしれませんね」
そう伝えると、殿下は徐ろに瓶の蓋を開けた。
「……ああ、とても良い香りだ。落ち着いた、優しい香り」
「良かったです。枕元に置いておくと、安眠効果も期待できますよ」
「ありがとう、私室に飾らせてもらうよ」
良かった、笑ってくれた。
途中若干不穏な空気にはなったが、終わり良ければ全て良し!
「上げて落としてまた上げる。ディアナ嬢、高度なテクニックですね」
「いえ、お嬢様のあれは天然ですわ」
いつの間にかミラの隣に移動していたルッツ様が、ふたりでひそひそ話をしている。
話の内容はもちろん聞こえない。
「こほん。あー、ええと。それではこの後だが……」
「あ、お待ち下さい、殿下!」
そう言って腰を上げようとしていた殿下を止める。
「?まだなにかあるのか?」
座り直す殿下の目をもう一度真っ直ぐに見つめる。
ごくり。
息を呑み、少しの沈黙の後、思い切って口を開く。
忙しいのは分かっているのですが……すみません殿下!
「そのモイストポプリに関しまして、実は義母が商品化したいと動いておりまして。ぜひ殿下やアイリス様からもおすすめを頂けないかと、企画書を預かって参りました」
ミラに合図を出し、お義母様から預かった企画書を受け取る。
「どうか、ご一読頂けませんでしょうか?その、お忙しいところ仕事を増やしてしまって申し訳ないです……。無理なら、断って頂いても全然構わないのですが……一応、お渡しさせて下さい」
お義母様のためだとはじめこそ強気で出してみたものの、やはり申し訳なさが勝ってしまった。
少しずつ顔が俯いていってしまったが、最後にちらりと目だけを上げて殿下を見つめる。
「…………………………見せてみろ」
「本当ですか!?ありがとうございます、あの、読んで頂くだけでも構いませんから!」
なんだか沈黙が長かった気はするが、とりあえず企画書を受け取ってもらえたことに喜ぶ。
「あんな話を聞かされて、断れるはずがないだろうが……」
「はい?なにかおっしゃいましたか?」
「なんでもない。すぐに目を通すから、そのまま少し待っていてくれ」
はい!と良い返事をしてにこにこと殿下を待つ。
良かった、実は結構な圧でお義母様に頼まれていたのよね。
読んでももらえませんでした〜とは言い辛いもの。
はぁ良かったとソファの背もたれに寄りかかり力を抜く。
「あれだけ持ち上げておいて、最後の最後にものすごい勢いで落下させましたね。しかも家の商売のことまで持ち出すとは。あれも無自覚ですか?」
「あれはそんなかわいらしい言葉で済まされますか?どちらかというと、“無神経”の方が合っている気がしますね」
ルッツ様とミラがそんな話をしているとはつゆ知らず、私はリラックスして、殿下が企画書を読み終えるのを待つのだった。




