転生教育係の告白1
「アルフォンス様、この間のお話、考えて下さいました?」
「もちろんだユリア。ちゃんと話は進めているさ」
「さすがアルフォンス様!大好きです!」
ここはクロイツェル公爵領地にある公爵邸の一室。
卒業パーティーで婚約破棄騒動を起こしたアルフォンスとユリアは、その後学園を休学し、領地へと送られていた。
『おまえ達の一緒になりたいという気持ちは分かった。しかしあんなことをしでかした者に、易々と公爵家を継がせるわけにはいかん。しばらくふたりで領地に向かい、勉学に励め』
クロイツェル公爵はふたりにそう告げ、信頼できる部下に監視役として見張らせた。
そして自身も定期的に領地に戻り、ふたりの成果を確認するようにしていた。
思っていたよりもユリアが賢いことにクロイツェル公爵は素直に驚いたが、それは算術と自国語に限ったことだった。
歴史や政治・経済学はからきし、魔術は魔力量は多いものの、そこそこというレベル。
そして知ってはいたものの、我が息子の不出来さを再確認することとなり、とても頭を悩ませていた。
そうとは知らないアルフォンスとユリアは、領地に送られ、こうして一緒に過ごさせてもらっていることで、きついことを言いつつも公爵はふたりの仲を認めており、ゆくゆくは自分達に公爵家を継がせるつもりなのだろうと勘違いしていた。
もしディアナがそれを知ったら、その脳内お花畑さに呆れ返ったことだろう。
クロイツェル公爵からすれば、不出来とはいえ自分の血を分けた息子、改心してくれるならばと最後のチャンスを与えたに過ぎない。
しかし、もしも実子になにかあれば、縁戚から養子をもらってその者に公爵家を継がせることもできる。
アルフォンスは自分が唯一の跡取り息子であるという地位に胡座をかき、改心しようなどという考えなどこれっぽっちもなかった。
そしてその甘い考えは、ユリアも同じ。
ユリアだって、私生児でありながら子がいないからという理由で引き取られた身だ。
だから少し考えれば、アルフォンスは絶対ではない、自分達が切り捨てられる可能性もあるのだと気付くことができたはず。
代わりはいるのだということに。
「うふふ。さすがクロイツェル公爵家の後継者様です。私達の代で、もっともっと盛り立てられるように、頑張りましょうね!」
「ああ。もう代替わりしても良いくらいだな。こうして領地に送られはしたが、さほど学ぶべきこともやらねばならぬ仕事もない。ユリアなど、算術の出来を父上に褒められていたしな」
「それくらい当然です!だって未来の公爵夫人ですもの!」
きゃっきゃうふふとイチャつくふたりを、監視役の男は冷めた目で見ていた。
さほど学ぶべきことがないと言っていたが、それはあまりの不出来さに教育係が匙を投げたから。
やらねばならぬ仕事もないと言っていたが、任せられる仕事がないだけ。
それをひとつも分かっていないのだなと、嘲笑したくなるくらいの頭の悪さだった。
(全く……元婚約者のブルーム侯爵令嬢は更生して、今や王女殿下の教育係となって活躍しているというのに……)
僅かながらディアナと面識のある監視役は、以前の、癇癪を起こして周囲を困らせていた姿を思い出した。
(そんなふたりが夫婦になれば公爵家も終わりかと思ったが……。まさかの侯爵令嬢の大逆転だったな。まあこちらは終わりに近付いているが)
ちらりとアルフォンスとユリアを見て、そのちっぽけな企てのことも把握している監視役は、こっそりとため息をついた。
ディアナにできてアルフォンスにできなかったことが残念でならない。
それどころかとんでもない伴侶候補を連れてきてしまったのだから。
この監視の役目もそう長くはないなと、心の中で結論付けた。
(公爵も人が好いからな。無理矢理にでも婚約を続行させる道もあっただろうに、不出来な息子を押し付けるのは躊躇ったか。さて、そうなると興味深いのは第三王子だな)
無表情な顔をぴくりとも動かさず、監視役は思考を巡らせた。
実はこの男、クロイツェル公爵とともにクラウスへもこのふたりの報告を行っていた。
公爵もそれを了承しており、クラウスからの依頼を渋ることもなかった。
それもそうだろう、公爵家の跡取り問題にも発展する事案だ、王族として放っておくわけにはいかない。
先日監視役が提出した、このふたりのお粗末な計画を書いた報告書を読んで、クラウスは静かに怒ったという。
公爵家の行く末を心配したからではなく、ディアナを不憫に思ってのことであることは明白だ。
(さて、このふたり……いつまで貴族としていられることやら)
目の前の脳天気なカップルが、その時もそうやって仲睦まじく寄り添っていられるだろうか。
愚かな思考は身の破滅を呼ぶと、教えられて来なかったのだろうか。
(……いや、公爵を批判したわけではない。まあ公爵は伝えていたが、このボウヤが聞く耳を持たなかったのだろうな)
意図せず主を批判してしまったことに心中で焦り言い訳を始めた監視役を、アルフォンスがじろりと睨んだ。
「おい、そこの使用人!父上にきちんと話を通しているのだろうな!?俺もユリアも暇ではないんだ、さっさと話を進めていけよ!?」
傍若無人な振る舞いで命令するアルフォンスに、監視役は綺麗な微笑みを返した。
「はい。公爵様には全て伝えております。おふたりの願いも、気持ちも」
その時をどうぞお待ち下さいと監視役が伝えれば、アルフォンスはにやりとほくそ笑んだ。
「ふん。ならば良い。いいか、なにか進展があればすぐに俺に報告しろ。なんて言ったって、俺は次期公爵だからな!」
「アルフォンス様、頼りになります!」
胸を張ってドヤ顔をするアルフォンスにイラッとしながらも、それをおくびにも出さず監視役は返事をした。
そして上機嫌で部屋を出て行くふたりの姿を見送ると、乾いた笑いを零した。
「随分と軽い脳味噌をしている。今回のことで、公爵はもうあのボウヤを見限っただろうしな」
その時は、近い。
さてこれからが楽しみだと、監視役はひとりごとを呟くのだった――――。




