教育係は王子様に興味がない2
見られている。
ものすごく見られている。
「あ、あの、殿下……」
恐る恐る声を上げると、相変わらず美形な殿下と目が合った。
「うん?どうかしたかい?」
着替えを終えた私は、貴賓室で待つ殿下の元へと急ぎ、こうして向かい合ってソファに座っているところである。
……のだが、お茶と菓子に飽きたのか、私が腰を下ろすなり殿下は私をじっと見つめてきた。
キラキラとした微笑み、この顔で何人の女性を虜にしてきたのだろうという程に魅力的な笑顔だが、私には胡散臭い笑みにしか見えない。
なにを企んでいるのだろう、やっぱり私の素行調査?
自然とお茶の入ったカップを持つ手が震える。
「そ、その……。そんなに見つめられては、顔に穴が空いてしまいそうですわ……」
顔は青ざめているかもしれない、もしくは引きつっているかも。
ポーカーフェイスが得意だったら良かったのだが、残念ながら私にそんな特技はなかったようだ。
見ないでほしいと直接的な言い方をしなかっただけ褒めてもらいたい。
「……その台詞をそんな顔で言ったのは、君が初めてだよ。今まで私が出会ったご令嬢方は、みな頬を染め目を伏せてその言葉を口にしたものだけれど」
「わ、私をその辺のご令嬢と同じだと思わないで下さいませ」
なに言ってんだと思ったが、とりあえず失礼にならないように、それっぽく返しておいた。
そりゃ殿下のその美貌を目の前に、頬を染める女性は多いだろうが、今私が感じている感情は、恐怖・懐疑・緊張、その三つだ。
アイリス様の教育係としての査定に来たのならば、そんな話は良いからさっさと始めてほしい。
……あ、これ、保護者から相談が入った後に園長先生に呼び出された時の気持ちに似てる。
前世でもあったじゃんこんなことと思い始めたら、少し冷静になってきた。
落ち着いてきた私は、息を整え背筋を伸ばし、殿下の顔をしっかりと見た。
「今度は覚悟を決めた騎士のような顔をして……。本当に君、変わってるよね」
すると今度は殿下の方が少し口元を引きつらせ、力を抜いて頬杖をついた。
なにをおっしゃいますか。
たぶん殿下は理不尽なことは言うような人じゃないから大丈夫、と安心した顔だというのに。
殿下は諦めたようにひとつため息をつくと、気持ちを切り替えたように頬杖を止めて顔を上げた。
「まあ良いけどね。さて、そろそろ本題に入らせてもらおうか」
ついに来た。
ごくりと息を呑み、殿下の言葉を待つ。
「先程伝えた通り、今日私は君が普段どう過ごしているかを見に来た。君のことを知りたくなったんだ」
そうですよね。
突然の殿下の来訪で焦ってしまったが、仕事相手が信頼に足る人物かどうか、雇用してしばらくは定期的に面接を行なうのは大切なことなのかもしれない。
冷静になって良く考えてみれば、理にかなっていることだなと思う。
元は癇癪令嬢などと言われていた私だものね、改心したように見えるがまだ信用してはいけないと思われているのかも。
となると私は誠実に、正直に答えるだけ。
「分かりました。では、なんなりとご質問下さい!」
突然やる気になった私に、殿下は目を見開いて一瞬停止した。
「あ、いや。ええと、先程の使用人の子達との様子について、実は少し見させてもらっていたのだが」
「まあ!ケイドロ……じゃなかった、ケイゾクをして遊んでいるところを?殿下が見にいらしているとは気付きませんでしたわ」
一体どこから見ていたのだろうかと首を傾げる。
あの遊び場は使用人棟の影にあるため、こちらからはよく見えないはずだが……。
「いや、実は、魔法で……」
「え、魔法で、ですか?」
……それって、ノゾキってこと?
一瞬胡乱な目をしてしまった私に、殿下は慌てて言い訳を始めた。
「い、いや、夫人に許可は取ったんだ!君ならきっと使用人棟のところで遊んでいるだろうって。どんな風に遊んでいるのか見てみたいと言ったら、許可をくれて。夫人も一緒に見ていたし、なにもおかしなことはしていない!」
かなり焦った様子の殿下に、思わずぷっと軽く吹き出してしまった。
「分かりました。殿下を信じます」
くすくすと笑うと、ほっとした殿下はこほんと咳払いをした。
いつもはやり込められている側なので、こんなやり取りは珍しい。
「では話を戻すが、君はよくああして使用人の子達と過ごしているのか?」
「そうですね、仲良くなったのは学園の長期休暇前からですが、屋敷にいる日はよく一緒に遊んでいます。時々グエン……弟のグエンダルも一緒に」
嫡男も!?と殿下は驚いた様子だ。
そりゃそうよね、使用人の家族と懇意にしている貴族なんてそうそういないもの。
「なるほど、それは君が流行病から回復してすぐ……ということで合っているかな」
「私が伏せっていたのもご存知だったのですか。まあ、はい。あれから色々と心を改めまして」
「心を改める……ね。どのように心を改めたのか、そしてその結果どうなったかを話してもらえるか?」
なんだか本格的な調査っぽくなってきたわね。
よし、ここはきっちり誠意を見せるところ。
転生のこととか、言えないところもままあるが、嘘や偽りは極力ないように答えていこう。
そう決心した私は、幼い頃の母とのことや、父との不仲のこと。
母の死後、父に振り向いてほしくて癇癪を起こしたり我儘を言ったりしていたこと。
父の再婚などもあって意固地になってしまい関係が拗れていたが、流行病で死の淵に立たされ、それを後悔したこと。
元気になって、これからは素直になって前向きに生きていこうと決心したことなどを話していった。
「私から一歩踏み出すことで、こんなに世界が変わるのだと思いました。お義母様も良い方で、グエンもかわいくて。クロイツェル家との婚約話は残念でしたが、私はこれで良かったのだと思っています」
元々ディアナもアルフォンスを好いていたわけじゃなかったしね。
スッキリした気持ちで話し終え、私は満足していた。
これでもまだ疑わしいと言われるなら、これから誠実な仕事で返すのみだ。
ラノベのヒロインじゃあるまいし、そうそうなんでも順風満帆、簡単に信用してもらえるとは思っていないもの。
「なるほど。君が別人のようになったという理由については、あらかた納得した。複雑な事情があったのだということも。……大変だったね」
気遣わしげな殿下に、そんなことありませんわと一応謙虚な姿勢を見せておく。
ディアナはずっと苦しんでいたんだもの、そんなことないわけないんだけど、一応ね。
さあ素行調査はこんなものかしらと気を抜いていたら、ところでと殿下が続けた。
「先程の遊び、随分と楽しそうだったね。なんというのだったかな?ケイ……ゾク?」
「え?あ、はい。ええと、一応私が考えた遊びですけど、それがなにか?」
しまった、嘘をついてしまった。
私が考えた遊びなわけないのだが、前世の話ができない以上、ここは仕方がない。
どんな遊びなのかと聞いてくる殿下に、少し後ろめたい気持ちになりながらルールを説明していく。
最初は鬼……じゃなくて魔物ごっこという遊びから始まって、体力もつき慣れてきたのでこの遊びを取り入れたのだということも。
たかがお遊びの話、それなのに、なぜか殿下は真剣な表情で聞き入っているのだった。




