転生教育係の告白3
「できたわ」
「できました〜!かわいいですね!」
「私も、できました」
全員が瓶に詰め終わり、それぞれに特徴のある仕上がりとなっている。
「みなさんとっても素敵です!これで蓋をして一週間ほど香りを熟成させたら出来上がりです。アイリス様はそのままで良いかと思いますが、侍女さん達やミラはお好みで香水を一、二滴垂らしても良いかと思いますよ」
大人ならばお好みの香りを足しても良いが、子どもに強い匂いはあまり良くないからね、アイリス様は我慢だ。
あと足すなら一種類で十分、混ぜ過ぎも注意と伝えておく。
「私はこのままの香りで十分。すっごく楽しかったわ。後でお兄様にも見せようかしら」
アイリス様は瓶を両手で大事そうに抱えて、その仕上がりに満足そうにしている。
私も驚いたのだが、アイリス様はとってもセンスが良い。
殿下が贈った花の色合いが元々素敵なこともあるが、ローズマリーの緑を入れながら、バラと他の花の色でグラデーションの層を作っていた。
これには大人達も目を瞠った。
「姫様のポプリ、とても素敵ですね。私も今度、そんな風に作ってみたいです」
「本当に。王子殿下もきっと喜びますわね」
侍女達の褒め言葉に照れながらも、アイリス様は嬉しそうに笑っている。
自分が作ったものを認められる経験が多いと、自己肯定感が育つのよね。
侍女達に、これからももっと褒めてあげて下さいねって後で言っておこう。
無理に褒める必要はないが、良いものは良い、すごいと伝えることがアイリス様の成長にとって良いことだと伝えておくのは、悪いことではないだろう。
「ディアナのポプリも素敵ね。それ、家に飾るの?」
「あ、これですか?」
アイリス様が私の持つ瓶に気付いた。
教えるだけなのももったいないなと思ったので、私もひとつ作ってみたのだ。
「ええと、これはちょっと、人にあげようかなと思っておりまして……」
「そうなの?誰に?」
「殿下、アイリス様のお兄様に」
アイリス様に聞かれ、なにも考えずに素直に答える。
「「ええっ!?」」
すると、侍女達が驚きの声を上げた。
「え、変、ですか?あ、でも私なんかが贈ったら、迷惑ですよね!?」
「い、いえ!そんなことありませんわ!」
「喜ぶと思います!」
焦った私だったが、侍女達もそんなことはないと必死に宥めてくれた。
「そっか、だからお兄様のバラを使っても良いかって聞いたのね。私も、お兄様に持っていてもらえたら、嬉しいわ」
そこにアイリス様も賛同してくれた。
そう、アイリス様が殿下にもらった花を大切にしてくれることも喜ぶだろうが、それを殿下と共有するのも素敵だなと思ったのだ。
殿下が贈ったバラの中から、紫と赤い色のものを何種類かと、あとは私が用意してきたものの中から青系の花びらをいくつか使い、岩塩と混ぜた。
「せっかくなので、おふたりの色を合わせてみました。紫と赤と青、それと、岩塩は光にかざすと銀色に光るので」
ふたりがいつまでも仲良くいられますように。
そんな願いを込めて。
「と思ったのですが……。ちょっと、やり過ぎだったかもしれませんね」
アイリス様と侍女達がしーんとしてしまったので、お節介すぎただろうかと頬を掻く。
良いなと思ったら突っ走ってしまうこの性格、少しは慎まないといけないかも。
あははと苦笑すると、そんなことありません!と侍女達が声を上げた。
「素敵すぎて感動してしまいました!」
「ぜひ……!ぜひ王子殿下にそう言って贈って差し上げて下さい!」
「そ、そう、かしら」
どこか前のめりな侍女達に後退りしてしまった。
お世辞で言っている感じではないし、渡しても大丈夫かしら?
ちらりとアイリス様の方を見れば、うんうんと頷いてくれた。
「じゃあ、渡してみますね。そうだ、後で殿下を訪ねるならアイリス様から……」
「「いえ、ディアナ様からお渡し下さい」」
先程殿下に見せに行こうと言っていたから、アイリス様に言付けようと瓶を差し出したのだが、侍女達はそう言って瓶を私の胸元に押し戻した。
そんな私達の攻防に、アイリス様がやれやれとため息をつく。
「ディアナが作ったのだから、ディアナが渡したら?ええと……ジュクセイ?とやらが終わってから、お兄様に直接」
「まあ、アイリス様がそう言うなら……」
確かに王女殿下に言付けなんて失礼だったかもしれない。
まあアイリス様のことを報告するのに殿下と来週会う予定になっているのだから、その時に渡せば良いかと考えを改める。
「では、来週に渡すことにします。それでは今日はこのあたりで失礼しますね」
「ええ、気を付けて帰ってね、ディアナ」
にっこりと笑うアイリス様に挨拶をして、私はミラを伴って帰ることにした。
部屋を出て、ミラとふたり廊下を歩き始める。
「侍女さん達、なんだかすごく必死だった気がしない?」
「……さあ?どうしてでしょうね?」
そりゃミラに分かるわけないか。
まあ別に良いかと深く考えないことにして、廊下を進む。
殿下に会う時に忘れずに持って行かないとな。
そう思いながら手の中の瓶をぎゅっと握り締める。
あ、そうだ、せっかく一度持って帰るのだし……。
良いことを思いついたと、上機嫌で馬車へと乗り込むのであった。
* * *
「ディアナ様って、鈍いんですね……」
「でも直接お渡し頂けるみたいで良かったですね」
「お兄様と早く仲良くなれると良いのだけれど……」
ディアナ達が退室した後、先日のアイリスの部屋でのクラウスとの会話を思い出し、部屋に残った三人はため息をついた。
「なんか疲れちゃった。お茶、淹れてくれるかしら?」
「はい、姫様」
今度こそふたりの仲が少し発展すると良いのだが。
そう同じ思いを胸に抱きながら、またアイリスと侍女達はため息をつくのだった。
* * *
「へっくち!」
「まあお嬢様、風邪ですか?」
「ううん、大丈夫。……誰か噂でもしているのかしら?」
その頃、そんな事を言われているとは知る由もない私は、馬車の中でくしゃみをひとつするのだった――――。




