幼等部体験会1
暑さも厳しくなってきた、ある学園の日。
私はいつものように幼等部を訪れていた。
ただし今日は許可をもらって、朝から来ている。
しかも、この人と一緒に。
「アイリスよ。今日一日、よろしくね」
照れ隠しなのか、ちょっとぶっきらぼうな言い方でアイリス様が挨拶をする。
「あいりすさま!」
「わぁ!きれいなかみー!!」
「そ、そうかしら?ありがとう」
子ども達がウエルカムな雰囲気を出し、アイリス様も満更でもない様子だ。
なぜアイリス様が学園にいるのかというと、つい先日の殿下からの相談がきっかけだ。
『少しずつ情緒が安定してきているし、そろそろ同年代の子ども達と関わる機会を持たせたいと思っているのだが……』
今まで大人としか関わりを持ったことのないアイリス様に、いきなりお茶会はハードルが高いのではないかと危惧されたらしい。
たしかに子どもとはいえ、貴族令嬢のお茶会は独特の空気がある。
もう一度言うが、子どもとはいえ女はいくら幼くても女だ。
場慣れしていないアイリス様にとって、初めての機会がお茶会はちょっと難しいかもなと、私も殿下に同意した。
それならばと思いついたのが、この幼等部。
アイリス様は本来ならば初等部の一学年と同学年になるが、残念ながら初等部にツテはない。
騎士団の練習の時にグエンと関わる姿を思い出し、自分よりひとつふたつ年下の子達を相手にする方が気が楽かもしれないなと思ったのだ。
幼等部の教師達に相談したところ、学園長に話を持って行って下さり、王宮からも極秘でお願いできないだろうかと要請したところ、ふたつ返事で許可が下りた。
まあ王宮からの要請を拒否することなんてできないもんね。
『もちろんその日は君もアイリスについてくれるのだろう?』
そんな殿下からの圧もあり、また幼等部の教師達からもぜひにと請われ、私も今日だけは高等部を特別に休んでこの場にいる。
アイリス様も私と一緒なら……と頷いてくれた。
ひとりぼっちで初めての場所は不安だものね、私なら幼等部の子ども達にも慣れているから、アイリス様も了承しやすかったのだろう。
とまあ色々あって、アイリス様が王女殿下であることは隠して一日体験することになったのだ。
「それではアイリス様も一緒に、文字の勉強から始めましょう。今日は手紙を書きます」
「手紙?……あなた達、もうそんなに字が書けるの?」
「うん、ちょっとだけね」
「ときどき、ここでおとうさまやおかあさまにかいてるよ」
驚いたアイリス様だが、なんでもないことのように子ども達は答える。
アイリス様も随分読み書きができるようになったので、もう手紙も書けるだろう。
「文字だけでなく、絵を描いたり、紙を切って形を作ったものを貼っても良いんですよ。ほら、こんな風に」
この世界にハサミやカッターなんてものはないのだが、手でもそれなりに形は作れる。
丸や楕円をいくつか千切って組み合わせ、花の形にしたりね。
「へえ……上手ね、ディアナ」
「ふふ、結構難しいんですよ?」
いつかの時のように、ウィンクしてそう答える。
「そうそう、いがいとむずかしいのよね」
「でも、まるだけでもかわいくなるわよ。あいりすさま、みてみて!ほら!」
自然とアイリス様の周りに女の子達が集まり、話しかけてきた。
丸をたくさん作って水玉模様のようにして手紙に貼ったものを見せた子は、得意気にしている。
「わあ……本当、上手ね。かわいいわ」
「そうでしょ!?えへへ、でぃあなさま、ほめられたー」
嬉しそうに私にも見せてくれた女の子の頭を、上手ねと言って撫でる。
「アイリス様も、好きなように書いたり作ったりしてみて下さい」
「そうね、やってみるわ。……ディアナ、見ないでね」
「え?……ああ、そうですね、分かりました」
まさか見ないでと言われるとは思わず、一瞬目を見開いてしまったが、すぐに笑顔で了承する。
時々いるよね、見ないでよ!って言って隠す子。
初めてだし、ドキドキするのかな?
でも周りの女の子達に色々教えてもらっているし、そっとしておいても大丈夫そう。
ならばと、時々アイリス様の様子を窺いつつ、他の子に話しかけたり相談に乗ったりしていくことにする。
それにしてもアイリス様、誰に手紙を書くんだろう。
やっぱりお父様やお母様?
それとも殿下かしら?
アイリス様から手紙が届いたら、すっごく驚くんだろうなぁ。
ふふ、後で鳩を出して郵便配達してもらおう。
そして今度、どんな手紙だったかと、どう思ったかを聞いてみよう。
アイリス様のことになると、殿下はちょっとシスコンっぽくなるからなぁ。
意外だったんだけど、どうやら仕事の時はかなり冷たい雰囲気らしいのよね。
私と一緒の時は大体アイリス様の話をしているからか、そんな感じはしないけれど。
……まあ腹黒さは隠せてないけどね。
でもアイリス様と殿下が和解できて良かった。
時々、本当に時々だけど、アイリス様の魔法の練習を見てあげる時もあるらしいし。
その成長を喜んでくれる人がいるというのは、とても大切なことだ。
成功も失敗も経験し、その結果に関わらず頑張りを認められることで、子ども達はますます成長していくのだから。
「……園のみんなのことも、最後まで応援してあげたかったなぁ……」
意識せず、そうぽつりと呟きを落としてしまった。




