幼等部体験会2
「ディアナ?どうしたの?」
アイリス様の声に、はっと我に返る。
「あ、すみません。ちょっとぼおっとしてしまって」
「……そう?それなら良いの。ほら、手紙、書けたわ」
そう言ってアイリス様が差し出した手の中には、綺麗に封をされた手紙があった。
「あら、封をしてしまったんですね。残念、見たかったのに」
「人の手紙を読もうなんて、悪趣味よ?」
冗談だったのだが、むうっと頬を膨らませて怒られてしまった。
そんな表情も愛らしくて、くすくすと笑みが零れる。
「冗談です。ああ、みんな書き上がったようですね。それでは鳩を出しましょうか」
鳩?とアイリス様が首を傾げた。
そうか、アイリス様は郵便配達の鳩のことを知らないんだった。
「ふふ、見ていて下さいね」
ぱちんと指を鳴らせば、いつもの郵便バッグを担いだ白い鳩が現れる。
「か、かわいい……」
「でしょう?この子に手紙を配達してもらうんです」
他の子ども達もわあっと鳩のところに集まり、いつものように宛先を伝えながらバッグに手紙を入れている。
「へえ……。あの鳩に伝えれば、手紙を届けてくれるのね」
「そうなんです。さあアイリス様もどうぞ」
手に持った手紙をきゅっと握ると、なぜかアイリス様はポケットからもう一通の手紙を出し、その手紙を鳩に託して語りかけた。
「この手紙を王宮にいるお兄様……クラウス・フォン・リーフェンシュタールに渡して。お願いね、鳩さん」
「クルッポー!」
了解!とでも言うように鳩が鳴き声を上げ、教室の窓から空へと飛び立った。
アイリス様はその姿が見えなくなるまで見送ると、私の方を振り返った。
そんなアイリス様に近付き、こっそりと耳打ちをする。
「殿下、喜んでくれると良いですね」
「……そう、ね」
ちょっと恥ずかしいのか、ツンとした物言いだったが、その表情は満足そうだった。
やっぱり殿下宛てだったということで、今度感想を聞かなければと思っていると、すっとアイリス様からなにかを差し出された。
「?これは……」
「……ディアナにも、手紙。目の前にいるんだから、鳩に預ける必要はないでしょ」
早く受け取りなさいよと催促され、そっと手紙を受け取る。
「……ありがとうございます、アイリス様」
「別に。時間が余ったから、書いてみただけよ」
そう言っているが、手紙を書いている間のアイリス様はとても一生懸命だった。
私に書きたいって思ってくれた、その気持ちが嬉しい。
「ふふ、後でゆっくり読ませて頂きますね」
「そうね、私が帰ってからにして頂戴!」
目の前で読まれるのは恥ずかしいみたい。
アイリス様らしいなと微笑みながら、そっと手紙をしまう。
そういえば、園でのお手紙ごっこの時も、子ども達が手紙を書いてくれたなぁ。
『せんせー!あげる!』
そう言って渡してくれた手紙には、よくこんなことが書かれていた。
『せんせい、いつもありがとう。だいすき』
卒園式の日に、家で書いた手紙を渡してくれた子もいたっけ。
『いろんなことをおしえてくれて、ありがとう。しょうがっこうでもがんばります!』
あの子達は、元気かな。
もう二度と会うことのできない子どもたちの笑顔が思い浮かび、唇が震えた。
「!?ディ、ディアナ、どうしたの!?」
さっきまで照れていたアイリス様の顔が、焦ったような表情に変わる。
どうしたのだろう、私の顔を見て、驚いている?
「どうして泣いているの!?」
「え……?」
私の制服の裾をぎゅっと掴むアイリス様の言葉に、私はそっと自分の頬に触れた。
すると、なぜかしっとりと濡れていて。
ぽたりと、雫が指先に落ちてきたのだった。
「ディアナ、本当に大丈夫?」
「何度も確認しなくても大丈夫ですよ。アイリス様が手紙をくれたのに驚いて、ちょっと感極まっちゃっただけですから」
幼等部体験会は無事に終わり、アイリス様も同年代の子ども達と随分リラックスして話せるようになった。
手紙を書いた後も、折り紙をしたりおままごとをしたり、一緒におしゃべりをしながら楽しんでいた。
まあ幼等部の子達がアイリス様が王女殿下だと知らなかったからかもしれないけれど、傍から見ていても仲良くやっていたと思う。
それにしても前世のことを思い出して泣いてしまったのは失敗だったわ。
アイリス様には手紙が嬉しくてつい涙が……って誤魔化しておいたけれど、まだ納得していないのか、こうして何度も大丈夫かと聞いてくる。
「なんでもないなら、良いのだけれど……。なにか困ったこととか、悩んでることがあったら、言ってね」
「ふふ、アイリス様が話を聞いてくれるのですか?」
頼りがいのある言葉にくすっと笑みを零すと、こくりとアイリス様が頷いた。
「私じゃなにもできないかもしれないけど。でも、話を誰かに聞いてもらうだけでも、嬉しいだろうから。……私も、そうだったし」
私が話し相手として王宮に通うようになって、アイリス様は私に色んなことを話してくれた。
こうしたら良いのではとアドバイスできる時もあれば、ただ話を聞くことしかできない時もあったが、少しはアイリス様の心を慰めることができていたのかな。
「ありがとうございます。王女殿下に愚痴を聞いてもらえるなんて贅沢者は、私くらいでしょうね!」
「ぷっ。なにそれ」
冗談めいてそう言えば、アイリス様が笑う。
アイリス様に心配をかけてしまったなと、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「ふふ。そうだ、王宮に帰ったら殿下の反応が楽しみですね!手紙、ちゃんと届いたでしょうか?」
「そ、そうね。お兄様に聞いてみるわ」
鳩に託した手紙のことを思い出し、アイリス様がそわそわしだした。
「では私はここで。今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んで下さいね」
王宮のお忍び用の馬車にアイリス様を乗せ、そう挨拶をする。
「ええ、今日はありがとう」
パタンと扉を閉め、お気を付けてとお礼をする。
走り出した馬車の窓からアイリス様が手を振ってくれているのが見える。
うん、今日一日楽しんでもらえて良かった。
「……あの子達の分まで、アイリス様の成長の手助けができると良いな」
ぽつりと呟き、頑張ろうという気持ちを込めて空を仰いだのだった。




