教育係は王子様に興味がない1
「タクト、そっち行ったぞ!」
「おっけー!」
「うぉ!あぶねー」
「おにぃちゃぁん!はやくたすけてよぉー!!」
うららかな日差しの中、今日もブルーム侯爵家の子ども達は元気だ。
「ほらほら賊ども、さっさと助けに来ないと仲間の命はないわよ!」
おーっほっほっほ!と悪党よろしく高笑いをする。
さすが元・悪役令嬢だわ、私ってばかなり板についてない?
「くっ……警備兵のくせに、なんでおじょーの方が悪者っぽいんだよ!」
「知らねぇよ!ちっとも牢屋に近付けねぇじゃんか!」
ふふん甘いわね坊やたち。
このゲームは、ただ闇雲に逃げたり捕まえたりするだけじゃ勝てないのよ!
「さあ行くわよあなた達。手加減は無用、すぐに楽になれるように一気にカタをつけておあげなさい」
仲間達に指示を出し、最後の仕上げに移る。
これで終わりよと、警備兵役の子ども達を集結させる。
「!?いつの間にか、囲まれたぞ!?」
「くそっ、これじゃ逃げられねぇ」
「おにいちゃぁぁん!にげてー!!」
ここまでかと肩を落とす子ども達に、最後のとどめを落とす。
「残念だったわね。まあ、そこそこ楽しめたわ」
「「「こ、このおじょーめちゃくちゃムカつくーーーー!!!!」」」
なんとでもお言いなさい!と再び高笑いを響かせる。
そうしている間に最後の賊を捕獲し終え、これでゲームオーバーだ。
「というわけで私達女子チーム、警備兵の勝ち〜!」
キャー!やったー!と女の子達が歓声を上げる。
「くそ……おじょーがいるとはいえ、男の方が足の速い奴が多いから勝てると思ったのに……」
反してタクト率いる男子チーム、賊はがっくりと項垂れた。
そう、私達はケイドロをして遊んでいたところで、ちょうど女子で編成された警備兵チームが勝利を収めたところだ。
ケイドロ、別名ドロケイと呼ぶ方もいるだろう。
警察チームと泥棒チームに分かれて行うこのゲーム、簡単にルールを説明すると、泥棒チームは警察に捕まえられたら、事前に決めておいた牢屋へと入る。
牢屋に入った泥棒は、まだ捕まっていない仲間にタッチされたら逃げることができる。
制限時間以内に泥棒を捕まえたら警察チームの勝ち、ひとりでも捕まえられずに残っていたら泥棒チームの勝ちというものだ。
幼い頃に良く遊んだという方も多いであろうこのゲームには、子どもの発育に欠かせない要素がたくさん詰まっている。
まずはなんと言ってもよく走る。
間違いなく体力がつくだろう。
そして仲間と協力することを知る。
闇雲に追いかけ逃げるだけでは勝てない、これは作戦が勝敗を分ける遊びだ。
作戦を立てる中で意見を出し合い、話し合い、認め合う。
時には揉めることもあるが、それも勉強のひとつだ。
ちなみにこちらの世界では“警察”・“泥棒”とは言わないので、ニュアンスの近い“警備兵”と“賊”に言葉を変えて、ケイドロならぬケイゾクと呼んでいる。
「でも面白いな、ケイゾク。魔物ごっこの進化版って感じ」
「うん、俺もそう思う」
切り替えの早い男子達は、後でもう一回やろうぜと盛り上がっている。
うんうん、気に入ってくれたみたいで良かった。
こうやって楽しんでくれるのだから、色々な游びを教える甲斐があるというものだ。
「おじょーがいちいち演技入れてくるのが腹立つけどな……」
「それな。どっちかってゆーと、おじょーの方が賊の女頭っぽくね?」
……ちょっとばかり失礼な子達ではあるけどね!
「なにか言った?ほら、じゃあ次はチームを変えてやりましょう?ちゃんと水分補給してからね!」
聞こえてるわよ?と圧をかける私に、子ども達は怯みながらも返事をしてくれたのだった。
二回戦目を終えた私は子ども達と別れ、ミラとふたり本邸の方へと歩いていた。
「ふぅ、よく遊んだわ。さすがに疲れたわね」
「……お嬢様はほとんど指揮をされていて、それほど走っていらっしゃらなかったじゃないですか」
「頭を使うのに疲れたの。最後は本気で走って逃げたしね。明日筋肉痛になってないと良いのだけれど……って、あら?」
庭園を通り抜け本邸が見えてきたのだが、いつもよりも騒がしい気がした。
馬車も止まっているしお客様かしらと、それほど気にすることなくエントランスに足を踏み入れた、その時。
「やあ、ブルーム侯爵令嬢。随分と楽しんでいたみたいだね」
こんなところにいるはずのない人が、ホールの中心に立っていた。
「!?で、殿下!?なぜここに……いえ、こんな格好で、失礼致しました」
そう、遠目にも分かるキラキラ具合の第三王子殿下だ。
驚いて思わず叫んでしまったが、王子殿下を相手にするのに、子ども達と遊んだ後で汚れたままだったことを思い出し、慌てて頭を下げる。
見苦しい格好だし、さっさと退散しなければと思っていると、殿下に手を取られた。
「先触れも無しにすまない。ブルーム侯爵邸で君がどう過ごしているのかを知りたくて、それと普段通りの様子を見たくて、約束無しに訪問させてもらったんだ」
「あ、そ、そうですか。ええと、はい、どうも」
予想外の言葉と行動に、なんと答えて良いのか分からず、わけの分からない返しをしてしまった。
そして殿下に取られたこの手をどうしたら良いのか。
普段の私を知りたい、見たいと言われたが、ここからどうすれば良いのか。
混乱しすぎた私は、頭の中がぐるぐる動いた状態で固まっていた。
「……ディアナ、とりあえず着替えていらっしゃい?」
そこに助け舟を出したのは、そこにいらっしゃったのですね!?なお義母様。
殿下が屋敷にいるという衝撃が強すぎて、気が付かなかった。
「髪も乱れていますしね。王子殿下、大変申し訳ありませんが、もうしばらくお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
お義母様は殿下にそう言うと、私の方をチラリと見た。
!さすがお義母様、ナイス!
「ええ、突然訪れたのは私ですからね、着替えの時間を待つくらいのことはいたします」
「ありがとうございます。さ、ディアナ」
行きなさいとお義母様に促され、一礼をして私室へと戻る。
とりあえず心の準備をする時間はもらえたけれど……。
急に一体なんなの!?
私の素行調査でも始めたの!?
殿下の真意が分からなく嫌な予感がしつつも、仕方なく支度を整えたのだった。