教育係は王子様に興味がない3
ひと通りケイゾクについて説明し終えた私は、殿下の顔色を窺う。
一体なんなんだろう。
遊んでいる姿を見ていたと言っていたし、なにか不審な点でもあったのだろうか。
「……ちなみに君は、学園の幼等部の子ども達にもそんな遊びを教えているのか?」
「え?いえ、さすがに走り回る遊びを貴族のご子息に許可なく教えるのは……。午後は疲れてもいますし、座ってできる遊びを中心にしています。あ、でもグエンとはあの子達と一緒に走り回って遊ぶことも多いですね」
なるほどねと言うと殿下は口元に手をあてて、なにやら考え込んでしまった。
な、なにか変なこと言ったかしら?
遊びの話になってから、なんだか空気が変わってしまった。
次はなにを聞かれるのかとどきどきしていると、徐ろに殿下が口を開いた。
「それを、騎士団の演習に取り入れても構わないだろうか」
「へ……?」
予想外も予想外、予想の斜め上すぎる発言に、私は思わず気の抜けた声を出してしまった。
「き、騎士団の演習……?どういうことですか?」
意味が分からなくて聞き返すと、戦略的なゲームのルールに惹かれたのだと殿下は話し始めた。
まあたしかにチームでの団結が必須なこの遊び、作戦を立てて人員を配置して、その場の状況に応じて臨機応変に立ち回って……。
良く考えたら、騎士としての知力や体力、判断力や対応力を養うのに適した遊びなのかもしれない。
「あの子ども達の中には、騎士を輩出する家門の子息達と遜色ないくらいに俊敏な動きをする子もいた。仲間同士声を掛け合い、目の前のことだけでなく敵の動きや仲間の状況を把握しようとする、視界の広いものも」
な、なんだか殿下に解説されると、ものすごく素晴らしいものに思えてきたわ。
「どうだろうか、今度、実際に騎士団での演習で教授してもらえないか?」
「は、はいいいい!?」
「よし、“はい”と了承をもらえたな。よろしく頼む」
ちょっと待て、こんなこと以前にもあった気がする。
口をぱくぱくと開閉させながら絶句している私に、殿下がにやりと笑った。
わ、悪い笑みだわ……!
「でん……「そうそう、君の父上にはきちんと話を通しておこう。まずは侯爵が率いる第二騎士団でやってみてはどうかと。君も父上が団長として働く姿に、興味があるだろう?」
批判しようとした私に被せてきた殿下、しかしその内容を聞いてぴたりと開けかけた口を閉じる。
お父様の仕事姿……たしかに興味はある。
それに元々私の異性のタイプは、ゲームに出てくるガタイの良い騎士団長キャラ。
ひょっとしたら好みの男性との出会いがあるかも……。
これでも私は(この世界では)うら若き十七歳、恋をしたいお年頃である。
婚約者と別れて、さあどうしましょうと思っていたところなのは間違いないし、ひょっとしてこれはチャンスかも……。
「そうだ、せっかくならば弟君も一緒にどうだ?騎士団長のご子息だ、騎士とはどんなものか、また父の姿を見せるのは良い機会だろう。ほら、君の言葉を借りるならば、知るということは学びなのだろう?」
ルッツ様に先日のことを聞いたらしい殿下は、勝ち誇ったような顔をしている。
グエンのことまで持ち出されてしまったのならば、もうここは観念するしかない。
「くっ……しょ、承知致しました。第三王子殿下のご命令とあらば……」
負けた……!そう心の中でがっくりと肩を落とす。
「そうか、ならば早速手配しよう。第二で評判が良ければ第一や第三、騎士学校で取り入れるのも良いな!」
機嫌良く次から次へと話を膨らましていく殿下に、私は開いた口が塞がらない。
貴賓室に入って話をし始めた時は、どちらかというと私のほうが優勢だったのに。
一体いつからどうしてこうなってしまったの!?
すっかり冷めてしまったお茶を飲みながら、私はどうにでもなれと半ばやけくそな気持ちになっていた。
「……妹に、アイリスに色々なことを教えてくれて、感謝している」
すると突然、殿下が真面目な顔をした。
「王女として大切なことを教えながらも、君は弟や幼等部、ひいては使用人の子ども達と同じようにアイリスに接している。特別であり、特別ではない。それをあの子も心地良く感じているのだろう」
そうか。
アイリス様は王女様だからと特別扱いはされても、本当の意味でかわいがってもらったことは少ないのかもしれない。
「知ることは学ぶこと、か。まさにそうだな。私も今日、君のことをひとつ知ることで色々な学びがあったよ」
……学びの内容については若干不本意なものが含まれている気がするのだが。
そんな胸の内が顔に表れていたのだろう、私の表情を見て、殿下がくしゃりと笑った。
「ははっ、そんな顔をしないでくれ。君の悪いようにはしない」
「……信用しておりますわ」
本当に頼むわよ……。そう思いながら、ぐっとカップを傾けてお茶を飲み干す。
「後悔しないようにとアイリスに努力することを進言してくれた君に、本当に感謝しているんだ。君も病に倒れて後悔したから、あんな風にアイリスに言ったのかい?」
殿下の問いに、一瞬だけ答えに詰まる。
「……ええ、まあ。そうです、ね」
そうだとも言えるが、それだけだとも言えない。
それについては記憶を取り戻してから挽回することができたが、前世のことはもうやり直せない。
そんな話を殿下にすることはできないが、嘘ではないが本当でもない答えを口にするしかなかったやましさから、自然と顔が俯いてしまった。
ヨシ君のことを思い出して、胸が傷んだのもある。
最近こんなことばかりねとひとつため息をついて呼吸を整える。
うしろを向いてばかりでは駄目だ、気持ちを切り替えないと。
「今更ですけれど、それにしてもはしたないところをお見せしてしまいましたね。子ども達と走り回って遊ぶ貴族令嬢なんて、前代未聞ですよね」
ぱっと顔を上げ、苦笑いを浮かべて気鬱を誤魔化す。
すると眉を顰めていた殿下が少しずつ表情を緩めた。
「いや、とても楽しそうだったよ。子ども達も、君も」
それはそれで恥ずかしいのだが。
まあそれくらいなら仕方ないかと思うことにしようと考えていると、殿下がなにかを思い出したように、急にぷっと吹き出した。
「君の表情が特に良かったよ。『ほらほら賊ども、さっさと助けに来ないと仲間の命はないわよ!』だったっけ?あの高笑いする姿も、まるで悪女役の舞台女優のようで、圧倒されたよ。……くくっ」
なんとか笑いを堪らえようと震えながら話す殿下に、私の目は点になった。
それって……。
「もうっ!殿下!これからは許可なく盗み見するのは禁止です!プライバシーの侵害ですわっ!!」
「プ、プライバシーのシンガイって……なんだい、それ。くっ……駄目だ、抑えられない……はっ、はははははっ!」
結局笑いが大爆発してしまった殿下を今にも叩いてしまいそうになる拳を、私は真っ赤な顔をして握りしめ耐えるのだった。




