騎士団演習2
なぜだろう、機嫌がものすごく、悪い。
「で、殿下……寒い!寒いですよ!」
隣にいたルッツ様がガタガタ震えながら殿下をなだめ始めた。
魔力の高いものは感情の高ぶりで魔力が放出してしまうとよく聞くが、殿下は氷の魔力が出てしまうのね。
……それにしても寒い!凍え死ぬ!
「お、お兄様!凍えてしまうわ!」
どうしようと思いながら体を震わせていると、そこへ鶴の一声、なんとアイリス様が声を上げた。
それにはっとした殿下はすぐに魔力を収め、すまないとアイリス様に謝った。
「もう!一体どうしたの?さっきまでとても機嫌が良かったのに」
「……いや、なんでもない。本当にすまなかった」
……あの殿下が、謝った……?
周囲から、そんな空気が流れる。
「全くです!殿下、良からぬものを見てしまった気持ちは分かりますがね……」
「うるさいこの馬鹿者。さっさとその余計なことばかり吐く口を閉じろ」
対してルッツ様にはいつもの塩対応である。
その様子に、なんだやはりいつもの殿下だと周囲の空気も戻る。
なんだかよく分からないが、私の謎の羞恥心も飛んでいったし、アイリス様のおかげで殿下のお怒りも解けたみたいだから、まあ良しとしよう。
「ご令嬢、大丈夫ですか?珍しいな、殿下が魔力を放出させてしまうほど感情を乱すなんて……」
「あ、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
手を差し出し私を気遣ってくれたマルちゃんにお礼を言う。
そうよね、あんな殿下は珍しい。
そう思いながら殿下の方を見ると、また怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
ひっ!反射的に小さく悲鳴が上がる私だったが、そんな私を見つけてアイリス様がぱあっと表情を明るくした。
「ディアナ、見つけた!」
きゅ、救世主〜っっ!
アイリス様〜!とその神々しい姿に近付いていく。
私を見上げて嬉しそうにするアイリス様をぎゅっと抱き締めたくなる欲求を、ぐっと堪えて挨拶をする。
「おはようございます。今日はアイリス様もご一緒だったのですね」
「ええ、ディアナが騎士団に遊びを教えに来るとお兄様に聞いて、私も行きたいってお願いしたの」
なるほどねと殿下の方を向く。
ちょっと怖いが、挨拶しないわけにはいかない。
「殿下、本日はよろしくお願い致します」
「……ああ。こちらこそよろしく頼む」
……やっぱり機嫌悪い。
美形が怒ると怖いんだから止めてよ!と思いながら、引きつりながらもなんとかして笑顔を作る。
「殿下、八つ当たりは良くありませんよ」
「……分かっている」
ルッツ様がなにやら殿下に囁き、殿下もそれに応えてふうっと息をついた。
よく聞こえなかったが、落ち着かせようとしてくれたのかしらとどきどきしながら殿下の反応を待つ。
「いや、すまなかった。ブルーム団長、団員への紹介から始めようか」
「はい、殿下」
普段よりも少し冷たい雰囲気ではあるが、冷静さを取り戻した様子の殿下にほっとしていると、いつの間にか騎士達が整列していた。
す、すごい……。
そして殿下とお父様が私の紹介を始めた。
それにしても騎士達の視線がかなり痛い。
あんな小娘になにができるのだという視線。
団長の娘だから仕方ないなという視線。
そのふたつが半分ほど。
あとの半分は……。
(貴族のお嬢ちゃんが考えた遊びをやって終わりなんて、今日の演習は楽勝だな!)
(癇癪令嬢って噂もあったけど、予想以上の美人!お近付きになりて〜!!)
そんな下世話な心の声が聞えてくる。
真面目に取り組もうという騎士はいないのかと、くらりと眩暈がする。
「ディアナ」
「はっ、はい!」
突然隣からかけられた声に、びくりとする。
「感じていると思うが、おまえは相当舐められている」
お父様の温度の低い声に、まあそうでしょうねと苦笑いを返す。
「安心しろ、私はおまえを信用している。そして、この演習で情けない姿を見せたものには、地獄の特訓を課すことにたった今決めた」
怒っている。
表情は変わっていないが、ものすごく怒っている……!
「私の言葉で奴らを黙らせることもできるが……。おまえは、それを望まないだろう?」
お父様がちらりと横目で私を見た。
私を信頼してくれているのだなと感じて、嬉しくなる。
「もちろんですわ。お父様こそ、団員をあまり虐めるなと後で言わないで下さいね?」
「ふっ、徹底的にやってやれ」
悪い笑みを浮かべるお父様に、私もにやりと口角を上げた。
「こ、これは……」
「嘘だろ、これ、あのご令嬢がひとりでやったのか……?」
ごくりと息を呑む騎士達、それも仕方がない、なぜなら演習場が一瞬で姿を変えたのだから。
「なるほど、土魔法で地形を変えたのか。ブルーム団長、令嬢はなかなかの魔法の使い手だな」
「恐れ入ります」
殿下とお父様が後方で冷静に私の行動を見ている。
完全に舐められていると認識した私は、まず力を見せつけるところから始めた。
どうせ女の考えたお遊びだろ?
戦いを知らないお嬢様に付き合ってやるか。
そう囁き合う騎士達を黙らせるために。
「平坦な地形では面白くありませんので。小さなものですが、築山、森を模した木々、草原、池に川などを作らせて頂きました。もちろん最後にはきちんと戻しますので、ご安心を」
これくらい朝飯前ですよと微笑んで余裕を見せる。
悪いけど私、魔力量も多いし魔法は堪能だからね?
「おねえしゃま、すごーい!」
「す、すごいわディアナ……。頑張って!」
観覧席へと移動したグエンとアイリス様が私にエールを送る。
それに手を振って応えて、さてとと騎士達に向き直る。
「お父様」
わざと低い声を出してお父様を呼ぶ。
それにびくりと後退りをした騎士が何人か見えた。
「体力、知力、それに協調性。きっちり互角になるように、二チームに分けて下さる?」
なにをさせるつもりだと騎士達がザワつく。
「分かった。リーダーは?」
「話し合いで決めてもらいます」
「武器は?」
「必要ありません。丸腰で、魔法も無しです」
言葉少なに決めていく私達親子に、騎士達の動揺は最高潮だ。
「さあ皆様、始めましょう?」
貴族令嬢のお遊びとやらに、付き合って下さいませね?
元悪役令嬢の微笑みでもって、騎士達にそう告げるのだった。




