転生教育係の告白4
「よし、良い感じ」
殿下との約束の日、出発前にモイストポプリの入った瓶の蓋を開け、香りを確認する。
男性だし、甘ったるい強い香りは苦手だろうから、ほんのり香るくらいが良いだろう。
追加で香水を入れることなどはせず、そのままの花とハーブの香りを活かしてみたのだが、なかなか良い感じにできた。
喜んでもらえるだろうかとウキウキしながら簡単に包装して紙袋に入れる。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「ありがとうミラ、行きましょう」
紙袋を忘れずに持って、馬車へと乗り込む。
もちろん今日もミラと一緒だ。
ちなみにこの前作ったモイストポプリをミラが持ち帰った後、侍女達の間でかわいい!と話題になってしまった。
他の者にも作り方を教えて良いですかと聞かれ、どうぞどうぞと気軽に了承した。
するとそれがお義母様の耳に入り、なんとお義母様が経営する商店で販売しようという話に発展してしまった。
意外かもしれないが、お義母様は実は貴族ながら商才溢れる家の生まれで、本人も美容関係の商店をいくつか保持している。
すぐに特許申請(この世界にもあるらしい)を出し、今は販売に向けて動いているようだ。
アイリス様と作ったことや今日殿下に渡すことを話せば、“王家もオススメ!”みたいに宣伝できないだろうかと企画書まで渡されてしまった。
まさか仕事が絡むとこんな前のめりになるなんて……とちょっと驚いた。
でも、自分の好きなことをして生き生きしている姿はとても素敵だと思うし、応援したいなという気持ちでいっぱいだ。
とりあえず殿下に企画書を渡してみて……もし無理だったら仕方ないよね。
別に王家の後押しがなくても、それなりに人気は出るだろうし。
それにしてもこんな短期間で企画書を作ってくるなんて、お義母様ってば超有能なんじゃない?
内容に少し目を通してみたが、下手に分厚いわけでもなく、とてもスッキリとまとまっているし……。
お父様ってばあんな朴念仁だけど、女性を見る目は確かだったのね……と遠い目をする。
「お嬢様、着きましたよ」
「はっ!いつの間に……。ごめんなさいねミラ、考え事をしてしまって」
「大丈夫です、慣れておりますから」
いつもの事だと言われると否定できない。
苦笑いしながら馬車を降り、殿下の執務室へと向かう。
このところ廊下ですれ違う人達の視線が少しだけ変わってきた。
以前ほど厳しくなくなってきたし、ぺこりと会釈してくれる人もいる。
「ブルーム侯爵令嬢だ……。騎士団の演習で騎士達をボコボコにしたって話、本当なのか?」
騎士団演習のことはまだまだ尾を引いているみたいだけどね……!!
ひそひそと小声のつもりかもしれないけど、ちゃんと聞こえてるから!
睨みつけたい気持ちを抑え込み、聞こえないふりをして足を進めた。
執務室に着くと、警護の騎士に挨拶をしてノックをし、入室の許可を得る。
「今朝も早くからすまないな。…………どうかしたのか?」
「イエベツニ」
目が据わっていたのだろうか、入室した私の顔を見て、殿下がぎょっとした。
「はは、綺麗な顔が台無しですよ?」
けらけらと笑うルッツ様は、たぶん私が不機嫌な理由に見当がついているのだろう。
そういえば、殿下も初めの頃よりもちょっと雰囲気変わったかも。
話し方ももうちょっと紳士的というか丁寧な感じだった気がするし。
まあ初対面の人間にそうそう素を出す王族なんていないだろうけど。
でも、胡散臭い笑いと話し方の殿下よりも、私はこっちの方が好きかな。
……ん?
「ち、違う!今のはそういう意味じゃない!!」
心の中の自分の声に、慌てて否定し手をバタバタと振る。
仮にも王子様相手になんて馴れ馴れしいことを……!と恥ずかしさのあまり赤面する。
「ど、どうしたんだブルーム侯爵令嬢?」
「ご乱心ですか?」
そんな私に、殿下とルッツ様が怪訝な顔をした。
ハッと我に返り、こほんと咳払いをする。
「いえ、なんでもありません。これからの報告会に臨むにあたって、気合いを入れただけです」
「お嬢様、それは無理がありますよ……」
わけの分からない言い訳をする私に、ミラがぼそりと突っ込む。
しかしここから話を広げられても困る、何事もなかったかのように報告会を始めるしかない。
「もう大丈夫ですから、お気になさらず!さあ、始めましょう!はい殿下、ご着席下さい!」
「あ、ああ……。では、始めよう」
半ば無理矢理話を終え、殿下がソファに座ったのを確認して私も腰を下ろす。
ルッツ様もいつも通り参加し、さらさらと記録を取ってくれている。
アイリス様の報告は滞りなく行われ、その成長ぶりに殿下も私も頬を緩めて話すことができた。
私と過ごす以外のお勉強も相変わらず頑張っているみたいだし、もう誰もアイリス様を“わがまま姫様”と呼ぶことはないだろう。
そしてこの前幼等部で仲良くなった数人の女の子達とプチお茶会もしてみたんだって。
低位貴族なのにと謙遜する保護者もいたようだが、公式なものではないし、アイリス様も同年代の中に入るのに慣れたいからと頼んだらしい。
それも終始和やかな雰囲気だったということで、国王夫妻もすっかり安心した様子だとか。
ということで今回も特に気になることはなく、予定よりも早く報告が終わった。
「では、引き続きアイリスをよろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します。ええと、殿下。報告はこれで終わりなのですが、もう少しお時間よろしいでしょうか……?」
モイストポプリの入った紙袋をぎゅっと握って、お伺いを立てる。
「ああ、構わない。急ぎの仕事もないし、この後予定があるわけでもないからな」
どうした?と緩く微笑まれる。
うっ……そんなリラックスされた感じの笑顔、ズルくない?
以前の胡散臭い笑みはどこに行ったのよというくらい、最近の殿下はこんな風に笑う。
「ええと、アイリス様にポプリを見せてもらったのではないかと思うのですが……」
「ああ、あれか。私が贈った花を使ったらしいな。長く楽しみたいというあの子の気持ちに応えてくれて、ありがとう」
そして殿下はまたふわりと笑う。
くそっ……本当にこの人顔は良いな……!
そしてアイリス様のことになるとまた良い顔をするんだこれが!
そんな心中を隠すようにこちらもにっこりと笑い、紙袋を差し出す。
「喜んでもらえて良かったです。それで、これなんですけど。殿下への贈り物です」
「?私に、か?」
首を捻る殿下に、開けてみて下さいと促す。
ガサガサと包みを開く殿下は、中の物を見ると目を見開いた。
「!これは……」




