騎士団演習1
「それではディアナ、今日はよろしく頼む」
とんとん拍子に話は進み、ついに今日、お父様が率いる第二騎士団でケイドロ改めケイゾクの演習が行われる。
「……はい。お父様、最後にもう一度確認いたしますが、私なんかが参加して本当によろしいのでしょうか?」
やっぱり止めておこうかと言ってくれても良いんですよ?
そんなかすかな希望を込めて最後の悪足掻きをしたのだが、お父様には呆気なく一蹴されてしまった。
「なにを言っている。第三王子殿下からの直々のお達しだ。それに、私もおまえ達と一緒に過ごせるのを楽しみにしているんだ」
なぁ?とお父様がグエンの頭を撫でた。
「うん!ぐえんもたのしみ!おねえしゃまは、たのしみじゃないの……?」
しょぼんとするグエンが上目遣いで私を見つめる。
心なしか隣のお父様まで寂しそうな表情をしている気がする。
「くっ……!そ、そんなわけないじゃない!私だって楽しみよ!」
半ばヤケクソにそう声を上げ、グエンをがばりと抱き締める。
こうなったらもう後には引けない、観念するしかないのだ。
「では私は先に出る。また後でな」
先に仕事へと向かうお父様を三人で見送り、はあぁと深いため息をつく。
「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。なにかあってもお父様が助けてくれるはずだし、グエンと私も一緒なのだから」
往生際の悪い私に、苦笑いをしながらお義母様が私の肩にそっと触れた。
「それにしてもディアナ、そういう格好も似合うわね!とても素敵よ」
「そ、そうですか?正直、動きやすいし個人的には結構気に入っています」
にこにことするお義母様に褒められて、悪い気はしない。
そう、私は普段のドレス姿ではなく、騎士団の女性騎士服をお借りしている。
さすがにドレス姿で教えるわけにいかないからね。
お父様に相談したら、それならばと一着借りてきてくれたのだ。
前世ではシンプルなズボンとTシャツで子ども達と走り回っていたから、正直ドレスよりもこの格好の方が落ち着く。
ゲームに出てきそうな露出の多いものではないし、黒いパンツに白と青を基調としたジャケット、深い青色のマントは私の色合いにもとてもよく合う。
自画自賛だけれど、私も鏡を見て見惚れてしまった。
ディアナは元々キツめの美人、こういう凛々しい格好が似合うのよね。
「ちなみになんだけれど……」
お義母様がこっそりと私に顔を近付け、耳打ちをしてきた。
「あの悪女みたいな演技と高笑いは、今日は止めておきなさいね?ほら、一応お父様もいることだし」
「!!!」
「まあね?ちょっとびっくりしたけど、あなたの生き生きした姿を見れて嬉しかったから良いのだけれど。今日は、ね?我慢よ?」
うふふと微笑むお義母様に、私は口をぱくぱくさせて固まった。
「どぉしたの?」
「なんでもないのよ、グエン。頑張ってねって言っただけ」
楽しそうなお義母様と不思議がるグエンを見つめながら、早く今日が終わらないかしらと、早くも若干疲れながら王宮へと出かけるのだった……。
「ここが演習場……」
「すごーい!おっきーい!」
王宮に到着した私達は、案内のためにとお父様がつけてくれた騎士につれられて騎士団の演習場に来ていた。
想像していたよりも広く、こんなところで鬼ごっこやケイドロをしたらかなり疲れそうだなと思う。
まあ騎士としての体力をつけるためなら、それも良いことなのかもしれないが。
騎士か……今日は教えるほうに専念して、チームに混ざるのは止めておこう。
悪女モードは止めなさいねって忠告されたし、お父様の評判にかかるのだから大人しくしていよう。
ボロが出たら大変だからねと自分に言い聞かせる。
「本日はご足労を頂き、ありがとうございます。ブルーム団長にはいつもお世話になっております、第二騎士団の副団長を務めておりますマルクス・カレンベルクと申します」
そこへガッチリとした体躯の、しかし穏やかそうな雰囲気の騎士が挨拶に来てくれた。
年の頃は二十代半ば、茶髪にオレンジ色の瞳と暖かな色合いをしており、イメージ的には優しいクマさんのような男性だ。
すぐにお義母様が応え、グエンもそれに続く。
「いつも主人がお世話になっております」
「ぐえんだる・ぶるーむです。よろしくおねがいしましゅ!」
「これはこれは、こちらこそよろしくお願いします」
カレンベルク副団長はグエンを怖がらせないようにと配慮してくれたのか、しゃがんで挨拶を返してくれた。
保育園にいる大柄の優しい男性保育士っぽい、なかなか良い感じの方だ。
マルクスさん……マルちゃんって感じ?
ひとり心の中であだ名をつけて満足していると、お父様が現れた。
「来たか。マルクス、私の妻と子ども達だ」
「はい、今ご挨拶申し上げていたところです。お美しい奥様と、かわいらしい息子さんですね。それと……」
そこでマルちゃんは私の方をチラリと見た。
「申し遅れました。娘のディアナです。父がいつもお世話になっております」
名乗るのが遅れたことを詫びつつ、そう挨拶する。
騎士服での挨拶ってこれで良いのかしら?と思いながら、カーテシーではなく、胸に手を当てて頭を下げた。
「こちらこそ、お父上には大変お世話になっております。驚きました、まさかこんなに美しい方だったなんて。騎士服も大変お似合いですね」
さらりと褒めまくるマルちゃんに、私は反射的に赤面する。
こんな風に褒められることなんて滅多にないから、それも仕方のないことだろう。
いや、ディアナは間違いなく美人なのだが、なんて言ったって今までは癇癪令嬢として遠巻きにされていた。
最近お会いすることの多い殿下とルッツ様からも、容姿について褒められたことはあるかもしれないが、胡散臭すぎて社交辞令だろうとしか思っていないし、元婚約者なんて論外。
こんな風に自然に綺麗ですねと言われても、耐性がなさすぎてどう反応して良いか分からない。
どうも……と俯いて返事をするのが精一杯の私に、お義母様があらあらと笑みを零す。
そんな私に、マルちゃんもくすりと笑う。
「団長のご息女と聞いてどんな方だろうかと思っていましたが、かわいらしい方ですね」
「かっ、かわ……!?」
今までさっぱり縁のなかった“かわいい”という言葉に、私の心臓は跳ね上がった。
思わず真っ赤な顔を上げて声を出してしまった。
ばっちりマルちゃんと目が合い、にっこりと微笑まれる。
う、うわぁぁぁぁぁーーーーー!!!
なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい!
マルちゃんは殿下やルッツ様とはタイプが違い、整った顔立ちはしているが超美形というわけじゃないのに。
百戦錬磨な感じがしないからか、褒め言葉も本音かもしれないと思わせるなにかを持っている。
蹲ってしまいそうな気持ちをなんとか抑え、ぷるぷるしながら立ち尽くしていると、そこへ最近聞き慣れた声がした。
「――――なにをしている」
声のした方を振り返ると、そこには眉間に皺を刻んだ殿下が立っていた。




