教育係は王子様に興味がない4
「今日は急に申し訳なかったな。夫人も、急な訪問にも関わらずもてなしてくれたこと、礼を言う」
「いえ、わたくしも楽しく過ごさせて頂きました」
ようやく殿下が帰る時間になったため、お義母様と一緒に見送ることになった。
そういえばお義母様も殿下と一緒に私の遊んでいる姿を見ていたのよね……。
驚き呆れてしまったのか、それとも殿下と一緒に笑っていたのか。
聞きたい気もするが、聞けない。
「私もだ。……夫人とご令嬢との話をするのも楽しかった」
「んんっ!そ、そうですわね、とても、はい。楽しかったですわ……」
殿下だけでなくお義母様まで顔を逸らして震えている。
……どうやら後者だったらしいと遠い目をする。
もう絶対に盗み見はしないと殿下は約束してくれたし、今回限りのことだと我慢するしかない。
羞恥心を必死に隠し耐えると、エントランスの階段の上からグエンがひょっこりと顔を出した。
「まあ、グエンダル。こっちへいらっしゃい。王子殿下にご挨拶しましょう」
お義母様に呼ばれ、グエンがとてとてと階段を降りてきた。
グエンのおかげで私の恥ずかしい話の空気が霧散する。
ありがとう、グエン。
さすが私の天使。
「長男のグエンダルです。お昼寝をしておりましてご挨拶が遅れました。ほらグエンダル、殿下にご挨拶して」
「……はじめておめにかかります。ぐえんだる・ぶるーむです」
ブラボー!!
さすがグエン、とっっっても上手!
まだ辿々しさは残るけれど、四歳でこれは立派!
心の中で拍手を送っていると、殿下もにこりと微笑んでグエンに応えた。
「とても良くできたご子息だ。母君と姉君の教育が良いのでしょうね」
「!はい!おかあさまも、おねえさまも、ぼくだいすきです!」
褒められて嬉しかったのだろう、グエンがぱあっと明るい表情をした。
え、なにこの生き物、天使?知ってたけど。
尊い、尊すぎて真顔になっちゃうレベルだわ。
いつもならばグエンをぎゅっと抱き締めてかわいいを連発するところだが、さすがに殿下の前でブラコン全開の姿を見せるわけにもいかず、微笑みの仮面を装着しながらじっと耐える。
「そうか。家族を大切にすると良い」
「はい!ありがとうございます!」
グエンがそう答えると、殿下はなんとグエンの頭を撫でた。
え?殿下もグエンの天使の微笑みに陥落した?
それにしても美形な殿下と天使なグエンのこの姿は、とても絵になる。
眼福だわぁ……ああ、スマホが欲しい……。
そんな阿呆なことを考えながら、私はぐっと悶えたいのを堪えて笑顔で固まっている。
「それでは失礼する。ブルーム侯爵令嬢、また連絡させてもらう」
「あ!はい!」
反射的に勢い良く返事をしてしまった。
ああ……もう絶対に断れないわね……。
ずぅんとした気持ちで馬車に乗り込む殿下を見送ろうとすると、なにかを思い出したように殿下が手招きをしてきた。
なんだろうと首を傾げながら馬車へと近付き、殿下を見上げる。
「あー、その。先日のルッツの発言だが……」
「ルッツ様?ええと、なんのお話でしたっけ?」
先日というと、アイリス様と散歩をした日のことだろうか。
一緒にお茶をして、その後ルッツ様に馬車まで送って頂いて……。
殿下に関わるような話なんてあったかしら?
「その……。君が大人びているとか、そういう話をしたかと思うのだが」
そういえばそんなことを言われたわね。
本当に十七歳なのか、まるで酸いも甘いも経験してきたような……と言われたが、前世のことを考えると図星だった。
三十代、四十代の先輩方には劣るが、保育士として働いて数年とはいえ、まあまあの経験をさせてもらった。
理不尽に耐えることも、挫折を感じることも。
「うら若き乙女に対してひどいですとルッツ様には答えておきました」
あははと苦笑いを零す。
たしかにそんな話はしたが、それがどうしたというのだろう。
別に殿下に関することなんて……あ。
「そ、そうだな。その後……あの馬鹿が、王家に嫁入りとかなんとか、言っていたかと思うのだが……」
珍しく、もごもごと殿下が言い淀む。
そうだ、たしかにそんなことを言われた。
でもそんなの冗談に決まっている、本気にするわけないじゃないか。
でも殿下の立場で考えると、そう言われて色めき立つご令嬢は多いだろうし、本気にされていたらどうしようと思っているのかもしれない。
兄殿下がおふたりいるし、別に殿下の相手にと言われたわけではないが、牽制しておきたいのだろう。
美形の王子様も大変よね……と同情した気持ちで口を開いた。
「安心して下さい、殿下。ちゃんと冗談だと理解しておりますから」
にっこりと満面の笑顔でそう答える。
「それにルッツ様にもお伝えしましたが、王族に嫁ぐだなんてだいそれたこと、私これっぽっちも興味ありませんもの」
これは本当。
一応侯爵令嬢だからそれなりの地位のところには嫁入りした方が良いかもしれないけれど、できれば気楽な身の上でのんびり幸せにやっていきたい。
王子妃なんて絶対忙しいし責任は重いし、めんどくさいに違いない。
国王陛下や王妃陛下、他の王子殿下との間に挟まれることも多いだろう。
中間管理職の主任もよく嘆いていたけれど、間に挟まれるのはどこの世界も大変に違いない。
王女殿下であるアイリス様には申し訳ないが、私には絶対無理!
「ですから、気になさらないで下さい。ルッツ様なりに婚約破棄されたばかりの私に気を遣って、冗談を言ったつもりなのかもしれませんね。大丈夫です、本気と冗談の区別くらいついておりますから!」
「…………………そうか」
ぐっと親指を突き立てて心配ご無用です!と伝えたのに、なぜか殿下に微妙な顔をされてしまった。
その後、殿下はこれまたなぜか深いため息をつきながら着席し、御者へと指示を出した。
「?お気を付けて」
「…………ああ」
一礼して今度こそ見送ったのだが、殿下が最後まで疲れた顔をしていたのはなぜだろう。
「?さすがに疲れたのかしら??」
まあ良いかと気を取り直し、私は騎士団での訓練参加の件へと思考を巡らせるのであった。




